学内畑にて

>>これの畑サークルの話


野菜がただでもらえると思って入会したものの、その野菜を育てるのには時間がかかるし誰かが世話をしてやらなくちゃいけない。そういうわけで私が所属している野良サーには朝の水やりの日課があった。1限の時間よりちょっと早く来ればいいくらいのことだし、その他の世話は現会長にして立ち上げ人の片倉さんが率先してやってくれるので手伝いながら世話を覚えるくらい。朝の水やりの時にとった野菜はもらっていいことになっているため、私と金吾の野良サーガチ勢は(片倉さんには負けるけど)野菜目当てに畑に通いまくっていた。

春から夏にかけて野菜を山ほど育てて秋は焼き芋冬は冬野菜をちょっと育てるだけだったけど今年は金吾のおかげで鍋パ三昧の冬になる。それが片倉さんが始めた農業サークルの活動だった。畑、とか野良サーと呼ばれることが多いけど。

「片倉さん、今年結局何人残りそうですかー?」
草むしりに飽きて苗越しにふと思いついたことを尋ねると片倉さんははっぱを間引きながら頭の中で人数を数えた。6人だな、と返事が来る。
「それは金吾を含めて?」
「含めた」
「豊作っすね」
「豊作だねえ」
金吾も私ものほほんとした気持ちになって手元の草を抜いた。金吾よりひとつ上の私の代は私含めて3人になってしまった(決して片倉さんの勧誘がへたくそだったわけではないが初対面の時に怖かったか怖くなかったかと聞かれると怖かった)ので新歓のメンバーが少ない割に今年は上々の収穫である。なにせ人が少なすぎて新歓初日に即入会を決めた金吾にまで新歓をやらせたくらい。

「やっぱり金吾を早々に捕まえたのがよかったんじゃないですか?新歓鍋パ週一開催来年もやりましょうよ。金吾主体で」
「心をつかむなら何より片倉さんの畑ツアーだよ。絶対来年もやるべき」
「名前が料理の差し入れしてくれたのもうけたんじゃねえか」
「やだあボス、そんなに褒めてもなんにも出ません!来年もビラ配りお願いします!!」
「……お前らは俺が今年で卒業なのを忘れちゃいねえか」
「片倉さん卒業したら来なくなっちゃうんですかあ!?」
「えっ困ります片倉さんがいなくなったら誰が野菜についた虫取ってくれるんですか!?私でかいのは無理だから金吾が全部取ることになりますよ」
「僕だって無理だよお!!」
「それに片倉さんが来なくなったら来年から畑と鍋の優先度が逆転して鍋サーになりますよ」
「お前らいい加減にしろよ」
片倉さんはそう言って額に青筋を立てるがいやでもだって片倉さんがこの学内にうち捨てられていた畑を耕し始めたのだから責任は持ってほしい。ただでさえ来年はひとつ上の先輩方を押しのけてガチ勢を理由に会長をやらされる予感がびんびんしているのに。金吾にやらせたらいいのにと思っているので会長決めの時に推そうと思っている。

「でもほんとに感謝してますよ!片倉さんのおかげで毎日ひもじい思いをしなくてすんでますから」
「お前相変わらずかつかつなんだな……」
「ええまあそれはもうずっとですよ」
「また部室で鍋パしよっか……」
「鍋って何日も食べられてコスパはいいんだけど暑くなってきたしひとりだと傷むのが怖いんだよね……鍋パはいいんだけどさ大人数だとひとり当たりの金額が安くなるし……」
「野菜はお金その場では払わないもんね」
私たちがしゃべりながらぶちぶちと草を引き抜いている間に片倉さんは1レーン分トマトの世話を終えて私たちのところに戻ってきた。肩にかけたタオルで額の汗をぬぐう様子を見るたびにヤのお仕事を引退した農家の人にしか見えないと思う。

カタギかどうかはさておき、片倉さんも金吾もいわゆるよいところの出なので日々かつかつの私はめちゃくちゃお世話になっている。入学したばかりの1年の時加減がわからずバイトをいれまくったのとお腹がすいたのとで(シフトが多かったのももちろんだがいちばんはあの松永教授の御用聞きを入れたのがよくなかったと思っている)ぶっ倒れた私を片倉さんは大変心配して(もちろん巨大な雷が落ちた)それ以来私は月末は片倉さんのおうちでご飯を頂くこともしばしばである。片倉さんは今年から私のバイト先の後輩である伊達くんと一緒に住むために引っ越したので以前より私のアパートに近くなったし伊達くんも何かあるごとに飯食いに来いよと声をかけてくれるので春以降その頻度は増すばかりだ。

