手紙1
玄武へ
この間の手紙ありがとう。封筒に入ってた写真も見たけど、玄武また背が伸びた?どんどん大きくなるね。2メートル到達も夢じゃないのではないですか。ところであまりに薄着なので心配になりました。せめて冬は風邪ひかないように暖かい格好をしてください。ただださえ体脂肪が少ないんだから風邪には気をつけて。それに、こちらも寒いですよ。ちゃんと上着を持ってくるように。
やっと本題にさしかかりますが、イギリスに来るとのこと、連絡をもらえてとても嬉しく思います。勿論都合をつけるから一緒にご飯でも食べましょう。久しぶりに玄武に会えることがとても楽しみです。
玄武が送ってくれた日程だと私はx日かxx日だと都合がいいです。どこに連れて行こうか楽しみにしているので、何か希望があれば教えてください。ホームズが座っていそうなパブも、ハリーがいそうなカフェも何処だって連れて行けるので。
もしよければ、君のプロデューサーさんと一緒に来るおふたりも誘ってはどうですか。勿論忙しいでしょうから無理に誘わなくて結構です。しかしもし嫌でなければ、是非。
最後に、もし行きの荷物に余裕があったら煎餅を入れてきてください。先月うっかり食べ過ぎた為、備蓄が心許ないです。もし持ってきてくれたら勿論いっぱいお礼をしますが、正月の一時帰国までどうにか繋ぐ算段を立てていますので無理せず。久しぶりに君に会えることを楽しみにしています。体には気を付けて。
名前
玄武は最後の署名まで目を通したところでもう一度頭から読み返した。英語の勉強という名目で始めたメールのやり取りだが、玄武にとっては多分に下心が含まれている。そういうわけなので名前と次に会えるのは正月だとばかり思っていた分、その前にわずかな時間でも会えるのは嬉しい。
名前と玄武は、昔玄武が就学のことで頼った学生団体で出会った。当時は勉強のことでもそもそもの就学についてもよく面倒を見てもらったし、引っ越す時には関東にある同じような団体の紹介状を書いてくれたのも名前だった。当時大学生で教育について学んでいた名前にとっては、団体事務所を訪れた玄武はただの手助けするべき子供以外の何でもなかっただろうし、ただの善意を好意ととらえては名前も迷惑だとさんざん自身に言い聞かせたが、どうしようもなく一目惚れだったので中学生の玄武にはどうにもならないままだった。ただまっとうな善意で活動していたのに惚れただのなんだの口にすれば名前も困ると思って玄武は黙っていたが、玄武が横浜に引っ越してもやっぱりその気持ちは変わらなかった。
玄武がアイドルになってからしばらくして、偶然にも再会した時には名前はすでに大学を卒業して、それに伴って例の学生団体も卒業していた。このチャンスを逃すまいと人目のある街中にも関わらず手を握って呼び止めたことは後々まずかったなと思いはしたが、メールアドレスを交換して、その直後に名前が社会人を経て再び学生としてイギリスに渡ったことを思うと、やっぱりあの時機を逃さず呼び止めておいてよかったと思う。
旅行の支度を進めながら、あらかじめ書き出しておいたメモを確認しながら考えるのはライブのこと、日本に置いていく相棒のこと、機内で読む本は何を持って行こうか、それから久しぶりに会う名前のこと。朱雀がフランスに行ったときに書いてやったのを改良したリストを使う時がついに来たというのに、玄武の頭の中と手元はばらばらで何度も荷物を詰めなおした。名前が留学に際し持って行ったせんべいはふつうに近所のスーパーで買えるやつだから明日買い物ついでに買っておこうと決めていったんスーツケースを閉じた。幸いにも、ロンドンで服を買おうと思っていたから行きのスーツケースは容量に余裕がある。
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翌日、事務所で何日に名前に会いに行くことになったと報告をしたら、玄武の長年の片思いをよく知っているプロデューサーはにやにやしながら「へえ、よかったねえ。その日は自由行動でいいけど夜ご飯食べたらちゃんと解散するんだよ」とだけ答えた。片思いを隠すまでもなく、名前と東京で再会した時に一緒にいたので必死になってるところを見られてすぐにばれた。
「番長さんたちもよかったら一緒にって言われたんだが……」
「えっいいよ、玄武にとっては邪魔でしょ……朝集合するときに挨拶だけさせてもらおうかな」
「止めないのか……」
「玄武が名前さんに無体をはたらこうとしてる、とかだったら止めるけど玄武はそういうこと考えてないでしょ。番長さんはね、止めようとするって言ったけどそれも玄武が大事だからだよ……ひどいことを言うようだけどさ」
玄武の視線が険しくなったのを見てプロデューサーはそう付け加えた。勝手に片思いをしていることも、出会い方からして片思いさえ迷惑に思われる可能性も、玄武がいちばんわかっている。それに玄武自身の性格もあってアプローチをするどころか自制ぎみなのはプロデューサーの目にも明らかだった。
「会えるの久しぶりなんでしょ。よかったね。日本にいるときより人目もないだろうしさ」
「ああ……そうだな」
今事務所で開催しているワールドツアーの取材はいつも事務所がお世話になっている記者が同行しているので、アイドルたちが羽を伸ばすチャンスは存分にある。プロデューサーが気分を変えるようにそれを告げると、玄武はようやく硬かった表情をやわらげた。
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イギリスについてからは現地でのステージでの調整やワールドツアーにはつきもののトラブル、記事にするための観光地めぐりなどであっという間に数日が過ぎた。
プロデューサーが1枚ライブのチケットを玄武にくれたのは約束の日の前日だった。受け取ることができず黙って立ち尽くしたままの玄武に同じくチケットを受け取っていたふたりが「もらえるものはもらっておいた方がいいんじゃないか」「受け取った後どうするかは君の自由だ」と声をかけたので玄武は唸りながら礼を言ってチケットを受け取った。それが昨日の事。
約束していた有名な待ち合わせスポットにはたくさんの観光客がいたが、玄武の低下した視力でも名前のことはすぐに見つけられた。真っ先に左手を見てしまう自分の未熟さとか子供っぽさが嫌だと今まで何度も思ったことを玄武はまた突きつけられる。
「玄武!」
名前が声をかけるより先に名前が大きな声で名前を呼んで手を振っている。背が高い玄武はきっと見つけやすいことだろう。それに玄武は軽く手を上げてこたえた。ポケットの中に突っ込んだチケットをどうするべきかはまだわからないままだが、さらに言えばこの恋心もどうしたらいいかわからないが、とりあえず玄武は曖昧に微笑むにとどめておいた。
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