迷わず彷徨わず
長い療養を終え、お医者様から病気の方は仕事にもどってよいと伝えられた。それからしばらくして、東京に戻るために荷物をまとめ終えたところだ。
はじめてこの部屋に来た時より格段に物が増えた。それはたまに送られてくる荷物のせいで、私はそれらを丁寧に箱に詰めた。事務所との定期的な連絡の他に私を送り出した3人以外との連絡手段はなかったが、ある時事務所のメンバーの名前で荷物が届いた。中身は本やゲームや手紙だった。面倒見のいい成人メンバーが定期的に私に送るものをとりまとめてくれているらしく時間を持て余した上アイドルたちの様子が気になって仕方なかった私はありがたくそれらを受け取った。
またおすすめが絞りきれず何冊も送ろうとしたらユニットの仲間に止められた人、本ばかり読んでても飽きるだろうからって本体ごと送ってくれた子たち、あまり手紙をよこさない子の近況を教えてくれるマメな人、ある時はマメなメンバーの封筒に一枚大きく名前だけ書かれた便箋が一緒に入れられていたこともあった。ものすごい筆圧で消しあとがたくさんあって、いっぱい悩んで書いてくれたんだろうなっていう手紙やきれいな字で当たり障りのない内容を書いた手紙もあった。ライブでこんなことがあってこんなところが課題でユニットのメンバーのこんなところに笑ってと丁寧に書く人もいれば手書きの楽譜一枚と演奏したデータだけを送ってきた人もいる。久しぶりに学校に行っただとかテストで何点とったとか次の手紙までにこのクイズの答え考えといてねとか交換日記みたいになっている子もいるし、仕事の悩みをこっそり打ち明けてくれる子もいる。新しい仕事を得た報告を喜んでしてくる子もいる。友達とのことを相談してきた時にはかわいそうなくらいしょんぼりした手紙を送ってきた子が、その次には解決したといって元気いっぱいの手紙を送ってくれた。手紙になれた人もいれば不慣れらしく時候の挨拶に悩み話題の選択に悩み、最後に親戚のおじさんのお手紙みたいになってしまったと反省を書く人もいた。
最初私の療養を知らされていなかった子も、事情を知ってからは手紙をくれたり仕事の報告や出版物を送ってくれた。京都に来た彼らと同じくして、早く帰ってきて、と書く人もいれば、時間がかかってもちゃんと治して元気で帰ってきてほしいと書く人もいた。
時間だけは十分あったので、私は1つ1つに返事を書いて封筒に入れ、それらをまとめて封筒に入れて事務所に返送した。いつのまにか届いた手紙は小山を作るほどになっていて、私はまたそれらをまとめて袋に入れてダンボールの1番上に乗せた。
「名前さん、お客さんですよ」
「はーい、今行きます」
ジリリと白い電話がなって離れと外の世界を繋いだ。大袈裟だけど今携帯すらない私にとっては、これと荷物が唯一東京と私をつなぐ手段だ。
「え?本当ですか?」
はいはい、なんて白と金と豪奢な受話器をとった私は懐かしい声に驚き、そして告げられた言葉にさらに驚いた。
「神谷さんが、迷子?」
神谷さんが迷子なのはいつものことでしょうと言いかけて、桜庭さんの「……位置情報が京都だった」の言葉に絶句する。さすがに迷いすぎである。
なんでもカフェパレードの面々は大きな仕事を終えたところでそれぞれ休暇を満喫していたらしい。「神谷のちょっとそこまで、がそこまでじゃないのは承知済ではありましたがさすがに……関東を出てるとは思わず……」GPSを見てさすがの東雲さんも青ざめて今朝、休暇中にも関わらず出社してきたらしい。「いっそ実家まで行ってくれと思います」東雲さんが頭を抱えているのがなんとなく電話越しに伝わった。
「で、私は京都のどこかにいる神谷さんを探せばいいんですね」
「ああ。位置情報は定期的に取得するから、君も無理だけはするな」
「はい、もう元気ですし人並みには探せると思いますよ」
そう言って電話を置いた瞬間、外からガサガサという音、それから見覚えのあるぴょんと出た髪。
「ああ、プロデューサーさん。こんなところで奇遇だね」
「神谷さん……」
