カモナ私の故郷

>>マリア・タチバナ京都に行く

「本当に混んでるのね」
「ええ、本当に大きいお祭りなのよ。当日はもっと混むの」
マリアはこの暑いのにジャケットをしっかり着込んで、私に手を引かれるままに歩いていく。マリアはさくらさんに早く会いたいがために荷物もお土産も全部持ったまま劇場に来たので、お稽古の後に何から何まで全部持ったまま旅館に戻らなければいけなかった。そこで、出身地でもあり京都に詳しいということで私がマリアを旅館まで無事に送り届ける役目を任されたのだった。私たちが陸軍に属する戦闘集団の一片であることをしらない方たちは夜道のふたり歩きを心配してくれたけれどさくらさんのへたくそな説得にも「さくらさんが言うなら……」と納得してくれた。

「名前、見て。月が雲に重なって……」
「ああ、本当にきれい。薄曇りも悪くないですね」
劇場で周りの人たちを人望で丸め込んださくらさんは、黙ってさくらさんたちのやり取りを見ていた私と目を合わせて頑張って!と言わんばかりに拳を握って見せた。優しいさくらさん。私がマリアのことを好きなのを知っていてふたりきりにしてくれた。初めての人たちとの共演、稽古と公演の忙しいスケジュール、数日後には帝都に帰らなければならないマリアと一緒に過ごす時間を作ってくれたさくらさんはとっても優しい。

「本当に来れてよかった。素敵なところね」
マリアが優しく微笑んで、私はたまらない気持ちになった。優しくてきれいで、強くてとってもかわいらしい。
「私も、マリアが喜んでくれてとっても嬉しい。マリアがいるなんて……なんだか夢みたい」
「あら、名前はまだ夢のつづきの気分でいるの?」
「もう、マリアったら!」
できるだけ広くて明るい道を通るようにと紐育からやってきたマイケル・サニーサイド司令は私たちに言ったけれど、あの人の紐育と違って夜も明るいままの街なんていうものはこの国なら蒸気灯の輝く帝都くらいしか思いつかない。あれだって帝都の中でも人の多いところでしか見ないのに。

私が馴染んでいる夜の灯はお寺さんや神社さんが表に掛けている提灯の灯りなのだからサニーさんの言うように明るいから必ず安全とも限らない。その程度の頼りなさだけど、マリアはそれもきれいだと足を止めた。
「本当に見たことのないものばかり。名前はここで生まれて育ったのね」
「私が生まれたのはもっと田舎の山の方だけどね」
「可愛い顔」
「もう、今日のマリアは意地悪!」
「だって名前が」
「私が?」
「名前が……」
マリアは色の白い頬をわずかに染めて、そっぽを向いた。かわいいマリア。マリアのファンには女の子も多いけど、みんなが好きなのはどうやらかっこいい王子さまみたいなマリアらしいと気付いたのは少し前のことだ。愛ゆえにのオンドレさまも海神別荘の公子さまもシンデレラの王子さまもかっこいいのだけど、私はいつものマリアが好きだ。きれいでかわいくて、冷静で、みんなのことを想う優しいマリアが好き。

「名前が日立さんのことばっかり褒めるのが悪いのよ……」
「えっ」
「嫌だ、もう忘れて」
「ああっ!マリア、餅を焼いたのね?」
確かに公演を共にする日立さん達は本当にかっこよかった。大神さんが「ただの特別興行ではなくて、お互いに何かを得る機会になるといいね」と言って送り出してくれたのと、実際に稽古を共にしたことで私は同業のものとしてそのひとたちの魅力に夢中になった。そして、さくらさんの応援に駆け付けたマリアに対して、興奮気味にマリアと同じ男役である日立さんや八重子さんがいかにかっこよくて歌とダンスがうまくてそのおみ足が長く魅力的な人柄かを熱く語ったのだった。

「名前が悪いのよ……」
「ああ、マリアがそんな顔をするなんて思わなかったのよ。ごめんなさい」
マリアは恥ずかしいのと悔しいのが混じりあった顔で私をにらんだ。私たちの前では副隊長として冷静な表情を見せることの多いマリアがこんなに恥ずかしがるなんて、と私は嬉しいのとくすぐったいのでにやにやしそうになったが、マリアが気を悪くするのは間違いないので頬の肉を噛んでなんとかごまかした。
「私、マリアがいちばん好きよ」
「……からかわないで」
マリア、からかっているんじゃないのよ。本当にあなたのことがいちばんに好きよって言いたかったけど、これ以上言ったら今度こそマリアが自己嫌悪と羞恥で再起不能になってしまうと思って私は心の中で言うにとどめた。でも滅多に見られないマリアの悋気に心の深いところがぎゅっと掴まれたような、ふわふわするような不思議な気持ちになって、やっぱり私はマリアのことがいちばんに好きだと思うのだった。





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