手を伸ばせば届く距離で

かたん、とそこそこ大きな音がして振り向くと名前がテーブルに突っ伏していた。
「おい!そのまま寝るなって!」
声をかけても、箸はそのままからりと転がっていく。さっきの音は箸を取り落とした時のものらしかった。
ベッドから立ってテーブルに突っぷす彼女を揺すって起こそうとするも彼女は静かに寝息を立てて一向に起きる気配がなかった。

(最近忙しそうにしてたからな)
最近は飯食いに来いよと誘っても忙しい!とかごめんまた今度!とか来週から空くからそしたら食べに行かせて!とかそんなのばかりで今日はそのようやく彼女の都合がついた日だった。追われていたものを全て見事に片付けて、夕飯には少し遅い時間にそのまま冬馬のうちにやってきた。予め遅くなるのでご飯は待たずに食べてくださいと言われていて、それは冬馬とて今日くらいは待とうと思っていたのに「これからいくらでも一緒に食べれるから私のためにずらしたり無理したりしないでほしい」とまで言われて仕舞えばごねるのも子供っぽいなと思ってしまう。冬馬はこの年上の恋人にともかく見た目も中身も早く追いつきたいと思っていたので潔く引き下がった。

「プリン、食べるんじゃなかったのかよ」
呆れたように言ったつもりが思ったより拗ねているみたいな声音になって慌てて口を噤む。

先に夕食を済ますように言われてからちいさいプリンを作った。忙しかった彼女を労おうとして、冷えてつるりと固まったそれの写真を送ったら彼女は寄り道しないで帰るね!なんて嬉しそうにしていた。帰ってきて久しぶりだね、といい雰囲気になる間も無く「冬馬くん!プリンありがとう!」と年上とは思えない笑顔で靴を脱いだ。よく冷えたプリン、夕食後に食べるのをあんなに楽しみにしていたのに。

部屋の隅に置かれた彼女のカバンは難しそうな本やら資料やらがパンパンに詰められていた。本当にそのまま来たらしいことがうかがえる。ため息をついて袖をまくり、ちらりとベッドを確認した。こういう時、ワンルームでよかったなと思う。

「……なあ、起きるか?」
一応声をかけても全く応答がない。後ろから脇に手を入れてテーブルの下に収まった足を引きずり出す。タイツに包まれた足がくたりと投げ出されて心臓が鳴る。慌てて頭を振って彼女を立たせてそこから後ろに二歩ステップ、そのままベッドに寝かせた。短いスカートから足が覗いていたのでさっさと布団をかけて視界から消した。

「ったく、まさか食べながら寝るとか……ありかよ」
ほとんど食べ終わった食器を重ねて片付け、コップに水を注いで勢いよく煽る。自分にはない柔らかな曲線を描く足が脳裏をよぎるのを打ち消すみたいに皿を洗った。冷蔵庫のプリンはまた起きたら食べるか、遅いからとなったら明日の朝に回せばいいかと考えて。

皿を洗って戻って来ても彼女は人のベッドだと知りもしないで気持ちよさそうに爆睡している。変な時間に寝ると夜寝れなくなるぞ、と思ったけど食べながら寝落ちするくらい連日疲れて帰って来てるのだから起こすのもよくない気がした。

(夕飯、一緒に食べられるかと思ってたのに)
フローリングに座り込みベッドに顔をぺたりとつけて名前の顔を眺める。恨みがましい目をしているかもしれないけど名前は寝てるし、と開き直って目を伏せることもやめた。どうせ寝てるなら穴が空くほど見てやろう。
「久しぶりだから手間かけて特製ハンバーグにしたのにあんたは寝落ちするし、せめて待とうとしてもだめとか、それにプリンだって……でも、疲れてるのに来てくれたんだよな、そのまま」
もしかしたら、家に帰ってすぐ寝たかったかもしれない。部屋の片付けとか洗濯物とか掃除とかしなくちゃいけないことがあったかもしれない。単に飯目当てかもしれなかったけど忙しかったのが終わって一番に会いに来てくれた。それを思うとちょっと気持ちが落ち着いた気がした。

名前は一向に起きる気配がなかった。半開きの口は食事の後もなお綺麗なピンク色をしているけど同じ色のチークを乗せた頬はすこし乾燥していた。
本当に忙しかったんだろうな、と突っ伏したまま指で撫ぜてため息をつく。クリスマスに触れた時は、外の空気で冷たかったけど乾燥なんて知らないみたいに柔らかだった。指でつつけばふに、と沈むその感覚によろしくないものを思い出して冬馬は慌ててその手を引いた。


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