甘えたおす

甘えたおす/清澄九郎

強い雨と雷の中、リビングの電気がちらちらとついたり消えたりした後にパッと消えてしまった。洗面所から途切れることなくドライヤーの音がしているからきっと停電ではなく、このタイミングで蛍光灯が切れたのだと思う。たしか買い置きがあったっけ。

椅子を引きずって蛍光灯の下にセットしたのち、買い置きの封を開けて椅子に登った。ドライヤーの音は止まず、丁寧に男性にしては長めの髪を乾かしているらしい。髪が濡れたままの人を蛍光灯を変えるためだけに呼びつけるのも悪い気がして椅子の上に立ち上がる。蛍光灯の周りに地味に埃がたまっていた。手の届きにくい場所とはいえたまには掃除しなくちゃなあ。

「……手、届きますか?」
「びっくりした!お湯加減いけました?」
「ええ、ありがとうございました」
代わりましょうか、と首を傾げる九郎さんを椅子に乗ったまま見下ろした。九郎さんのしっかりと乾かされた髪がはらりと溢れて肩口をなぞった。
「お願いしてもいいですか?乗ったものの、ちょっと低かったみたいで」
「代わりますから、お願いですから、気をつけて降りてくださいね」
「わかってます」
九郎さんははらはらしています、と顔全体でアピールしてきてまずは私が手にした新しい蛍光灯を受け取った。それから私が椅子から降りるところまでしっかり見届けてから今度は九郎さんが椅子に上る。九郎さんの寝巻き用にとユニクロで買ってみたバックトゥザ・フューチャーのでかいロゴが入ったTシャツがあまりにも似合わなくていつ見ても笑ってしまう。九郎さんは何も気にせず着てしまうから私は密かに新作の導入を検討している。できれば、九郎さんが自分で選ばなそうなやつ、大きく絵の入ったやつがいい。

「これは差し込むだけで良いのでしょうか」
「……うん、くるっと回るはず」
「本当ですね。はまりました」
「助かりました」
「いえ、危なっかしくて見ていられなかったので」
九郎さんだって椅子に立つ時ちょっと危なっかしかったですよ、とは言わないでおいた。背が高い九郎さんはたいして腕も上げずに簡単に取り替えて古い蛍光灯を私に渡す。Tシャツも短い丈ではないけれど、はめ方を検討するときに白いお腹がちらりと見えた。最近筋トレを頑張ってるから、一瞬見えたお腹をはしる線が深くなったような気がした。

「ありがとう、本当に助かりました」
「いる時は気兼ねなく頼ってくださいね」
「九郎さん背高いからだいたい届きますもんね」
「電球の交換でなくても、何でもききますから」
「出来ることは自分でやれますから、九郎さん休んでいていいんですよ」
「何を。やりたいからやっているんですよ」
「相変わらずお世話焼きですね」
そんなことはないでしょう、と九郎さんはわたしの言葉を否定して椅子を元のところに戻した。それで冷蔵庫にお土産の果物がありますよなんてあっさり切り替えてしまう。剥き方も習ったのでと言ってぎごちない手つきながら果物の皮を剥いて切り取った一片を皿に下ろしていく。果物の汁が九郎さんの指を濡らした。

実は、お付き合いするまで九郎さんは世話焼かれだと思っていた。せっかちなところもあるけどおっとりしてるし、よく怒るけど気性はだいたい穏やかだ。初めておうちにお邪魔した時もびっくりするくらい立派なおうちで、家事なんて多分ほとんどしたことのないように見えた。だから世話は焼かれるもの、っていうタイプの人かなと思っていたら付き合ってからこまめに世話を焼かれて驚いた。

いまだって果物を切り終えて手を綺麗にしたところでわたしの髪から落ちる滴を見咎め、わたしの首にかけっぱなしのタオルで滴を吸わせた。自然乾燥派なところにあまりお小言は言われないけれどせめてとオイルをつけてくれることもあれば乾かしましょうかと提案されることもある。
「九郎さん」
「はい?どうかしましたか」
「呼んでみただけ」
「全くあなたは……」
今だって呆れた顔はしても黙ってフォークを乗せたお皿を置いて私の隣に座って、待ってましたとばかりに私が無遠慮に体をもたせかけるのを黙って受け入れてくれる。未子気質に見せかけてお兄ちゃん気質なのかもしれない。私は好きな人にはうざがられようとも甘えたいタイプなのでここぞとばかりに擦り寄って甘え倒した。


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