寝ても醒めても
>>年齢操作
アイドルのスキャンダルは何も恋愛沙汰だけではない。特にお酒のことは事務所の大人の皆さんも気を使ってくださり、飲み会では大人エリアと子供エリアに分かれて、オトナとコドモの境目ができる。運転するから飲めない人とかが率先して境目に座り壁係をしてくれるんだけど、今日はなんだかたいへんなことになっていた。
お仕事の都合で遅れて参加する漣くんを連れて座敷にあがると会場はすでに出来上がっていた。羽目を外しすぎないようにと叱る側に回ることが多い桜庭さんがすでにくたくたのべろべろになって猫柳さんに寄っかかっているのを見るに、今日はやっぱりなんだかおかしい。桜庭さんのスケジュールを思い返したが、ここしばらくはそんなに過酷な感じではなかったように思う。
「漣、お疲れ様!」
「漣の分取っといたからこっちこいよー」
連続ドラマの撮影がこのところ詰まっている漣くんは、今日も撮影が終わるころにはお腹が鳴りまくっている状況で、ふらっと私から離れて呼ばれた席に近寄って行った。ドラマで社会人役に挑戦中の漣くんは席に着くや否や「社会人お疲れ様〜」なんてからかわれている。
「ああっプロデューサーちゃんいいところに!」
名前を呼ばれたので視線をやると壁エリア付近で翔真さんが手を振っていた。顔が赤くてすでに出来上がっている。隣に九郎さんが座っている。今日は九郎さんが壁役だから構いにきていたらしい。
「皆さんお疲れ様です」
「いやーいいところに。ほらプロデューサーちゃんが来たわよお」
しゃがみこんだ膝に、生暖かくて重たいものが転がされてきてぎょっとしたがその物体が何かわかってさらにぎょっとした。もうじきはたちになる、玄武くんだ。
「え!?何したんですか」
膝にうつ伏せは息ができなくてかわいそうだったので転がして膝から落とそうとしたが、スーツをつかまれて膝から降りる気はないらしかった。珍しく正座を崩した九郎さんの手元には金魚の描かれたうちわがあってこれで仰いでくれていたらしかった。正座に慣れた九郎さんも人間の頭を長時間のせるのはつらかっただろう。
「すみません、まさかこんなことになるとは……」
九郎さんが申し訳なさそうにして、私は玄武くんの顔を見下ろした。顔が赤くて眠そうにしている。眉根を寄せて私の声がうるさいらしくて嫌そうな顔をした。完全に酔っぱらいの寝落ちだ。
「……翔真さん飲ませました!?」
「イヤ、一滴も」
「春名ぁ?」
「ドーナツの神様に誓って一滴も飲ませてません!」
オトナ側で完全に出来上がっている春名がへらっと笑って手で丸を作って見せた。飲酒解禁になったばかりの若者組は毎回結構飲みたがるので(逆に成人して久しいお兄さん方はこういうところだとセーブしがちだ)、今日の春名は壁役じゃなかったんだろう。翔真さんも積極的に壁役はやらないし、今日の壁役は九郎さんの他に……と思い出そうとしたところで輝さんがお水片手に戻ってきた。ああ、そうだ今日の壁役は九郎さんと輝さんだった。
「おお、プロデューサーお疲れ様」
「それより輝さん、これ……」
「一滴も飲ませてないぜ!?まさか玄武が炭酸で酔っぱらうとは……」
「炭酸っていうか雰囲気に酔った感じはあるよな」
輝さんが持ってきてくれたお水を飲ませながら聞くと、輝さんが未成年組に差し入れしてくれたおしゃれなノンアルコールの炭酸を飲んで玄武くんはこうなったらしかった。差し出されたビンを何度確認してもノンアルコールのジュース。しかし飲んだ張本人は見事に酔っぱらっている。いつもはあまり暴れない人たちも楽しい雰囲気に乗せられてしまったんだろうな、と珍しく酔っぱらっている桜庭さんをちらりと見た。先ほどと変わらず猫柳さん相手に絡みまくっている。
「家に帰すにしても、もうちょっと復活してからじゃないとまずいだろって話になったんだよ」
「それでてんてるちゃんがお水もらいに行って九郎ちゃんの膝で休ませてたってわけ」
「……賢明なご判断ありがとうございます」
あのクールな玄武くんが膝の上で丸くなって唸っている状況に私はもうすで理解が追い付かないのだが、お水を飲んで少し回復したらしく天井の照明を眩しがって寝返りを打った。狭い膝の上だというのに意地でも降りてはくれないらしい。
「す、朱雀くーん!」
「紅井さんなら明日の撮影が早いとのことで帰られましたよ」
「ああっそうだった!」
朱雀くんは下半期の連続ドラマに出ることが決まり最近は大阪の撮影所と東京を行ったり来たりの生活をしている。明日からの大阪撮影のために今日は少し顔を出すだけで帰ってしまうという話は聞いていた。仕事が延びたので会えなかったらしい。いつもはしっかりしている玄武くんがこんなになってしまったのは、ふたり揃うことが少ない最近のお仕事のせいなんじゃないかと思って少し心配になった。玄武くんは私のお腹に顔を埋めてまた唸った。
「玄武くん、大丈夫なの」
「番長さん……?」
「そうです。今の状況、わかる?明日後悔しないためにそろそろ下りた方が賢明かと……」
「ああ、ほんものの番長さんだ」
「ひええ」
玄武くんはとろんとなった目で私を見ると、首に腕を回してぎゅうと力を込めた。倒れる倒れる!慌てて後ろに手をついても玄武くんはやめてくれない。首に顔を埋めて何事か言っているのはわかるのだけど、言葉の断片を聞いていると寂しかっただとか会いたかっただとか他の人ばっかりだとかなんだかいつもの玄武くんらしからぬ弱りっぷりだった。本当に今日はどうしちゃったんだ。