「でも本当に片倉さんがいなくなったら回らなくなっちゃいますよ。畑の方も私の生活も……」
「畑はどうだか知らねえが、生活は俺の手を借りずに回していけるように努力しろよ」
「片倉さんがだめなら伊達くんの世話になるしかないっすね」
「余計に悪いだろうが!いいか、お前何度言ってもわからねえみたいだからもう一度言うがな、」
「”政宗さまに迷惑をかけるな、悪い遊びを教えるな、政宗さまの身に何かあったらすぐに言え”ですよね?さすがに覚えました。っていうか私じゃなくて部活周りを心配した方がいいんじゃないですか?今度”あの辺”で合コンいくらしいですよ」
「なんだと!?」
「お店決め手伝ったんで伊達くんに頼めば一席くらい増やせますけど、片倉さん行きます?」
「おまえは相談に乗ってないで止めろ!」
「いやあ、真田が合コンセッティングを強要されたらしくて。伊達くんがあいつには無理だから手伝ってやる、なんて言うから私、友情を応援しようと思って……」
「余計にたちが悪い!」
「ひええ」
片倉さんは鬼の形相で金吾がめっちゃおびえているけど、こうして事前に教えてあげてるんだから感謝されてもいいんじゃないかと思う。片倉さんがこんなに心配するのは、伊達くんが本当に正真正銘の由緒正しい生まれの人で、何より幼いころから彼のそばにいたからだという。片倉さんは酔っぱらうと伊達くんの話ばっかりするのだが、いつも”世が世なら〜”というフレーズを使うので、私は初めて現実の伊達くんと会った時に「あああの”世が世なら”の伊達くんね」という反応をしたくらいだ。ちなみに”あの辺”というのは、私の同級生の真田とか石田とか、1年生の徳川くんとかのこと。みんな目が飛び出るくらい立派なおうちの出身である。

片倉さんが怒り狂っているうちに私は土で汚れた手を払ってスマホを取り出し、伊達くんに「片倉さんが合コンのことを知って怒り狂っています」とメッセージを送った。しばらく待つと4限までばっちり授業を入れている真面目な伊達くんから「南棟2階の大講義室 講義終わり次第迎えにこい」という返信が来た。不真面目な私は大講義室ならスマホをちょっとくらいいじってもいいよねえと思って、なるはやでいきますというスタンプを送った。伊達くんから返事はない。まじめだねえ。同級生の真田とかは大講義室だろうが何だろうが講義中に絶対既読がつかないし、伊達くんも返信のタイミングからするにずっとスマホを見てるわけじゃなさそうだ。大講義室のパンキョーは内職アンドネットサーフィン三昧の時間にしていた私とは大違い。

「っていうかそろそろ時間だ」
「ぼぼぼぼく帰りますう!!」
「私も上がりまーす」
怒り狂う片倉さんから逃げるように金吾が離脱、私も抜いた草を集めてさっさと退散することにした。南棟まで迎えに行かなければ。

伊達くんの講義終了即合流して作戦会議、片倉さんはおそらく講義が終わって帰宅してくる伊達くんを家で待ち構えてお説教に持ち込むつもりだろうから、帰り道の間に私たちは覚悟を決めなければならない。落雷コースかねちねちコースかはまだ未定だ。合コンくらい、大学生になったんだから許してもいいじゃんねえ。伊達くんもなんだかんだで折れないだろうし、私はふたりの言い合いを聞くことになるだろうが、その後に出てくるであろうお夕飯を楽しみにしたい。朝に片倉さんが収穫していた野菜のラインナップと量を思い浮かべる。後は肉だな。日々生活がかつかつの身としては、肉大なりお説教という不等号は不変。

「じゃあ片倉さん、草片付けたんで帰りますねえ……ヒッ」
むしった草を片付けて、まだ悩んでいるであろう片倉さんに声をかけようとしたら、背後に立たれていた。逆光のせいで人相が余計に怖く見えるので悲鳴を殺しきれなかったのはもう許してほしい。
「政宗様が帰ってくる前にできる言い訳があるなら聞いてやるが……どうする」
あくまでこちらに譲歩するような口調なのに背後には修羅が見えた。訳するなら、「政宗様とくだらねえ口裏合わせする気なら……わかってんだろうな?」だろう。ごめん、伊達くん。私は命と野菜が惜しい。すごすごとスマホを出して伊達くんに「だめです」とだけ送った。作戦の失敗を認めると片倉さんが大きなため息をついた。この雰囲気の中でスマホを出す勇気はないのだけど、スマホがぶるぶると震えておそらく伊達くんからの通知が連続してきている。大丈夫、お説教の後にはなんやかんやで合コンも許してもらえると思うよ。ただし雷は特大だろうけど……



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