ないものねだり



夏休みの宿題をする気も起きずに部屋でダラダラしていた。あっついなあ、と少しでも冷たいところを求めて転がると、階段を上ってくる音がした。あ、郁だ。
「名前、夏祭りに行くぞ」
「今から?私と?」
「ああ……なんだ昼寝でもしてたのか?」
驚いてかたまっていると郁は部活から帰ってきたのだろう制服姿のままで床から起き上がらない私を不思議そうに見た。だって、郁は演劇部の子にいっしょに行こうって誘われてなかったっけ。もしかしたら郁の友達なり後輩も一緒に行くことになって人数が足りないとかかな。全く、いつも急なんだから。

「?なんだ行かないのか」
「き、着替えるから部屋出て……」
「そうだ、虫よけ持って行った方がいいと部長が言っていたな」
「わかった、持ってく」
郁がドアを閉めた瞬間、慌ててクローゼットを開けて服を探した。気合入りすぎてなくて、ちゃんとかわいいやつ。気の抜けた部屋着を見られているから今更かとも思うけど、好きな人には少しでもかわいく見られたい。浴衣とか着たかったけど一人じゃ着られないし、郁だって制服だしまた別の機会にしようと思って服を引っ張り出して髪の毛を直してちょっとメイクもした。汗臭いと思われたらいやだから制汗剤も塗って。慌ててリビングにおりれば郁は涼しい顔でママの出した麦茶を飲んでいた。

「ごめん、お待たせ」
郁は黙ってうなずいて虫よけスプレーを受け取ったけどその顔はもう屋台への期待でいっぱいだった。郁は学園での評価はおおむねクール、大和男児、ポニーテール、弓道男子といったものだけど割と深刻なスイーツ厨で過去にはスイーツでうまいこと乗せられて演劇コンクールに出場したことだってある。この間、夏祭りに行こうと誘っていたのもあのときに相手役をしていた子だ。

郁はそっけないけど優しいところもちゃんとあるから好きになってしまってもおかしくない。私が、嫌というだけで郁がいいといえば二人は付き合う可能性だって……ああ嫌だ、ずっと好きなのだからさっさと告白してしまえばよかった。郁は抜けてるところがあるから好きだといっても伝わらないんじゃないかと思ってここまで来てしまった。あれだけ演劇で好きだ好きだとと叫ばされていたのだからさすがにわかるでしょとみのりくんにも言われてしまったけど、肝心なところですっとぼけたことをいうのはこれまでにもさんざん見てきたからあまり信用ならないと思っている。

道中も私ばっかりしゃべって屋台が見えたとたん目に見えて郁の歩調は速くなり、屋台につくと郁の手にはベビーカステラの大きいやつ、綿あめ、トルコ風アイス、と次々に甘いものばかりが増えていった。かき氷もチョコバナナもまだだからこれは結構かかるな、と見てるだけで甘いものはお腹いっぱいになってしまった私はたませんを真っ先に買ってそれからたこ焼きも買った。
「それ何だ?」
「たません、関西の食べ物らしいけどスライヴセントラルはすごいね。ほら、あんずあめとはしまきの屋台が隣同士」
「あんずあめか……」
「え!まだ食べるの」
郁は私が指さしたあんずあめの屋台に郁はふらふらとひかれていった。見てるこっちが嫌になるくらいだ。
「名前」
「何?」
「どれがいい?」
「えっ奢ってくれるの」
「じゃんけんに勝ったからな」
「えーじゃあ赤いのがいいな」
青とか食べたら口の色がすごくなりそうだから、と思ったら郁が青いのをとって、私に赤いのをくれた。甘ったるいのはもう十分だと思っていたけどソースものばっかり食べていたから美味しい。

「郁は、演劇部の子と来なくてよかったの?」
「ん?俺は演劇部に所属していないが」
「誘われてたでしょ、ほら……あの永遠花火の時の」
「そういえば誘われたな」
「その反応は忘れてたんだね……ちゃんと断ったんだよね?すっぽかしてないよね?」
「名前は俺がそいつと行った方が良かったのか?」
「べ、べつにそういうわけじゃないけど……でもすっぽかして私と来てるんじゃ悪いでしょ」
すっと郁の目が不機嫌そうになって私は慌てて否定した。
「私が、郁と来たかったの」
郁が「そうならそうと素直に言えばよかったのだ」とでも言いたげな顔をしたので私は途端に恥ずかしくなってうつむきながら歩いた。

「ちゃんと断った。お前と行くから君とは行かないと」
「へ、へえ〜」
あれ、これはもしかして誰かと合流するパターンではないやつ?浴衣も着ていない、事前の胸ときめくような約束もしていない、私たちには劇的な出会いもないただの幼馴染だ。打ち上がった花火で隠れる「好きだ」も花火に負けないように叫ぶ「好きだ」も私たちの間にはない。なのに郁は当然のように私を呼んで私と買い食いをしてじゃんけんに勝ったからと私にひとつあんずあめをくれる。

あーはやく幼馴染脱出したい。私のため息をよそにさっさとあんずあめを食べ終えた郁は「名前!りんごあめを食べるぞ!」と目を輝かせた。今食べたのにまたあめかよ!呆れる私をよそに郁は乱暴に私の手を引いてりんごあめの屋台を目指す。



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