晴れ姿


誕生日祝いと大きな仕事を成し遂げたお祝いと、他にもいくつかのおめでたいことが重なって彼のスーツを仕立てた。彼は私が高いお金を払うことに決していい顔はしなかったけど、私にも稼ぎはあるし、いざお店で色々布を当ててかっこいいと褒めまくったら満更でもない顔をしたので悪い気はしなかったと思う。人々と平和を守るという素晴らしい目的のために鍛え上げた体は上も下も既製品にはおさまらないので私は上も下も採寸させてオーダーメイドの一着を仕立てた。私だって彼には劣るとはいえ稼いでいるのでいいお金の使い方をしたなあと達成感さえ感じた。

「あっ!」
昨日、彼は仕立てたばかりのスーツを手に「明日の仕事のパーティで着ようと思う!ありがとう」と大きな声でまた私にお礼を言って、顔を3割り増しでキリッとさせて出ていった。彼はこの度、ヒーロー活動と表彰式と懇親会を兼ねたようなものに若手として招かれたわけだが、このような催しには有名どころもたくさん招かれるらしい。彼のことだから会場でスーツを褒められたら馬鹿正直に「ありがとう!恋人が用意してくれたものだ!」と答えるだろうから女よけにもなるんじゃないかという下心がある。彼は自分の行動が虫除けになるなんて夢にも思わないだろうけど。

「まさか、ヒーローの集結した会場をヴィランが襲撃するなんて……」
ヴィランに聞きたい。正気か?数多の規格外ヒーローが集結した場所に乗り込むとは正気か?もしや日頃組まないヒーローと組み連携技をぶっ放すところが見たいヒーローファンか?もう一度聞くが正気か?

[会場周辺は襲撃のため封鎖され……]
会場内の中継映像は土煙が上がっていて不鮮明だ。ヒーロー以外にも慣れている人が多いのだろう、逃げ惑う人も少なく混乱を極めたという雰囲気ではない。でも彼は、自分よりも強いヒーローがいるからといって黙って見ているような男じゃない。中継映像の光の端でトムフォードに身を包んだ彼が走ったような気がした。私は不安の声を飲み込んで代わりにため息を吐いた。

事件の終息後に無事に帰宅した彼は、無事の確認を前に綺麗に土下座のポーズを決めた。彼が差し出したスーツ用のハンガーにかかっていたのは少し焦げたジャケットと、無残にもワイルドな切り口の短パンになってしまったスラックスだ。
「う、嘘……」
「……すまない」
「中継にちらっと映ってたよ。でも、まさか……まさか一発目でやらかすなんて……」
「本当にすまない……」
なんとなく、わかっていたけど!あまりに無残で直視できない。

「み、見事に短パンにしたね……」
もういっそ短パンとして履く?と冗談で彼に尋ねると彼は苦悶の表情で本当にすまないと繰り返す。
「まあ君が黙って見ているような人ではないとわかっているし……」
「ぐう……」
ちらりと焼け焦げた一式に目をやる。わかっている、彼が黙って見ているような人でないということは。でもトムフォードだぞ。わざわざ一分の隙もなく測ってつくった一点もの、個性と体格の都合上布が増えてそれに伴い金額も上がった。しかもめちゃくちゃ似合っていたのに、無残な短パンになってしまった私のトムフォード……

「今までどうしてたの。学生服で戦闘になった時とか高校の時もあったでしょう」
「被服控除が制服にも適用されたんだ……」
「その言い方は何回かやらかしたんだね」
「ああ……」
可愛そうなトムフォード。いくら雄英とはいえ、学生服と同じ扱いを受けるとは思いもしなかった。

「次のスーツ必要だよね」
「あ、ああ。そうだな」
「もういっそ青山のフレッシャーズでもいい?って聞こうと思ったんだけど多分上も下も入んないね。どうしようかな……」
「……本当に、すまない」
「その顔かわいいけどしょげてるのは嫌。私が好きになったのはいざという時スーツだろうと気にしないで飛び出していく天哉くんだよ」
「か、かわいい……?」
「そうやって顔をペタペタ触るところもかわいいよ。じゃあ私、ちょっと出かけてくるから」
「は!?」
「あ、新しいスーツ、できるのにちょっと時間かかるかも。大丈夫、これよりいいやつ作ってもらうから」
「名前ちゃん!?」
狼狽する彼の頬にキスを落としてパンプスを履く。メール作成画面を開きつつ玄関の姿見でチェックしているとバタバタと彼が追いかけてきた。

「名前ちゃん、今からいったい何を……」
「ヒーロースーツ作ってる会社にふつうのスーツ作ってもらえないか相談してみる。めちゃくちゃかっこよくて、燃えなくて、焦げなくて、溶けたり張り付いたりしないやつで、戦っても気にならないくらい動きやすいやつ……」
「!」
「天哉くんにふつうのオシャレなスーツ着てねっていうのがそもそも無理だったんだよなあ……」
「名前ちゃん」
「うん?」
彼はさっき脱いだばかりの靴を履きスマホの充電を確認した。車の鍵を指に掛けると私の肩に手を添える。

「車を出そう」
「送って行ってくれるの」
「うん」
天哉くんはもう一度私に自分のことなのにすまないと謝って玄関のドアに手をかけた。気にしなくていいよと言って勝手に腕を絡めると彼は一瞬びくりと固まってから何事もなかったかのようにドアを開けた。つまんないの。昔はめちゃくちゃに照れて動揺して煙を出す勢いで顔を真っ赤にしていたのに、今じゃちょっと眉を跳ね上げておしまい。と、思ったら彼のあつい手のひらが彼の腕に引っ掛けた私の手のひらに重ねられた。そんなところも大人になっちゃったなあと思いながら冷たい外気に足を踏み出す。

その後つくってもらった彼専用のスーツなのだけど、あまりに「よかった」ためレプリカモデルの販売が決まりCMにも彼が出演した。スーツを着ていても軽やかに疾走する彼の姿はたいそう評判を呼び、会社が個人スポンサーにまでなってくれたので彼はかっこいいスーツを燃やすことも破くことも気にせず好きなだけ纏えるようになったのであった。それで、例のトムフォードはなぜか捨てられず、彼が大事にクローゼットに取っておいている。

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