爽やかな笑顔で木々の間をくぐって神谷さんが現れた。どうしてここに、なんて言葉は飲み込んだ。神谷さんの迷子を端的に表すなら天文学的確率、これに限る。神谷さんは迷って迷ってぐるぐる回るときもあれば全く逆方向にいってしまってたこともあるから、何はともあれ、奇跡的にもたどり着いた先がここでよかった。
とりあえず事務所に折り返しの電話をして、神谷さんと2人で一息つく。離れはちょうどバラが盛りでお茶をするにはぴったりの陽気だった。
「それで、プロデューサーさんは療養を終えたんだね」
私に京都行きを勧めた3人と社長と賢ちゃん以外はあまり私の事情を知らないらしく、神谷さんは私の詳しい病状やアイドルの何人かが京都を訪れて私と会ったことも知らなかった。掻い摘んで事情を話すと神谷さんは深く息をついた。
「……京都に来た子たちにも、手紙をくれた子たちにも、悪いことをしてしまいました。本当に、ご心配おかけしました」
「皆君のことが大切で、でもたくさん無理をしてるのも薄々感じていたんだよ。本当に、元気になってくれてよかった」
春名を傷つけたし、輝さんを困らせたし、冬馬くんには怒られた。京都へ送り出してくれた桜庭さんや北斗くん、玄武くんにはいっぱい迷惑をかけた。病気がわかってから、「ゆっくり治して元気になって安心させてほしい」という願いにごめんねと言いたくなったし、「早く帰ってきてほしい」という思いにも頷きそうになった。
時間だけはいっぱいあったから、どうすればいいのかすごく悩んだ。相反するアイドル1人1人の強い気持ちで、バラバラになってしまいそうなくらい。
「体が疲れていると、ついには心も疲れてしまうから、プロデューサーさんが俺たちを離れて療養していたのは正解だったと思う。きっと近くで療養してたら皆気が気でなかっただろうし、プロデューサーさんも落ち着いて考えることはできなかったんじゃないかな」
「本当にその通りだと思います。私、遠くを勧めてくれた桜庭さんたちに本当に感謝してます」
そう言って私はゆっくり療養中のことを思い出す。まず第一に、冬馬くんは黙っていなくなった私に怒ったけど、それは、心配したからだって言った。彼にとって、勝手にいなくなったのは放り出して逃げたんだと思ってられた方がずっとよかったと思う。憎んで恨んでる間は動いていられるけど、本当のことを知った冬馬くんはわずかな情報を頼りに私を探さずにはいられなかったから。彼の本音を聞いて私は随分揺らいだ。東京近郊で療養してたらそれこそ、そのまま冬馬くんの手を取ってぼろぼろのまま仕事に戻っていた。
春名は私が療養中に仕事のことを何1つしてなくて不安に思った。仕事仕事仕事の生活がたたって体を壊したわけだから、社長の判断は正しい。ゆっくり休んで他のことをして、戻った時にまた一生懸命頑張れるように、それでいて今度は体を壊すことのないように。これも東京近郊で療養していたらできなかったことだ。皆が暇を見つけてはお見舞いに来てくれる状況では落ち着いて休んでられるとは考え難い。事実、ハイジョの皆が合流した声を聞いて私はかなりぐらっときた。
その点輝さんは大人だったと思う。不安や不満を押し隠して気長に待つって言ってくれたことで、輝さんと一緒に帰りたい気持ちになり揺らいだものの、その後ちょっと軽率な行動は慎もうという気になった。今なら「ずっと待っていられるからさ」の言葉は間違いなく嘘だって言い切れるけど、その時の私の帰りたいという気持ちを確実に握りつぶしてみせた。
輝さんが嘘で私を大人しくさせたなら玄武くんはまごうことなき心からの本音と懇願で私を動けなくさせた。北斗くんの釘の刺し方と冬馬くんにバラすタイミングは絶妙だったし、診断を待つ桜庭さんの蒼白な顔とその後のお説教を思い出せば私は帰りたいとは言えなくなった。
事務所からの手紙や荷物も私を悩ませ振り回した。思えば荷物を取りまとめる面々は私にしっかり療養してほしいと手紙で常々言ってきたから、重石としての効果を狙ったのなら私の完敗だ。さすがに送る手紙の内容まで口出ししなかっただろうけど、私は手紙を書いたり本を読んだりゲームをして彼らの思惑通りにゆっくり療養させられた。
「……なんていうか、完璧な布陣でもって大人しく療養させられた感じがします」
