お土産の話
海外旅行でぱんぱんになったスーツケースとともに一希くんが帰ってきた。今回はかろうじて航空会社の規定範囲内におさまったのだというが、無理しておさめたのではなく、オーバーしたら空輸するつもりで行って、結果としてどうにかなったのだという。
出発前に何のお土産がほしいか聞かれたときに私は一希くんに「どうか無理のない範囲で……」とだけ伝えておいた。きっと一希くんは涼や大吾をはじめとする事務所の仲間にたくさん買ってご家族にも自分にも買うのだから、私があれこれ頼むと間違いなくたいへんなことになるのがなんとなく想像されたからだ。今日の大荷物を見る限り、2回目のロンドンとはいえ、一希くんの興味を引くものは尽きなかったらしい。
まず渡された袋はナショナル・ギャラリーのものだったので、今回はゴッホの何かかなあと思った。あの美術館といえば、収蔵品にはあまり詳しくないのだけどひまわりの印象が強い。あとは処刑シーンを描いた絵画だが、仮にも恋人へのお土産にするならひまわりじゃないかと思う。
一希くんのきらきらの目がじっと私を見ているので、私は何が入っているのか、一希くんの期待に応えうる反応は何か、と考える。前回はハロッズの紅茶の缶とショートブレッドをお願いしたけど今回は完全におまかせ。ふわふわが指先に触れた。もしかしたら、袋と中身は必ずしも一致しない?一希くんの瞳はちらっと見ても何を考えているのかよくわからない。
「……わかっちゃったかも」
「どうかな」
「ピンク色?」
「そうかもしれない」
一希くんの片方だけ見えている目がにっこり笑ったので、私は正解を確信して指先に触れたそれをそっと引っ張り上げた。ふわふわのボディにはさみがふたつ、少し前にふたりの間で話題になった手のひらに乗るサイズのふわふわのカニ。
「あたりだ!」
「原産国はイギリスだっていうから買ってみた。どうだろう?」
「かわいい……デスクに置くね。引き出しの中に入ってたら可愛いと思わない?」
「同意見だよ」
一希くんはきれいな指先でカニをつついた。頬杖をついて「まだいっぱいあるんだ」と微笑む。一希くんが持ってきた紙袋はぱんぱんで、やっぱりあの中にもお土産が詰まっているらしい。
「紅茶の飲み比べをしよう、おいしい淹れ方なら教わってきたから」
「本当に?わあ、東インド会社のがある……これってあの東インド会社?」
「教科書に載ってる貿易会社なら解散してる。会社名は最近また使われているみたいだ……おれも最初まだ続いてるのかと驚いた」
「そうなんだ、ひとつ賢くなった」
「ああ、名前が面白がるだろうと思って買ってみた。おれもまだ飲んでないんだ」
「そうなの?楽しみだね」
一希くんが見せてくれた紙袋の中にはいろんな有名な会社のお茶が入っている。パッケージの字を拾い読みするだけでも楽しいし、一希くんは調味料の裏の記載までしっかり読む人だから、一希くんもきっとそうだと思う。
お茶請けになりそうなお菓子もたくさん入っていて、その中のひとつにお魚の絵があって一瞬嫌な予感がしたけど中身は普通のチョコレートのようだ。ニシンのやつは遠慮するねと前回言っておいたから今回もそれはなさそうでこっそり安心した。一希くんはおそらく全部取り出し終えて、テーブルの上はいっぱいになった。
「こんなにいっぱいありがとう」
「おれを見た時に「またいっぱい買ったな」と顔が言っていたよ。喜んでもらえたなら、よかった」
「……お仕事としては2回目だし前ほどじゃないと思ってたんだよ……2回目のロンドンはどうだった?もっと写真見たいな」
一希くんは向こうにいる間にも連絡をくれたけど、聞きたいことはいっぱいある。一希くんは割と茶目っ気のある人なので、ワーナースタジオではちゃんとハリーになりきった写真を撮って送ってくれたし、ベイカー街を再訪したことも聞いている。深紅の汽車の前に佇む一希くんを見て、「レイブンクロー寮5年生、得意な科目は呪文学、物静かで図書館でひとり読書にふける姿が後輩から人気を集めている」という設定を即座に想像したくらいには絵になる光景だった。
私が写真を強請ると一希くんも待ってましたとばかりに机上にスマホを滑らせた。カメラロールはイギリスで撮ったであろう写真でいっぱいだ。
「やっぱり景色が美しかった……生まれた環境が感性を育てるということを改めて実感したよ。日本では育たなかっただろう、文化、芸術、その精神……直接触れることで輝いて見えたんだ」
一希くんのきらきらの瞳はいっそう輝き、長い指はスマホの画面を鮮やかに滑り、口は饒舌に思い出を語った。その様子を見る限りでは、とても楽しかったらしい。
私は、どんどん紙袋から出てくるたくさんのお土産ももちろんうれしかったけど、一希くんが持ち合わせている言葉を尽くして語られるお土産話が何より大好きなので、一希くんが楽しそうにしているのが本当にうれしかった。
食事のこと、天気や景色のこと、有名な観光地を訪れたこと、仕事に伴うトラブルのこと、街中を歩くうちにお土産が増えるのでイケアの袋を持ってくるべきだったと途中で後悔したこと、アナザースカイの出演がかなったらきっとこの都市を選ぶだろうことなど、一希くんが夢中になって語るので、私は訪れたことのないイギリスについて詳しくなったような気がした。一希くんの指が時折思い出したようにふわふわのカニをつつき、再びカメラロールはゆっくりスクロールされる。
自撮りをあんまりしない一希くんのアルバムは今回の旅でも食事や街並みの写真が多いけれど、時折インカメを使ったものや誰かにカメラを預けて撮ってもらったと思しき写真が入っている。ぼやけた知らない街を背景にした、きれいな横顔が目を引いた。
付き合ったばっかりの頃、デートの時は知らない人に撮ってもらえば口を引き結んだ険しい顔が多かったけれど、見る限りどの写真もこわばった表情をしていない。ピカデリーサーカスの石段で休憩している一希くんはカメラに気づいて柔らかく微笑んでいる。いいなあ、一希くんは本当にすてきなアイドルだなあとその写真に見惚れていると、長い指が画面上を滑り、すかさずエアドロップで共有してくれた。
あっと声が出そうになって視線を上げると「名前のことなら何でもわかるよ」と一希くんが静かに微笑んだ。嬉しそうにそう言うのでなんだか恥ずかしくなって、上げたばかりの視線を下げる。
楽しそうな一希くんは「本当に何でもわかる、今名前が何を考えているか当ててみせようか」と続けた。
「当ててみせて」
一希くんは前触れなくそっと私の後れ毛を耳にかけて、小さい吐息が頬に触れた。
「すっごく寂しかったって顔、してる」
「大当たりだ……」
「だめだ、顔が笑ってしまう……ごめん、寂しい思いをさせたのに」
「一希くんは全然寂しくなかったでしょう」
一希くんは返事の代わりに私にキスをした。優しい嘘をつけないところも、いっぱいお土産を買ってきて嬉しそうに見せてくれるところも、プロデューサーさんの前で見せるお仕事の顔も、私に触れる優しい指も、穏やかな声も、全部ひっくるめて一希くんを好きなので、私は黙って久しぶりのキスを受け入れた。
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