とらはれぬその星

暖かくなるにつれて、体調も改善してきたのを感じる。昨日はこっちに仕事で来ていたとかいう北斗さんが離れを訪れた。久しぶりに会えてやっぱりうれしかった。

「勝手に逃げたりしたら、ダメですよ」
なんて笑いながら言うからそんなことしませんと笑い返した。さすがに脱走はまだしていない。
「プリンセスなら、大人しく囚われているんでしょうけど、」
けど、の後になにが続くのか。聞きたかったけれどいたずらっぽく笑うので問い詰めるのはやめた。

少なくとも白いピアノとそろいの椅子に腰掛ける姿が、花の咲き乱れる庭に消えていく姿が、あまりにも似合いすぎる北斗さんは王子さまのようで、それを見てしまうと、確かに私はお姫さまという柄ではないなと苦笑した。北斗さんは慌ただしく帰っていった。それが、昨日の話。


ちゃんと外出の旨を伝えたうえで花の庭を抜け出しての散歩の途中、横断歩道を渡るおばあちゃんに男性が付き添っていた。荷物を持ってあげて、親しげな雰囲気だからお孫さんだろうか。赤い髪が輝さんとよく似ていた。おばあちゃんがお兄さんありがとうねえとしきりに頭をさげ、それに手を振って返すから、ああ通りすがりの親切な人かと思い至る。輝さんも困っている人に手を差し伸べる人だから、ますます輝さんを思い出した。

あまりに見つめすぎたのが伝わったのか、その人がこちらを振り向いた。

「あっ!」
「輝さん!」
互いに大きく目を見開く。春名に続き輝さんまで。驚いた、そんな偶然があるのか。目があったのは一瞬で、大型トラックが通ってすぐに見えなくなる。
「動かずに待ってろよ!」

トラックが走り去って、輝さんは左右を確認してからあっという間に横断歩道を渡った。
「痩せたなあ……元気にしてたか?」
「ええ、まあ、それなりに」
開口一番、眉を下げて輝さんの手が肩に伸ばされる。

しばらくの間、なにも言わずに私を見つめていた。なにが言おうとする様子もなく、ただその深い色の目で見つめていた。明るいのに深い色の、それでいて光を灯すその目に、ずっと魅了されている。いっそ慈愛のようなものを感じるほど、注視しているのに、その視線は不躾でなく、優しかった。
「輝さん、」

輝さんの携帯が着信を知らせ、輝さんは惜しむような素振りすら見せて、視線を外し、二つ折りのそれを耳に当てた。事務所でたまに見た光景だった。輝さんにもまた、迎えが来るのだろう。

「そうだ、写真集、出すことになったんだぜ。俺の」
「本当ですか」
輝さんの迎えを待つ間、輝さんは仕事の話をしてくれた。いくつか見せてもらったのはさっき撮ったばかりのデータで、明るい印象のもの、大人っぽい印象のものなど様々だった。発売はいつだろう。イベントは、特典は何をやって何をつけるんだろう。

あっという間に到着した迎えの車に乗りこみながら、輝さんは私の手を握った。それを祈るように掲げて、優しく笑う。
「焦るなよ、ずっと待ってられるからさ」
息が止まって、立ち尽くした。私の指にその長い指を労わるように絡めた後、行ってくる、と優しく指をほどかれる。輝さんはものすごく優しい。

その手が逃げていくように感じて、思わずその手を追いかけたくなった。結局は仕事だと言い聞かせておとなしく手を下ろしたのだけど。
「輝さん、体には気を付けて」
「プロデューサーにそのまま返すぜ」
「……すみません」
「謝るなよ、」

私は車を見送っても立ち尽くしていた。あの手に縋りたかった。縋れば、輝さんは連れて帰ってくれただろうか。あの優しい手を取って一緒に帰れたらどんなに良かっただろう。


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