銀の星はいつか
>>桜庭薫が吸血鬼だったらの続き
「桜庭、具合悪くて出てこれないらしいんだ」
「風邪引いてるのかもしれません……帰りに様子見てきてもらってもいいですか?」
それぞれ夜にドラマの撮影とバラエティの収録を控えたお二人からそう言われ、仕事帰りに桜庭さんの家に寄った。メッセージアプリにも返信はなく、もしもの時用に預けられている合鍵を初めて使った。相当重症かもしれない。病院には行けたのだろうか。
「桜庭さん?お邪魔します」
カーテンは閉ざされ、部屋の明かりも付いていなかった。でも確かにそこにいる気配がする。スマホの灯りで足元を照らし、数回来た記憶を頼りにリビングに足を踏み入れた。
「桜庭……さん?」
ふーっふーっとかすかな呼吸音が聞こえる。苦しそうだ。
「プロデューサー?」
「あっ桜庭さん!どこですか?なんでまた、こんな電気もつけないでっ……」
「来るな」
足が毛布を踏み、桜庭さんの険しい声が私を制した。
「なんで、そんな具合悪そうな声で……」
「忘れたのか、僕は吸血鬼だ」
「忘れてませんけど、なんでそんなまた!」
恐る恐るスマホをかざすと顔は血の気が引いていつにも増して病的に白く、顰めた眉は和らぐ気配もない。ふーっふーっと荒い息をこぼす口の端ににちらりと歯が見えた。ぴくり、と投げ出された左手が跳ねたのが視界の端に移った。
「もしかして、血足りてないんですか」
「来るなと言ってるだろう……!」
シャツのボタンを一つ外して一歩近づいた。前回の吸血騒動を思い出してこちらの声も険しくなる。桜庭さんはそんな私を見て途端に声を荒げ、強い力で床を叩いた。一瞬ビビった隙に強い力で腕を払われフローリングに転がされる。桜庭さんの怒声がびりびりと響いた。
「わかっているのか!君が、血を流しつくしたら死ぬだけの人間が、二度目も無事とは限らない!」
「そんなことわかってますよ!でも桜庭さんの方が先に死にそうな顔色してます!」
輸血パック、無いんですかと聞くとあれは本来、傷病者に渡るべきものだと桜庭さんは答えた。僕のような血液嗜好者が安易に消費すべきものでは無いと死にそうな声で続く。
「でも、飲まないと死ぬんでしょう?それでパックはないんでしょう!?ならひとつですよ……私桜庭さんが死ぬの、放っておくつもりはありません」
「来るな、本当にやめろ」
スマホの強すぎる光に桜庭さんは顔を背け、頑なに血を飲まないと示した。
心配した様子のお二人を思い出す。私は彼らのプロデューサーなのでここで引くわけにはいかない。その意識が私に強気な態度を取らせた。捨て身だ。私は彼らのプロデューサーではあるが唯一無二のプロデューサーではない。死んだら惜しむことこそしてくれるだろうが代わりに優秀な人材を社長が必ず見つけて、他の誰が後任であっても必ず、トップアイドルになる。
「飲まなかったら……ここで死ぬんですよ。まだ、何も成してないのに、ここで」
私のその言葉に桜庭さんは息を止めた。何が何でも飲ませたい私の性格の悪い発言を聞いてきつく睨みつける。
かつて医者であり吸血鬼である彼は血の重要性を痛いほど知っていることだろう。輸血された貴重な血を無駄に消費すべきで無いことも、生き血を啜る危険性も、倫理に背くその罪の重さも。そしてこのただの熱い液体がこの世の何より彼にとって美味であることも。
「桜庭さん、まだ何も成してないのに死ねるんですか」
スマホの灯りは消えて、顔が見えない。肋に彼の指がこつん、とぶつかり迷わずシャツのボタンがひとつ外された。
生ぬるい息が首をなぞって、ぷちんと肌の切れる音と一緒に熱さと痛みに襲われる。
「いた、桜庭さん、痛い……っ!」
私の抗議は全く届いてないようで、桜庭さんは一心不乱に血を啜った。歯を立てて傷を広げ、溢れ出る血を必死になって飲んで、噎せて、それでも血を啜る。背中から腕が回されて首と肩をぎゅっと掴まれる。ドラマのワンシーンなら、ただ抱き合うように見えただろう。ドラマみたいにロマンチックな雰囲気は一つもなくて鉄臭い匂いが蔓延していた。
「痛い……」
あまりに痛くて涙が溢れたが、前は不思議なことに寝て起きたらすっかり傷が消えていた。きっと今回も傷は残らないけど、前回のように吸血鬼の麻酔もどきを打ってくれる余裕はないらしくて死ぬほど痛かった。もしかしたら失血死する前に痛みで気絶するかもしれない。
血を失ったせいかよほど痛すぎたのかだんだん意識が薄らいでいく。ドクンドクンと勢いよく血が吹き出し、桜庭さんの体に消えていく。消えかけの意識の端で桜庭さんのすまない、という喘ぎが聞こえたような気がした。いいんですよ、返事をしたいのに口から出るのは痛いというか細い泣き声だけだった。
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