恋をしても君は

>>神速担当が女性Pです(notドルP)


「名前、元気か?」
「うん、朱雀も元気そうだね。テレビで見てる限りだけど」

私の幼馴染は、あんまり勉強が得意じゃなくて、正義感が強くて、女の子が苦手で、そしてしばらく前にアイドルになった。


「次の荷物は何入れればいい?野菜はいつも通りお母さんが入れてくれるけど、他に何かほしいものある?」
「あー、なんか足りねぇもんがあったような気がすんだけどよぉ……」
電話越しにガサガサと部屋を捜索する音、それから彼の愛猫のにゃーんと鳴く声が続く。

「ナポリンあるか?」
「買えばあるよ」
「それとジンギスカンキャラメルと……」
「食べたいの!?」
「事務所の人にこないだ勉強見てもらってよ……その時話に上がったからお礼にしようと思ったんだけど」
「味の保証はしないからね」
「おう、頼むぜ」

朱雀がアイドルになってから顔を見たのは数えるほどで、それも通話のみで、直接声を聞いたのはいつが最後かわからないくらい前だ。テレビやネットではたくさん見てるんだけど。
「あ、私も玄武くんにお菓子あげる約束したんだ。入れておくからあげてね」
「名前、玄武と連絡してんのかぁ?」
「たまにね」
電話越しににゃこの鳴き声がまたして、今度また写真送ってもらおうなんて考えた。

「最近どう?っていうか今平気?忙しくない?」
「仕事も多いけどよ、玄武もいるしプロデューサーさんも気ぃ使ってくれるから大丈夫だぜッ!」
「そうなんだ……慣れてきても体調崩すこともあるんだから気をつけてね。まあ、朱雀が風邪引いたのあんまり見たことないけど……」
「おう!まあ玄武もいるし心配しないで任せとけよッ!」
「そうだね」

朱雀と離れてしばらくして、よく聞くようになったのが「相棒」の玄武くんのこと。ある時突然話題に上るようになって、何となく怖そうなイメージだったけどその後電話で顔を合わせて、そんな2人は一緒にアイドルの活動をするようになった。

最初は雰囲気がピリッとしていて怖かったんだけど、何度か電話で話してちょっと仲良くなった。すっごく頭がいいんだって朱雀が言っていて、きっと勉強のことでも迷惑かけまくりなんだと思う。私たちの共通の話題は朱雀のことしかないのだけど、玄武君はいつも言葉を尽くして長文のメールをくれる。怖い顔から雄増つかないくらいに楽し雄で、きっと彼は朱雀のことが大好きなんだと思う。

それからアイドルになってからよく聞くのはプロデューサーさんのこと。玄武くんと朱雀をアイドルデビューさせてお仕事を一緒にこなしている人。いろんな仕事を持ってきて2人の新しい魅力を見つけてくれる人。

朱雀は女の子がとてつもなく苦手で、女子と聞くだけで挙動不審になるくらいだ。なのに。
「それでこないだの撮影のとき、プロデューサーさんがよぉ、」
なのに彼女のことだけは別で、信頼しきっているみたいだ。2人がお仕事を一緒にしている身近な大人が信頼できる人でよかったと思うと同時に、一応恋する乙女なのでちょっともやもやする。朱雀が触ったり近寄ったりなんだりしても平気なのはそれまで私だけだと思ってたから。嫉妬なんてしたってどうにもならないんだけど。

「……朱雀、アイドルになっちゃったんだもんね」
「あ?」
「ううん、なんでもない」
遠くに行っちゃったなって思うときがある。
もちろん距離もすごく遠いし、何よりアイドルと一般人という違いがとてつもなく大きなものに思える。テレビに出てるイケメン俳優たちと同じところに幼馴染が行ってしまったという感覚はやっぱりどこか現実味がない。

朱雀がアイドルになってから、ずっと自分に言い聞かせてきた。好きだったけど、諦め時が来たんだよって。東京にいっちゃった時距離を理由に諦めればよかったのにそれができなかった、でもようやく諦めるいい理由ができたでしょって。朱雀はアイドルなんだよって。

