百夜の果てに
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「えっ北斗くんやめときなよ!無理だよ!」
「でも気になるんだよね」
北斗が何度も何度もある女に手紙やらなにやらを出しているのは知っていた。珍しいなと思った。大体の女はあの伊集院北斗が夜に来ただけで大騒ぎして大喜びして、それで皆北斗のことを好きになる。本人的にはそのあと「ちょっとだけ遊んで」「ぱっと後腐れなく」別れるようにしているらしいが女たちにとってはそうもいかないらしかった。
「ついに何もかもが迷惑ですって言われたんじゃなかったのか」
「粘ったら百夜通って会いに来たら認めるって言ってくれたんだ。いいよね、気の強い女性が拒み続けて百晩の末に愛を認め迎え入れてくれる……」
「だめだ、冬馬くん。もうこうなったら北斗くんは百夜雨が降っても風が吹いても会いに行くよ」
うっとりと呟く割に目はギラリと強い光を放って、俺と翔太はこっそり身震いした。
「北斗くん、前に中途半端な気持ちで続けてたらどこかで限界がくるって言ってたよね。わかってるならちゃんと途中で目が覚めて諦めるんじゃないかな」
「それもそうだな……」
「賭ける?僕はね20」
「なら俺は15だな」
「ちょっと冬馬くん!そんなの誤差じゃん!」
だが俺たちの予想を裏切って、北斗の百夜通いは長く続くこととなった。
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今一番の話題といえば大陸からきたとかいう流行病、それから朝廷のことならあの伊集院の若君だろう。あちこちの姫を陥落させては誰一人として娶ることもなく、また次の姫君へ。一度彼に会って恋をした女の子たちは皆今夜は来るかしらと胸を焦がし、歌を詠む。ばっからしい!!あちこちホイホイしてる男が一生来ないかもしれないのによく待ち続けられるわ!私はそこそこの旦那様を見つけて側はまあ仕方ないとしてそんな面倒ごととは縁もない生活を送りたい。
「姫様、お手紙ですわよ」
「その辺に投げといてくださいまし」
「嫌ですわ!姫様、よぉくお考えになってくださいまし。あの!あ!の!伊集院北斗様からですわよ!この機会逃してたまるものですか!」
「”あの”伊集院北斗さまですね……これを返しておいてちょうだい」
私の差し出したお返事に侍女は目を輝かせ内容を尋ねた。
「百晩通ったら考えます、と書いたの。そんな無理難題押し付けたらあちらも諦めるでしょう」
「ひゃくばん!?」
仕事があって、他の姫君がいて、その上で絶えずに百夜通うなんて到底無理だ。勝った!あの男を出し抜いた!私は侍女のいなくなった部屋で勝利に震え、その晩返事を持って言いつけ通り通って来た男に恐怖で震える羽目になった。
「百晩、必ず貴女に逢いにいきます。百夜の末に俺の愛を受け入れる……その言葉忘れないでくださいね」
それだけ言って帰っていき、私はでも10日で飽きるよね……と必死に言い聞かせた。しかし伊集院北斗は私の予想をはるかに上回るしぶとさを見せつけるのだった。
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かの若君、伊集院北斗は本当に毎晩毎晩通ってきた。予想の10日をこえたころには私も流石にとげとげし続けるのにも疲れて、言葉を交わすくらいになってきた。北斗さんは隙あらば御簾を潜ろうとするような人だと思っていたけど御簾に手をかける様子もなく本当に百晩待つつもりらしかった。頭が良くて話題もおしゃれで面白い話もできる。これは都じゅうの深窓の令嬢たちがこぞって熱をあげるわけだと感心する。
そんなこんなで九十九晩を越えて、百晩目がきた。風もなく、嵐もなく、雪もなく、穏やかな天気だった。流行病は変わらず都じゅうを苦しめているけど何故だか貴族の間ではそんなに猛威を振るっていなかった。それより体の弱った権力者を巡って朝廷は真っ二つどころか混沌の様子だ。私の家や伊集院家もその渦中にいるわけだが、女であって出仕もしていない私には関係のない話だった。
月が西の空に引っかかっている。おかしいな、と思った。いつもだったらとっくに彼がきている時間なのに音沙汰ない。忙しいのだろうか、具合でも悪いのかしら、それとも馬鹿なことはやめろと周りの人からの説得をようやく受け入れて、来るのをやめたのかしら。
風邪を引きますよ、と言われたけど振り切って御簾を上げて外に出た。
星がつぅと流れて消えるのを見送って、私は少し泣いた。もうすぐ、鶏が鳴いて百晩目の朝が来る。もう来ないんだろうな、と諦めがついていた。流行りの合わせ方をした着物がやたらに重くて、念入りにといた髪は重く、いつにも増して裾引きずりながらのろのろと寝所に戻った。彼の来ないまま朝になってその晩、私は流行病にかかって寝所に伏し、そのまま彼は二度と姿を見せなかった。
「名前さま、伊集院さまが」
亡くなられたそうですよ、同じ、流行病で。
伏して、何日経っただろう。熱で朦朧とする中で泣きそうな侍女から報せを受けた。そうか、死んだのか。病気だから、死んだから来れなかったのね。死んだから……そうとわかると安心してさっきまで苦しくて喉が渇いていたのが嘘みたいにすうっと楽になる。死ぬのね、私も、同じ病で。会えないままに。
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「前世占いですか」
休憩中に北斗さんがへらへら笑って声をかけてきた。プロデューサーを持たない彼らだけど何が楽しいのか翔太さんも暇さえあれば、数多い社員の中の一人である私に声をかける。たぶん、社長に日頃あれこれ押し付けられてるのを見ていて、彼らのちょっかいにも嫌そうな顔をするのが嬉しいんだろう。性格悪いな。
「やりません?エンジェルちゃんたちともしたんですけど結構面白かったですよ」
「非科学的なことは信じない口なので他当たってください」
「いやだな、俺はあなたとしたいんですけど」
「結構です」
身長差をたてに進路を塞がれてしまえばマグカップの中身が溢れるのもいやだし、下手に動けない。よりによって正面の男は首元のボタンを開けた真っ白いシャツを着ていて今はモデルが本業ではないとはいえ売り物の体だ。火傷でもされたら困る。
「ちょっと質問に答えてくれるだけでいいんですよ。前世の記憶があるとかないとか、何をしていたとか」
「やめてください、前世の記憶なんて頭の病気ですよ。診てもらったらどうですか」
そう、病気なのだと何度も思った。バカみたいじゃないか。当時人口の数パーセントしかいなかった貴族、深窓の姫君、都を騒がす色男、百夜の果ての恋。病気だ、おかしい、非科学的だ……
「なら一緒に行きますか?俺たち、一千年も昔に出会っていてそして再会したんですってちゃんとあなたの口から説明してくれます?」
「馬鹿らしい。タクシー呼びますからお一人でどうぞ。そんなに重大なら付き添いは社長に、」
マグカップに目線を逸らすと影が差して、次の瞬間足が地面を滑った。分厚い絨毯だから摩擦で熱い、何より腕が、痛い!
「貴女、俺のこと好きだったんでしょう」
折れるんじゃないかってくらい強い力で腕を握られて、マグカップの中身が飛び散っていった。痛い!声をあげても力を緩めるどころかぐい、と持ち上げられて腕がみしみしと悲鳴をあげる。
「千年経っても諦めないくらいには俺、執念深い男ですよ」
腕が痛くて、観念してのろのろと顔を上げる。逆光で表情はあまり読めなかった。唇がわなないて、吐息混じりの声が耳を刺した。
「やっと……俺を見てくれたね」
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