珍しく派手に酔っぱらっていた桜庭さんを思い出して、もしやインテリアイドルだけに効く謎の超音波でも発せられているのかと思ってぐるりとあたりを見渡しても、ぐねんぐねんになっている桜庭さんと、雨彦さんの膝に肘をついて嫌がられている北村さん、一升瓶を抱えてぽやぽやしている硲さん、ふらふらの足取りで余興の準備を進めている渡辺さんと円城寺さんくらいしか今日はヤバそうな人はいなかった。みんな大人しくお酒を飲んだりごはんを楽しんでいる。京都のくくり、と思って伊集院さんを探せばそんなことはなかった。どんぶりでごはんを食べている翔太くんを眺めてにこにこしている。手にしているのはウーロン茶だ。
「番長さん」
「あああどうしたの」
さっきまでと打って変わって悲しそうな声で玄武くんが私のことを呼んだ。ころころ変わるテンションといい、何度ノンアルコールであることを確認しても完璧にその反応は酔っぱらいである。炭酸で酔う人って本当にいるんだな。
「朱雀にあいたい」
あんまりにも悲しい声音にぎょっとして顔を上げると玄武くんの目からぽたっと涙が落ちた。玄武くん自身もその衝撃か何かで一気に酔いが醒めたらしく、自分の発言ながら驚いた顔をした。私はポケットから手探りで携帯を取り出し、通話の履歴から目当ての番号を見つ出すと発信し、玄武くんの横面に押しつける。今の時間ならきっといけるはずだ。すぐに元気な朱雀くんの声がした。玄武くんの肩がぴくんと跳ねて、彼にしては珍しくしどろもどろなのに朱雀くんは電話口の相手が玄武くんだと予想がついたらしかった。
電話をするにはうるさいだろうと玄武くんの手を引いて立たせ、輝さん達に目配せをして入ったばかりの入り口に向かう。手を引いてどんどん突き進むと、私たちの常ならぬ様子を見た子たちが声をかけてくれて、私はそれにたいしたことないよと返し手を振って応じた。私と同じタイミングで入ったはずの漣くんはすでになかなかの量のお酒とごはんをお腹に収めたらしく、その周辺はすでにごはんを切り上げたのか持ち込んだゲームで盛り上がっている。ああ、私はまだなんにも食べていないんだった。お腹すいたなあ。玄武くんは何か食べたんだろうか。
玄武くんを廊下の隅っこのソファスペースに座らせて、私も隣に座ってみた。スピーカーにしているわけじゃないのになんとなく朱雀くんの楽しそうな声が聞こえて、玄武くんもさっきまでの悲しい顔はもうしていない。スケジュールを頭の中で思い出してふたりがこれほどまでに別々でお仕事をしているのは初めてじゃないかと考えた。これまでにどちらかが舞台の大阪公演に出演するときでも稽古は東京でのことが多かったし、公演中もゲネとか本番を見に行っていたけど今回のような場合にはそれも難しい。今後のスケジューリングをよく考えなければ。過去に翔太くんも同じ枠に出ていたけどあれは幼少期役で短期間だったが、その時はどうしていたのだっけ。
もう一度ちらっと玄武くんを見て悲しい顔をしていないことを確かめて安心した。かわいいアイドル達の悲しい顔は演技だろうと何だろうとあんまり見ていて気持ちのいいものではないので。
「ああ、またな。腹出して寝るなよ」
朱雀くんが元気よくおうと返事をして、玄武くんも満足そうに電話を切った。
「すまなかったな、番長さん」
「いいえ、これくらいしかできなくてごめんね」
「そんなことは、」
玄武くんの言葉は続かず、視線が逸らされてどうしたのかと思えば耳まで赤い。引いたはずの酔いが戻ってきたのだろうかと肩をさすれば、今にも消えそうな声音で「自分の何もかもが情けねえ……」なんて言うものだから我慢できずに笑ってしまった。
「いやあ、初めて見たよ。あんなにカワイイところ。あんなカワイイ酔っ払いもなかなかいないよ」
「頼むから今日のことは全部忘れてくれ……」
「後悔するからやめておきなってちゃんと言ったよ」
「酔っ払いに何を言ってもきかないことを知ってるだろう……」
爆笑はさすがにかわいそうだから我慢するけど、羞恥に震える玄武くんなんて珍しいから笑ってしまう。悪いとはわかってるんだけど。笑っているうちにぴこんぴこんと通知が鳴って急に私の携帯から玄武くんが電話をかけてきたことを心配した朱雀くんがメッセージを送ってきた。
「どうする?代わりに事情説明しようか?」
玄武くんは一生懸命どっちのほうがマシか天秤にかけるような難しい顔をした。が、ぐうとお腹が鳴ったので私は今度こそ我慢できずに笑ってしまう。年頃の男の子を笑うのはよくないとは散々身をもって知ってはいるんだけどもう何が起こっても笑ってしまう自信がある。
「先にごはん食べよう。私もお腹すいた」
これ以上の恥をさらすならいっそ……くらいの思いつめた顔をしていないので、私は立ち上がろうとしない玄武くんの手を引っ張って座敷に戻ろうと促した。ごはんまだ残ってるといいねと座敷に戻る前の大食いさん達を思い出して笑うと、さっきまで周りを機にする余裕もなかったらしく玄武くんは首を傾げて気のない返事をよこした。
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