俺が好きって言えよ

「天道さんのことが好きなのか?」
「え?」
動揺して頭を上げようとした私に、冬馬は「まだ寝てろ」と言っておでこを押さえつけて膝に沈めた。うう、頭の前の方が痛くて気持ち悪い。冬馬が「北斗が近く来てるから、迎えに来るってよ」と静かに言って黙った。

顔を覆うように冷たいハンカチがのっけてあるので冬馬がどんな顔をしているのか、わからない。化粧を擦らないように気をつけなくちゃ。でもハンカチのおかげで膝枕をする男とされる女という状況にきっと向けられているだろう、周りの人の好奇の視線も遮られている。つまりそれは、冬馬ひとりにそれが向けられてるのでは、と思い至り慌ててもう一度頭をあげようとして「いいから寝ろ」とまた膝に戻された。ズレたハンカチの隙間から冬馬の横顔が見えた。

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冬馬が今度プラネタリウムに行きたいと言うので私はプラネタリウムなんて何年ぶりだろう?小学生の時に生涯学習センターで見て以来かもしれない、とわくわくしながらその誘いに乗った。

冬馬がチラシを見せてくれた、天道さんがナレーションを務める限定プログラムはロマンチックな雰囲気で星に詳しくなくても楽しめそうだった。冬馬は同じ事務所に所属する天道さんのファンがいっぱい見に行くだろうからいつも以上に気をつけて、手の込んだ変装をしなくちゃいけないというような話をしていた。

「どっちがいいと思う?」
「え?うーん……黒?わかんないな、どっちも似合うんじゃない?」
「……そういうのが聞きたいんじゃなくてだな」
「でもそうでしょ?っていうか近いよ」
変装用に新しくキャップを買うらしくて冬馬は私にネットショッピングのページを見せる。距離が近かったのでふざけて人差し指で頬骨をゴリゴリ押してやるとやめろ!なんて言いながら大人しく離れた。最近距離感がおかしいような気がするんだけど、冬馬は別に恥ずかしがりもしないので私の自意識過剰だったらやだなと思って何も言えない。

「じゃあコートは?これか、こっちか……今年流行ってる形、あんまり好きじゃないんだよな」
「……冬馬、珍しく物欲あるね?」
「め、珍しくってなんだよ。去年と同じのばっかり着るわけにはいかないだろ……背も伸びたし」
「冬馬が物欲全開になるのスパイスのときの印象が強くて。でも、どっちかならさっきのやつがいい。多分それのがかわいいよ」
「別にかわいさは求めてないんだよ」
「じゃあ、かっこいいんじゃない?」
「適当言うな!」
冬馬はそんな風に怒りながらもキャップと上着をカートに入れたのだった。それで、約束の今日は両方身につけて来て「どうだ?この着こなしを見てかわいいとは言わせないぜ!」とドヤ顔でお披露目したから、笑ってしまった。冬馬はよく見ろ!ってぷんぷんしていた。

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「水飲めるか?」
「う、やめとく……ごめん、頭あげるのだめだ……」
「北斗、もう少しかかるみたいだ」
「うん……」
ハンカチにかかる伸ばしかけの前髪を冬馬がそっと払った。

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それで、なんの話だったっけ。そう、冬馬が買ったばかりの上着で今日は来て、それで私たちは勇んでプラネタリウムのチケットを買った。

ナレーションが天道輝さんの限定プログラムになりますがよろしいでしょうか、と受付のお姉さんに言われて輝さんの顔を思い浮かべてちょっとにやにやしてしまった。全く問題ありません、私たちはむしろそれが目当てです!とは言えないので小さい声で2枚お願いしますと私が言った。冬馬も恐らくにやにやしただろうに、深めにキャップ被ってるから顔が隠れてずるい。

