第16夜


「本当に申し訳ないっ!この度はまことにご迷惑をおかけしましたっ!!」
765のお嬢さん、四条さんにご飯を振る舞い、無事に帰した翌日、赤羽根さんが四条さんを伴って事務所に来た。あんまりこちらに来ることはないから通りすがったアイドルたちが何事かという顔をしている。

「気にしないで。不審者に遭遇する前で本当に良かった」
向かいに謝罪する赤羽根さん、その隣に四条さん。一方私の隣には虎牙道の面々。朝いちでミーティングのはずが赤羽根さんの来社のため延期になったところ。漣くんはいただいた箱を開けてお菓子を食べ始めているし、タケルくんはじっと目の前の二人を見つめており、道流は苦笑いしながら私にお茶のお代わりをくれた。

「おい、もうひとつよこせ」
「漣、」
道流の咎める声にも関わらず漣くんは全て食べ尽くしてしまう勢いだ。
「漣くん、全部はだめだからね……お気遣いなくといったのに、すみません」
私のお辞儀に合わせ、道流がお辞儀をし、つられたようにタケルくんも頭を下げた。 おい、チビ。と漣くんが絡み出すのでタケルくんを道流の向こうへパスする。

「いえ、こちらこそお忙しいところにお邪魔して……貴音がどうしても直接お礼がしたいと」
促された四条さんは昨晩と変わらぬ美しさで深々と頭をさげる。銀色の髪が肩を滑る。慌てて止めるとゆっくり面を上げた。昨晩と同じだ。ダッセーと声が上がり、慌てて漣くんの頭を下げさせた。

「昨晩は助けてくださってありがとうございました」
「ろくなおもてなしもできませんで。あれではお腹いっぱいにならなかったでしょう」
昨晩、面を上げた四条さんは可憐な声で空腹を告げたが、やっぱり私のうちには大したものはなかった。彼女がよく食べることはJupiterの面々から聞いて知っていたから、それは大変と彼女を連れて帰ったのにカップラーメンなんて食べさせてしまってよかったのだろうか。彼女はよく食べたが、賞味期限の近いものが一掃されてある意味助かった。彼女がいなければ多分食べないままだめにしてしまっただろう。

「いえ、非常に美味でした……其処の方々も召し上がったことがありましょうか」
3人に話題が振られ、タケルくんと道流が肯定する。漣くんはつんとそっぽを向いて答えない。
「漣くん」
「……」
「大層、美味だったでしょう?」
ぱっと漣くんの黄色の目が、四条さんに向けられた。どこかおそろしく微笑する四条さんを漣くんは睨みつけ、剣呑な雰囲気を察した赤羽根さんが貴音、とたしなめた。

「もうしわけありません。名前さん、よろしければまた……では」
四条さんは最後まで微笑をたたえたまま赤羽根さんと帰って行った。漣くんは最後まで機嫌の悪いままで、相性が悪かったのかしらん、と首を傾げたが道流とタケルくんと一緒にとりあえずレッスンに向かわせることにした。ミーティングはまた今度だ。

私は赤羽根さんが持ってきたお菓子の箱を事務所のおやつスペースに運ぼうとしたところ、聞き覚えのある声にプロデューサーと呼ばれて振り向いた。いまだにこの人たちにそう呼ばれることに慣れない。

「冬馬さん」
「今の、765プロのやつだろ。どうしたんだ?」
冬馬さんがかつて961プロに所属していた時から765プロのアイドルをライバル視していたのは知っていた(騙されていた彼はライバル視なんてものじゃなくて、事実を受け止めた今ようやくライバル視になったとも言えるのだけど)。

「昨日ね、四条さんとちょっとね。それのお礼にいらっしゃっただけだよ」
「そーかよ」
「あっ、これいただいたのでJupiterの皆さんもどうぞ」
「ありがとーっ!」
真っ先に翔太さんが選んで、北斗くんは?と聞いた。
「翔太がもうひとつ取っていいよ」
「わっありがとー!冬馬くんは?」
「……翔太にやるよ」
「へへっ、冬馬くんありがとーね」
翔太さんはごちそうさまでーすとお礼を言ってレッスンルームへ駆けて行った。北斗さんも会釈して立ち去り、冬馬さんもそれに続く。

「冬馬さん、よろしければどうぞ」
無理に押し付けると冬馬さんは驚いた顔をして焼き菓子を受け取った。
「ああ、ありがとう」
「あの、それで聞きたいことがありまして……いいですか」

先ほどまで虎牙道の3人が座っていたソファに今度は2人で座り直す。
「四条さんのことなんですけれども」
冬馬さんはちょっと嫌そうな顔をしたけれど、私の質問に答えてくれた。

その答えと、続けて私が言った「なら、漣くんもそうですね」の言葉はやけに重たく私の胸に残った。冬馬さんの気のない「そうだな」の返事、それから何気なく付け足された「あいつ、あんたのこと下の名前で呼ぶんだな」との言葉が静かに事務所にしみた。



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