「そうかい?」
長い回想を終えて冷めつつある紅茶を一口、神谷さんにそう告げると軽く首をかしげられた。
ここまでの完璧な布陣を考えるとこのタイミングで神谷さんが来たことさえ、差し金の1つに思えてくる。脳裏を京都行を勧めた3人がちらついた。……さすがに神谷さんの迷いっぷりまで指示できないはず……
「でも、皆の気持ちはよく伝わっただろう?」
「……とても」
「それがちゃんと伝わったのなら、誰もプロデューサーさんを責めたりなんてしない。元気になったプロデューサーさんの帰りを今か今かと待っているよ」
「そうだといいんですけど」
冷めたお茶に視線を落とすとバラにもまけないくらい鮮やかな赤い色に顔が映る。
帰るための踏ん切りはついたけど、やってしまったことは変わらないから、春名とか手紙をくれた子たちと顔が合わせづらいって思ってしまう。
「でも、いっぱい情けないところを見せちゃったな……過ぎたことですけど……」
「ねえ、プロデューサーさん。迷った数だけちゃんと新しい発見はあって、そこに何1つ無駄なことはないんだ。俺だって散々迷ったけどこうして君に会えただろう?」
神谷さんは咲き誇る庭の花々に目を細め、目は花に向けたまま続けた。
「皆、プロデューサーさんに支えられて今があるのだから、たまには俺たちに支えさせてくれてもいいんじゃないかな。頼られたい気持ちは誰だって一緒さ」
勿論俺もね。神谷さんは冷めた紅茶を交換してくれて、それから私と目を合わせた。
しっかりしてて、人生経験豊富で考え方も素敵。とても21歳の年下の男の人だと思えないけど、こうやってみてくる顔だけは年下の人なんだなって思えたりする。先ほどの神谷さんにならい、ぐるっと離れを見渡す。思ったより長い間、お世話になった場所だ。
頼られたい気持ちは誰だって同じ。事務所に戻ったら、遅れを取り戻す勢いで頑張ろうという気負った気持ちが軽くなる。皆がいるから、事務所の皆はきっと帰ってきた私に頼ってほしいと言うだろう。
「神谷さん、いつ東京にもどりますか?」
「できるだけ早くに帰ろうとは思ってるよ。プロデューサーさんの元気な顔も見れたし、このまま帰るつもりでいる」
「早速お願いなんですけど」
「うん、何でも言ってくれ。俺に叶えられるなら……いやたとえ叶えられなくても、そのために何だってするさ」
「そんなに難しいことじゃないですけど……あの、帰るの3時間だけ待ってくれませんか。段ボール送って、北斗さんのご家族の方にご挨拶だけさせてください。そしたら、一緒に帰れますから」
神谷さんはにっこり笑って、そういうことならと同意してくれた。よくできました、といってる様に感じたのは気のせいだろうか。
そのまま急いで荷物を送り返し、ご挨拶を済ませて神谷さんと駅に向かった。幸いにも暖かく迎えてくれたのと同じ様に優しく送り出してもらえて、私は東京に戻ったらすぐに電話でもう一度滞在のお礼を言おうと決めた。
私の旅行カバンは神谷さんが持ってくれたから私の役目はふらっと離れていきそうになる神谷さんの手を離さないこと、乗車券と新幹線の切符を2人分持っておくこと、それから急いで用意してくれたお弁当を崩さない様に持つこと。
ホームに降り立つと、到着した時とは全く違う心持ちで不思議な感じがした。爽やかな風が吹いて、新幹線の到着が告げられる。ホームから見える三方の山、東京とは違う空気、それらを最後に味わった。
「プロデューサーさん?どうかしたのかい?」
さきに新幹線に乗り込んだ神谷さんが不思議そうにホームに立ったままの私を振り返る。
「いいえ、何でも。長らくお待たせしました」
「……本当に、長かったよ」
神谷さんの返事からは今待ったこと以上の意味が感じられて、私は笑って差し出された手を取った。一歩踏み出して乗り込むと、神谷さんは私が力強く握りかえしたことにいっぱいいっぱいの様子で「よかった」と呟いた。それが珍しく完璧な穏やかな笑顔じゃなくて、こうして私の長い京都行きは終わりを迎えたのだった。
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