「前に北斗がね、プラネタリウムは絶好のデートスポットなんですって熱く語ったことがあってね」
「なんで北斗があんたに語るんだよ……」
「翔太もいたよ?でね、冬馬はなんでかわかる?」
「暗いからだろ」
「ヒュウ!さすがスケベ〜!」
「茶化すな!!」
エレベーターはすぐに目的階まで上がりきる。冬馬が鏡を見てキャップを深く被り直した。
「北斗は自然に手を繋げるからって言ってたよ。もちろん顔がバレにくいのもあるだろうけど」
「じゃあ今日は」
「ん?」
冬馬の声が後ろの方から聞こえて私は振り返った。冬馬はまだエレベーターの中に立ち尽くしている。顔が赤いような気がした。
「どうしたの?おいてっちゃうよ」
「……おう」

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「とうま、水ちょうだい……」
「零すなよ」
「うん……」
ゆっくり起き上がると遠ざかっていた気持ち悪さがまた戻ってくる。昔はそんなことなかったんだけどな。傾けると柔らかいペットボトルはバキバキ音を立てた。ぬるい水が喉を滑り落ち、満足したので蓋を閉めた。
「降りれるか?」
「うん、さっきよりはマシ」
「こういう時ってエレベーターとエスカレーター、どっちがいいんだろうな」
「時間かかるけど、階段でもいい……?」
さすがにエレベーターは遠慮したくて冬馬の顔色を伺うと、冬馬は目を細めるいつもの笑い方で軽く頷いた。
「いいよ。歩けなくなったら俺が背負ってやる」

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ワクワクしながら待機室に並ぶと、薄暗い照明が私たちの興奮を余計に煽った。
「天道さんこういう知的でかっこいいお仕事本当に似合うよね!ドキドキしちゃうな」
「こういう仕事は天道さんの大人の雰囲気あってこそって感じだよな」
「天道さんの声で星の歴史なんて語られたら絶対好きになっちゃう……」
「あんたホントにそういうとこあるよな……」
「えっ嫌だな、マジだよ。私は真剣だよ」
冬馬がため息をついて、入場が始まったので私たちは慌てて黙った。ここから席を探し上映が始まるまではなるべく大人しくしていなければ。暗い密室で冬馬がいると知られて騒ぎになると危ないから、冬馬は席に向かう私の後ろにくっついて静かにしていた。冬馬よりも少し年上くらいのカップルたちが二人掛けのシートに楽しそうに座るのを横目で見て、冬馬はもう一度ため息をついた。私たちが座るのは普通のシートのいちばん人気が無さそうな最後尾端っこの席だ。

わずかについていた灯さえも消えて、上映が始まったときに少し違和感があった。天道さんが優しく星の世界に観客を誘い、たくさんの流れ星が滑り落ちる。映像だからこそできる流れ星の大盤振る舞いだ。いつもなら、私もそれに感動できたはずなのに、今日はそれができない。

酔った。まさかの、開始5分で映像に酔った。空の端から流れる映像が北極に向かう、それを追うことさえつらい。まさかの映像酔い!!きつすぎて目を閉じて天道さんの声を聴くことだけに専念する。北の空に輝く北極星は古来より旅人たちを導く星で……と天道さんが優しく語るのだが、私はそれどころじゃない。うう気持ち悪い……北極星は移り変わる星で昔はポラリスじゃなかったんだって。天体観測デートで天道さんからそんな知識を披露されたら即恋に落ちる自信があるけど、今はそれどころじゃない。あと30分どうやって耐えよう……

苦悩していると、冬馬が私の手の甲をちょんちょんとつついた。私が、開始5分で寝たみたいに見えたのだと思う。緩慢に顔だけ冬馬の方に向けると、冬馬はほぼ音になっていない声で「どうした?」と聞く。
「酔った……」
「寝ろ」
さっきは起こしたくせに!黙って目を閉じた私を不憫に思ったのか、冬馬はそれから終わるまでの30分、肩をさすってくれた。乗り物に酔った時に鎖骨やその下あたりをさする私の癖を覚えていたらしかった。私はたまに好奇心に負けて目を開けては回る満点の星空に撃沈し、天道さんの音声だけを30分間堪能した。

