番外編山下次郎

>>番外編

右に大学、左手にも同じ大学、という大学の敷地を挟んだ道。次郎さんと一緒にそこを山の方へ歩くと目的のお店。

「さすがに学生が多いねえ」
「そうですね、そうですね……細い道も数えれば道で縦に三分割くらいされてるみたいですよ。大きい大学ですもんね」
「なるほど、研究者とか社会人学生も多いから俺とあんまり年の変わらなそうな人もちらほら……」
そう言って次郎先生はぐるっと周囲を見渡した。

「あ、あんまりキョロキョロするとバレますよ!次郎さんもう有名アイドルなんですから……」
「そ、そうだよね、変装もっとしっかりすればよかったな〜」
次郎先生はそわそわしているけど周りの学生だか研究者だかにも姿勢の悪いくたびれた格好の人はいて、次郎先生もいい感じに紛れている。いつもは背筋伸ばしてくださいって背中を叩くことが多い分なんだか不思議だ。

「あ、次郎さんあのお店ですよ」
「へーどれどれ……」
お店の入り口で次郎さんが私を待って、先に入れてくれる。紳士的なところに照れてしまうけど小さくお礼を言って、お店に入った。

「次郎さん、どれにしますか?」
「うーん……カタカナばっかりであんまりわかんないや……名前ちゃんのオススメは〜?」
「ロールケーキもパンもおすすめですけど、次郎さんにはやっぱりあの六角形のケーキを推します」
「どれどれ?」
次郎さんが身を乗り出してショーケースを見る。
「あっホントだ、ベンゼン環みたいだね」
「ですよね!?見た目もかわいいんですけどおいしいんですよ。しかも今日は……」
「ピンクだね……」
次郎さんがみているのは、カシスベースのピンク色のケーキ。上にはイチゴがのっていてとてつもなくかわいらしい。しかもこのケーキ、上から見ると綺麗な正六角形をしていて元化学教師の次郎さんにはぴったりなのだ。

「名前ちゃんは?おじさん多分胃もたれしちゃうから半分あげるのも考慮してね」
「じゃあ私は、丸いのを……」
「やっぱり女の子はみんなこういうのが好きだよねえ」
「そうですね……甘いものがあんまり得意じゃない女の人もいますけど、私に限っては可愛くておいしいんだから大好きですよ」
「いつもみてるからしってる」
次郎さんはそのままケーキを2つとコーヒーを頼んだ。以前の私はあまりコーヒーが得意ではなかったけど、次郎さんがちょくちょく淹れてくれるおかげで今ではすっかりコーヒー党だ。

ケーキを写真に納めてから席で二人外を眺めていると、他の席には何かの課題をやっている学生のグループや楽しそうに休暇の予定を立てる学生カップルが目に入る。
「楽しそうだね」
「そういう次郎さんも、楽しそうですよ」
「……まぁね、最初は無理かと思ってたけど、アイドル結構楽しんでるよ。向いてるとは思ってなかったけど」
周りを見て次郎さんは声をひそめて笑った。

「そういえば、見た!?なんたらっていうピチピチシルバースーツの宇宙人みたいなアイドル!ツイッターで超バズってたんだけど」
「あ、エリート宇宙人みたいなのと金髪とおじさんの三人組?セムっていうらしいよ」
タイムリーすぎる話題に次郎さんの顔がひきつり、固まった。バレた!?って顔が聞いているけどバレるようなことしてないし、今日は30って書いたパーカーじゃないし、大人しくしてるし……

「どうしましょう……?」
「せっかくのケーキだからお店出るわけには……名前呼び、やめよっか……」
「そ、そうですね……」
「こっちはもともとプロデューサーじゃなくて名前ちゃんって、名前よびだからいいけど……」
「そんな!ずるいですよ……じ、次郎さん以外になんて呼べば……おじさん、とか?山下さんとか?」
「あなた、とか?」
「ばばばばば、何言ってるんですか!」
「今ばかって言おうとした?」
「ばかにしてます?って聞こうとしたんです……」

そんなこんなでケーキをいただき、半分分けてもらうなどしつつ、件の学生グループが去るのを待った。それ以来次郎さんたちの話は出なかったけど次郎さんは気が気じゃないって顔をしていた。特に学生たちが席を立った時、次郎さんの真後ろを通って帰って行ったときの顔はかなり固まっていた。特に何も起こらずに済んで一安心だ。

「今更だけどさぁ」
「はい?」
「兄さん、とかで良かったんじゃないの。呼び方」
「た、確かに……」
動揺しすぎて考えが至らなかった。冷静にならなくちゃいけないのはプロデューサーである私の役目なのに、反省しきりだ。

「でもさ、なんか……夢みたいだね。こんな風に正体バレるんじゃないかってドギドキしたりするの。ちょっと前までただの高校教師で、ずっとこのまま定年までやってくもんだと思ってたからさ」
「そう、ですか」
「30とかになるとさあ、新しいことに挑戦するのって若い子が思ってる以上に結構大変なわけ。見栄とか、今までやってきたこと無駄になるんじゃないかとか、家族のいる人も増えるしねえ。でも、社会人やめてまた大学とか院とか行く人もいるし、新しい職種に挑戦する人もいるし、同じ職種でも違うことに手を出すとかする人もいてさ」
次郎さんはフォークをきちんと揃えて置いて、それから居心地悪そうに首をすくめた。
「そういうの、柄じゃないなあって思ってた。そりゃあ学習指導要領の改訂に伴って変えていかなきゃとかはあったけど……自分のこと今更どうこうしようとはしなかったし、はざまさんが勧めてくれなきゃ今一緒にテレビに出てるやつらのことずっとテレビの向こうの人だと思ってたはずでしょ」
「でも、今は」
「そ、今は違うんだ」

目が悪くなりそうな前髪、片方だけの目がぴかっと光る。つられて私も背筋が伸びる。
「元高校教師が三人ともアイドルになれたのは勧めてくれたはざまさんとオーディションでやってくれたるいのおかげだけど、見つけて目をかけてくれた事務所のおかげでもあるわけ。ありがとうね」
「そっそんなことありません!三人が頑張ってるからですよ。それに道夫さんと類さんだけの功績のように言いますけど、次郎さんあってこそのS.E.Mということをお忘れなく!」
「たはは、照れればいいんだか、喜べばいいんだか……嬉しいこと言ってくれるよねえ……というわけで、お会計は任せてください」
「えっご馳走になります!」
「今日だけだからね、金欠の時は助けてくれないとおじさんひもじくて死んじゃうからね……」
そんなことを言いながらも照れた様子で次郎さんは変装道具を付け直してから伝票を取った。

次郎さんはケーキの写真はブログにあげたら喜んでくれるかなあと帰り道に私に尋ねた。
きっとファンの皆さんも喜んでくれるし、道夫さんと類さんも個人的にも、世間に見えるところでも何かしらのコメントをくれることだろう。次は俺たちも連れてってよね!って言われるのが目に見えるよう。次は何を食べようか考えておいてくださいねと声をかけると「それよかるいとはざまさん連れてくるなら今以上に変装頑張らなくちゃだよ……」と苦笑で返される。そんな様子を見せながらも次郎さんは嬉しそうなのだから、私はまた頑張っておすすめのお店を増やそうと思う。


*前次#

TOP