今度は棄てない言葉
「愛してますよ、心から」
ぽつりと彼はなんてこない様子でもなく、かと言って自分に言い聞かせる風でもなくそう言った。どんな石より青い目はまっすぐ私を見てそれから迷うように伏せられた。近くで顔を見るようになって知ったことだが、彼のまつげは長い。
「本当に?」
私のその言葉に北斗くんは眉を下げて「本当ですよ」と困った顔をする。俄かには信じがたい言葉をかけられて困惑する私の気持ちもわかってほしい。
「ありきたりだけど、今まで何人にも言ってるんでしょう、そんなの」
「エンジェルちゃんたちはたしかに大切だけど、今俺は貴女をみて話してるんです。俺の気持ちを疑わないでほしいと思うのはわがままですか?」
そうまで言われると私は黙ってしまう。でも信じられるだろうか、あの伊集院北斗の口から、ドラマでもなく、バラエティ番組でもなく、ライブのステージからでもなく、愛してるとこぼれるのを。
そう自分に問うて見ると紡ぐでもなく訴えるでもなく、こぼすという表現がぴったりのように思えた。いつもきれいに曲線を描く口元からぽろっとこぼれただけのもの。
長い足を組むでもなく、むしろ上体を乗り出して、膝に肘をつくポーズ。考えごとをしてたり仕事の映像を見てたりするときによく見るそれを見て、私は彼の真面目な態度に気がつく。本来軽々しさよりも慎重さの強い性格をしているから私にどんな言葉をかければ一番いいのか考えている。そうして真剣に考えた彼にかかれば丸めこまれるのは容易いと知っているから私は先手を打った。
「北斗くんのその、好きとか愛してるっていうのはどういう意味なの。具体的には」
「もちろん、まずは人として尊敬して……そうだな。なんて言うべきか……」
北斗くんはそこで考えるみたいに視線を宙に向け、長い指を顎に添えた。1つ1つの動作に目がいくのも計算づくなのだとしたら怖いなと場違いなことを考える。
場違いなことをわざわざ思うのは現実逃避で、その答えに実は私は少しがっかりした。北斗くんは同じユニットのメンバーについてもそうして仲間であり心から尊敬していると答えていたのを知っているから。だからそれは、その場凌ぎの答えに過ぎないのだと思って俯いた。視界に入った左の手首には贈られた私のお給料では到底変えないような腕時計がおさまっている。前の私の誕生日、北斗くんはちょうど地方でのお仕事がせまっていて当日にお祝いできなかったからとこれまたびっくりするくらい高いレストランでプレゼントしてくれたものだ。
ぼんやりそれを見ていると北斗くんは黙って立ち上がって部屋を出て行った。はっとして視線をあげたけど、ついに愛想をつかされたと思うと追いかけることもできなかった。もしかしたら、伊集院北斗が隣にいた日々は夢だったのかもしれない。夢で、幻。アイドルの彼が気まぐれに見せただけの。だったら無駄に追って、夢を夢だと思い知らされるよりは追わない方がいい。翌朝夢が覚めて残るのは腕にはまる高価な時計、彼用の食器、歯ブラシ、香水のアドマイザー、すごく似合わないくたびれたスウェット、私の足には合わないスリッパ、プレゼントされたネックレス、イヤリング、キーケース……だめだ、夢だと片付けるには少なすぎる。
「名前ちゃん」
「え?」
夢だと信じかけたところに北斗くんが帰ってきた。彼の纏った冷たい空気が頭を冷静にさせる。駐車場まで行ってきたのか。
「見て」
青い目の先には、彼の大きな手のひらがあって、その上には深い赤の入れ物がのっていた。私の息を呑む音を聞いて北斗くんは私を見た。不安になって北斗くんの顔を見る。「見てて」何度も言われなくたってそのくらい、わかる。
視線を十分に向けさせた後、赤い箱はぱかりとあいて、自然と潤む視界にそれが光る。銀色の台座に繊細なカッティングを施された石。心から愛しあう人たちだけが持つことを許されるものだと思っていた。紛れもない約束の証。
「これ……すごく高かったんじゃないの」
「俺の本気、わかってもらえました?」
困り果てて、雰囲気もへったくれもない私の言葉に北斗くんはそう言って目元にキスを落とした。
「言葉で言っても通じないから、まずはインパクトを与えようと思って」だなんて嬉しそうにいうけど、私にとってはあなたがこうしていてくれることが一番衝撃的で、走って車まで取りに行ったのもなんだか想像がつくような、つかないような……まだ夢みたい。
「手を出して」
北斗くんにもらった時計の巻かれた左手を取られ、冷たい金属が指に触れる。こうなるなら、もっといいハンドクリームを塗ればよかった。触れた金属が僅かに震えてることに気づき、私は左手を見るのをやめて近すぎる距離の北斗くんを見た。
「怖い?」
「実は、すごく」
なんとなくそう感じて私が言うと北斗くんは苦笑して、一度指輪を戻した。
「これを嵌めたら……名前ちゃん一生俺のものですよ。本当にいいんですか」
「知ってるよ。そういうものでしょう」
「俺、嫉妬深いですよ」
「うん。私が会社の人に義理チョコあげるのも許せないの知ってる」
「そのくせ俺自身はこの世の女の子たち皆が大事だと思ってます」
「そんなの今更だよ」
「もし冬馬や翔太と名前ちゃんに何かあったらまず二人を優先する」
「ジュピターが一番大事なのも知ってるからいいよ。その後ちゃんと助けてくれれば」
「一生、手放せる気がしません」
「そ……れは知らなかった。途中で手放されても困るけど……」
北斗くんは本当に思いつめた顔をしていた。軽々しく見えて、慎重。重すぎるからいろんな子に分散して分け与えてるのかなと思ってたこともあるけど、多分違う。きっと、彼が優しいだけ……知らないこともまだまだありそうだから本当かはわからないけど。
もう一度確かめさせて。北斗くんは息を吐いて、戻した指輪をまた入れ物から取り上げた。
「俺のものになって、くれるんですか」
私がそれに返事をして、それから北斗くんはようやく私の左手の薬指にそれを嵌めた。その手はやっぱり震えていて、それでもちゃんとそれをあるべき場所におさめた。
「私のこと、本当に好き?」
「今更疑うのか……命尽きるまで何度だって言いますよ」
それから北斗くんはその言葉の通り、さっきと一音も違えずに私の望む言葉をくれた。ぽちゃんと音がして銀色の光はちょっと鈍くなる。さっきと同じでこれはきっと、彼が思わずこぼしただけだから私は黙って彼の手を取った。
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