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「頼むから踏み外したりするなよ」
私がゆっくり階段を下りるのに合わせて冬馬はひとつずつ階段を下りた。ジャケットもカバンも持ってくれて、申し訳ないのだけど取り返す気力はまだなかった。踵の低い靴を履いていたのと、エスカレーターとエレベーターに人が集まってほとんど人がこないことだけは幸運だった。

「ごめんね……せっかく遊びにきたのに介護させて……」
「今更気にすることじゃないだろ」
私は階段をよろよろ下りながら、冬馬が口にした「天道さんのことが好きなのか」という言葉のことばかり考えていた。天道さんのことは、好きだ。かっこよくて強くて優しくてめちゃくちゃ推せる。冬馬だって、むしろ冬馬のほうがそのことはよく知っているはずだ。

「冬馬」
「休むか?」
「ううん…… あのね、さっきの質問の答えだけど」
「あ、ああ」
私より一段下に立っているから、キャップのつばが影になって冬馬の顔を覆っている。それでも、きらきらの17歳の美しさはちっとも損なわれていなかった。いつもは眩しくて凝視できない冬馬の目を今だけはまっすぐに見つめる。

「天道さんのこと、好きなのかって言ったよね。好きだよ。でも、冬馬もそうでしょ。それと同じだよ」
「同じって」
「天道さんって、本当にかっこよくって優しくて、大人の魅力だけじゃなくて明るさまで兼ね備えて本当に最高のアイドルだよね」
「ああ」
冬馬は私の言葉に頷いて笑うけど、それが無理してやってるのなんてすぐにわかる。

「でもさ、冬馬はさ……そういうことが聞きたいんじゃないでしょ」
冬馬が困った顔をした。仕方ないな、とでも言いたげな17歳よりずっと大人びて見える顔で息をする。冬馬は子供っぽく見える時とすごく大人びて見える時があって、未だに私はそのギャップに振り回されている。

「はっきり言っていいよ、今更遠慮なんかしなくていい」
「言ったな?」
「言ったよ」
商業施設の、節電のためかフロアより暗い階段が、満員のライブ会場のステージと同じくらい冬馬を飾り立てていた。ライトの光を反射するスパンコールもきらきらのストーンもついていない、ただの私服の冬馬がそこに立っている。それだけなのに冬馬は、圧倒的に強く見えた。

「俺は今日デートだと思って誘ったし」
「うん」
「天道さんの話、嬉しそうにされるの嫌だって思ったし……いや俺が誘ったんだけど、俺も天道さんのこと好きだけど」
「大丈夫、伝わったよ」
「ったく、あんたといると自分が子供っぽくて嫌になるぜ……」
「ええ、そんなことないよ。冬馬って大人だなあって思うよ」
「そういうとこが子供扱いなんだよ」
冬馬が恨めしそうな顔で私を見上げた。かわいいな、と思った。冬馬はかわいい。私が逃げたくなるようなことでもちゃんと目を逸らさない真っ直ぐさが、その若さがかわいい。

「今更何言ってんだって思うかもしれねえけど……好きなんだ、あんたのこと」
「うん」
「うん、じゃなくて……」
「ごめん、今噛み締めてた」
「……そんなに噛み締めなくたって何回だって言ってやる」
「ええっ!」
冬馬は眩しがるみたいに目を細めて私を見た。たった一段しか変わらない段差で私を見上げている。こうして見るとコーディネートの全部がよく見える。冬馬は私が選んだ一式を素直に着て、今日私に会いにきた。本人としてはデートのつもりで。

「だから、あんたも言えよ。俺が好きだって」
冬馬が今までの不安だとか嫉妬といった感情全部捨て去った朗らかな声で言った。私が何を言うのか既にわかり切っている、今日いちばん自信に溢れた顔をしていた。


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