ため息を押し殺して窓辺に干された花を見た。私が吐いた花だ。花吐き病になったときにあきらめればよかったのに、本当にこれがあきらめる最後のチャンスだよ。

「名前?今日元気ねぇな」
「え?大丈夫だよ。うーんさっきちょっと咳き込んだからかな」
「何?具合わりぃのか?」
「あはは、最近たまに咳出るだけだから大丈夫。反射みたいなものだよ」
「んー、そういうもんなのかあ?」

朱雀はきっと分からない。頭が良くなくてよかったなあって思う。なんの反射かもきっとわかってないし、万が一玄武くんにそれを伝えて玄武くんが"何の"反射か知っても私に釘をさすことこそすれ、朱雀が知ることはないだろう。

「私は大丈夫だから、朱雀は自分のこと心配して」

そう、アイドルになったあなたを忘れられなくて花吐き病になった幼馴染のことなんて知らなくていい。私があきらめきれなくても朱雀が勝手に遠くに行ってくれればいい。あまりに苦しくて、朱雀も同じ苦しみを味わえばいいと思ったこともある。もし罹ったら、相手はプロデューサーさん?それとも相棒と慕う玄武くん?それとも他所の事務所の女の子?ベッドでそんな無駄な妄想をしたこともあるけど、どうせその恋は朱雀がアイドルだから成就しない。

「そうだ、この間ポプリ作ったんだよ。それも玄武くんにあげるねって話してて……」
「ああ?あれか、前作ってた花の……」
「そう、人にあげられるくらいには上達したの」
「ああ?俺にもくれただろ?」
「朱雀は別だもん。玄武くんに下手なの渡せないでしょ」
「プロデューサーさんにもやりてえな……前、睡眠にいいとか言ってたよな?」
「そう、だね。プロデューサーさんの分も選んで荷物にいれとくね。ビンだと割りそうだし、布かな」
チェストのポプリ、何が残ってるか確認しないとと思って箱を開けた。ああ嫌だ、庭の花だけじゃなくて、気の迷いで作った汚い花のやつもあるんだった。これはさすがに捨てなくちゃ、万が一荷物に混ざったら大変だし……

「……名前」
「なに?」
怖い声で心臓が止まるかと思った。返事は普通の声でできただろうか。今、きっとすごい顔してるんだろうな。メンチ切って、そんなのだから普通の女の子と余計に距離が開く。でも朱雀はアイドルになったんだから、そんなところも好きって言ってくれる子がいるのかな。

「名前、お前なんか隠してんだろ」
「え?隠してないよ」

ばか、なんでそんなとこだけ鋭いのって心の中で呟いて、捨てる分だけ取り出して、ポプリの詰まった箱を閉めた。部屋には乾燥した花の香りだけが残った。繰り返し作っているけど最近のはなかなか上手にできていると思う。

「……なあ、そんなに俺が信用ならないかよ」
一変して珍しいくらい覇気のない声だった。こっちまで悲しくなってしまう。違うよ、信頼してるよ、でも好きなんだよって、言えたらいいのに。

「俺に言えねえなら、玄武とか他のやつ誰だっていいから相談してくれ……頼むからよ」
「本当に何もないよ。でも、ありがとう」
心配してくれてありがとうね、朱雀も無理しないでねって返すと朱雀は夏休みになったら遊びに来いよって言った。私はほとんど一方的に電話を切り、私はスマホをベッドに投げた。最後まで心配そうな声だった。


荷造りを再開しようとまた箱を開けた。プロデューサーさんにも送るなら、安眠効果のあるラベンダーがいいだろうって2つ取り出す。庭のラベンダーを干して作ったやつだ。他にはバラとかマジョラム、ネロリが混ぜてあって男の人でも枕元に置くぐらいなら気にならないかな。

捨てなきゃいけない方は、ラベンダーはもちろんバラやゼラニウムの合わさった甘い香りがする。わたし、こっちのほうが好きだな。朱雀も多分こっちのほうが臭くないっていうと思う。朱雀、ラベンダー系嫌いだし……

ふと、朱雀にこれを送ればいい、って考えが浮上して思わず喉が鳴った。枯れた花で感染するのかはわからないけど、朱雀だけじゃなくて他の2人にもこれを送って、みんな花吐きに感染させてしまえばいい、そうすれば……

