枯れ花に恋せよ
伊集院家にお世話になってしばらくして、体調が落ち着いてからは寝て起きて少し散歩をして、通院という生活をしている。大したことないと思っていたけど、お仕事を休んでみてわかったのはやっぱり無理をしすぎていたということ。京都に来てすぐは気が抜けたせいか体調が坂を転がり落ちるように悪化して、桜庭さんが一時こちらに来ると言い出し、離れを借りるはずが北斗くんは母屋に住むか緊急ブザーを取り付けるか検討し、事の次第を聞きつけた玄武くんに泣かれてしまった。
お仕事の都合で結局こちらには来れなかった桜庭さんは定期的に電話をくれる。今日も母屋に電話があった。元気にしているか、何かあったらすぐ病院に連絡するようにとの指示があった。
「君が暇を持て余して、無理をしていないかだけが心配だ」
「毎日皆さんのCDを聞いているので退屈してませんよ」
早く生で歌が聞きたいので頑張りますねと続ける。桜庭さんは呆れる代わりに電話越しに歌ってくれた。あの薫さんがここまでしてくれるくらいやばかったんだなあと思うと申し訳なくて、涙が溢れる前にお礼を言って電話を切った。早く、帰りたい。そればかり考えている。
ぐるぐるの思考を抱えてそのまま日課の散歩に出たのが良くなかった。目眩がする。ふらふらしながら車に轢かれないよう、道の脇を目指すしかなかった。気持ちが悪いし、息をする度肺が痛い。
「プロデューサー!」
「は、春名……!?」
大きな骨ばった手に、覚えのある声に慌てた。近寄ってわかったのは、本当に春名だった。どうしてここに、と聞くこともできず木陰に誘導され、静かに寝かされた。春名は自然に膝に誘導して、勝手に飲み物を出す。だめって言ったのに変装してるから大丈夫の一言で膝に沈められた。硬い太もも、鍛えてるんだなって場違いにぼんやり思った。
前髪を撫でられて目を閉じる。私の方がずっと年上なのに、甘やかされている。春名の大きな手の長い指の隙間から見るうちに、明滅を繰り返していた視界も落ち着いて、色が戻ってきた。
「春名は、仕事?」
「……番組企画で、ハイジョの皆で修学旅行に来てるんだ。今、休憩だからオレは散歩に」
春名が変に息を吸って、手を握ったり開いたりした。
「なら、四季も一緒に来れたんだね」
「まあな」
学年の違う四季は学校のイベントは一人だけ置いてけぼりにされてしまう。修学旅行に皆で行きたい!と言っていて、いつかお仕事とってくるからと皆で宥めたのも懐かしい。旬くんの「4人なら静かでいいですね」「そんな、ひどいっす、ジュンっち…!!」のやり取りまで思い出して小さく笑った。
「どうした?」
「ううん、思い出し笑い。旬くんが4人なら静かでいいって言った時の四季思い出してた」
「ジュンもシキも、楽しそうだぜ。ハヤトとナツキももちろんそうだけど」
「春名は?」
「オレ?楽しいぜ、結成してから、ずーっと」
今回のも、プロデューサーがいたらもっと楽しかっただろうな。皆、プロデューサーのこと大好きだからさ。
罪悪感で胸が押しつぶされるかと思った。春名が、そんなこと言うなんて思わなかった。春名を遅刻させるわけにはいかないから、もう大丈夫だよといって立ち上がる。
送ってもらってたどり着いた離れの入り口でワガママ言ってゴメン、と春名が困ったように笑った。
「ううん。気をつけて帰ってね。皆にもよろしくね」
そのまま春名は私が柵の中に入ったのを確認してから坂道を下っていく。
「プロデューサー!あんまり無理すんなよーっ」
大きな声はまだ出せないから、代わりに手を振った。それに応えるように春名は満面の笑みを見せて手を振り返す。そのまま振りむかずに走って行った。小さくなっていくその背中が消えたあとに、四季の笑い声、旬くんの怒る声、夏来がおろおろして、隼人がそれをなだめているのが聞こえた。皆が迎えに来たんだなあと思った。
ごめんねは言わせてもらえなかった。予定を把握してないとわかった時の春名の、傷ついた顔が離れない。予定、わかってなくてごめんね。追いかけてでもそう言いたかったけど、足は動かなかった。具合が悪いから、春名がまた傷つく顔が見たくないから。言い訳ならいくらでもできた。重たい足を引きずりながら離れに戻る。早く、元気になりたい。本当に今はただ、それだけ。
*前次#TOP