自分で妄想しておいて気分が悪くなった。よくない癖だ。アイドルになった朱雀を、相棒の玄武くんを応援したいっていう気持ちは全く嘘じゃない。2人のプロデューサーさんに感謝する気持ちも。

さっきまで電話をしていたスマホが震えて、見れば玄武くんからメッセージが来ていた。「朱雀が心配してたぜ。何かあったら相談してくれ」さすがの対応だ。簡潔な文をロック画面だけで確認して、ポプリを強く握った。

宅急便を出す前に、どっちで作ったポプリを送るのか決めなきゃいけない。惨めな気分だった。どうして私は素直に彼を、応援できないんだろう。どうして素直に好きって言えないんだろう。そんなの、わかりきってるのに答えを認めたくない。

机の上にたてたフォトフレームには、朱雀が送ってくれたブロマイドが入っていた。正義の味方じゃなくて、悪を蹴散らすアイドルになる!!って油性ペンででかでかと書かれている。届いた時、絵馬みたいだなって思った。一方的に目標だけ伝えてきたから。

朱雀は、本当にかっこいい。雲をつかむような夢も、目標も朱雀ならきっと、と思えてしまう。ブロマイドに背を向けて、送る予定のものたちを詰めた段ボール箱にポプリを2つ放った。最後の1つ、どっちを入れるかは決まっていた。

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朱雀は一方的に切られた電話に呆れて、そのまま相棒との通話に切り替えた。玄武はすぐに出て、いまいち要領を得ない朱雀の説明を黙って聞いた。全く知らなかったが、名前のいうとおり玄武と名前は度々連絡を取り合っているようで、玄武はその賢い頭で事情を把握すると二つ返事で名前に連絡をいれることを承諾した。
そのことが少しだけ朱雀にもやもやとしたヘンな気持ちを生んだけれどあまり気にしないようにして、礼を言って電話を切った。

「にゃこ、名前やっぱりヘンだったよなあ?」
全ての会話を聞いていたのは後は愛猫のみとわかると朱雀はその手を取って構いながら語りかけた。不安な気持ちを朱雀に見せまいとするのは昔からそうだったが、どうにも納得がいかなかった。

名前は朱雀がただひとり緊張することなく接触できる女子だった。小さい時から兄弟同然とはいかないが近くで育てられたからかもしれなかった。もしくは覚えていないくらいに昔から彼女を守ってやるように言われてきたからかもしれない。

もしかしたら……もしかしたら、名前のことが好きなのかもしれないと気付いたのはアイドルになってからのことだったし、その時には直接顔を見て言うには距離が邪魔だった(直接顔を見て伝えることしか頭になかったと気付いたのはしばらく経ってからだった。電話やその他の電波を使ってというのは少々軟派なように思えたのだ)。

そもそも2人きりの関係に玄武というもう1人が加入してから気付いたので、朱雀はやっぱり相棒のおかげだと思うと同時に少しだけ不安になった。名前と玄武が自分を介さず連絡を取りあう仲だと知った時、その不安は爆発しそうなほど大きくなった。玄武が名前を好きなのかもしれないと思いついて、もしかしたら名前も玄武を好きかもしれないと考えて、朱雀は身動きが取れなくなった。自分はあの優秀な相棒に勝てるのだろうか。負ける気はないが、名前が玄武を選んだなら……

「夏休みになったら名前がこっちに来るからよぉ、そこでキモチに決着つけようと思ってんだ。やっぱりそれがいちばんふさわしいだろ?」
愛猫はにゃんと鳴いて、朱雀の膝から逃げ出していった。

朱雀は夏休みが楽しみで仕方なかった。宿題は山ほど出るだろうが、仕事も多く入れられるし、プロデューサーと名前を会わせてやりたいと思っていた。
自分の魅力を見つけてくれた人を名前にも好きになって欲しかったし、今の自分を作った一因でもある彼女をプロデューサーに見て欲しかった。

ただひとつ、名前が隠し事をしているようでそれだけが気がかりだった。
名前の悩みを解決するのは自分じゃなくて玄武の方が適任だと自分に言い聞かせた途端、朱雀は変な咳をした。ヘンだなと思ったけれど咳は一回で止まり、それより名前と玄武のことを考えて心臓がどくりと音を立てたことのほうが重要だった。


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