天ヶ瀬冬馬と地球が終わる3日前
>>2018/04頃に書いたので今と結構事情が違う
「予定日3日前になりましたので、事前にお知らせしました通り事務所を解散します。皆さん、お疲れ様でした」
プロデューサーの声に皆黙って頭を下げた。それぞれ、今までの感謝を込めて。
「嘘みたいだな。今日でアイドルやめるなんて」
隣に立ってた天道さんの、疲れ切ったこんな声は初めて聞いた。社長やプロデューサーだけじゃない、天道さんをはじめとする、ここ数日事務所の為に走り回った人たちの表情を見ていられなくて俺は下を向いた。プロデューサーは泣かなかった。
3日後の日本時間夕方ごろ、星が堕ちて、それで俺たちの住むこの星は壊れてしまうのだという。バカみたいな話だけど事務所の頭のいい人たちが真剣にその話をしているのを見て、父さんから電話が来て、来週のイベント用の衣装を作ってる業者と連絡がつかなくなって音楽番組の収録が取りやめになったところでようやく俺はそれが本当なんだなと実感した。
「冬馬くん、今までありがとう」
「なんだよ翔太、らしくねえな」
「最後くらいいいじゃん!ここまでこれたの僕たち3人だったからでしょ?つまり僕のおかげで、北斗くんのおかげで、おまけに冬馬くんのおかげ。だから、ありがとう」
「……翔太」
「俺からも。冬馬、翔太。本当にありがとう」
「……北斗まで」
なんだよ、俺たちまだトップアイドルになってないだろ。765プロのやつらともまだ再戦できてねえし、黒井のおっさんにも認められてねえ。こんなところでこんな理由で終わるなんて認められるかよ。
「冬馬のおかげで俺たちここまでアイドルを続けられたんだ。だからリーダー」
「ほら、冬馬くんが宣言してくれなきゃ僕たちやめるにやめられないでしょ」
北斗、翔太。俺は2度もこんな宣言するとは思ってなかった。
2回も、俺たち解散を告げるなんて考えもしなかった。1回目のあの日とは全く違う心境で、翔太が泣きそうなのも北斗が苦い笑みを浮かべてるのも、あの日の俺はそんなこと知らなかった。さっさと断ち切るみたいに言いたいことだけ言って去って、残ったやつのことなんて考えてもなかった。
2人の気持ちを考えもしなかったあの時の罰を今、受けているのかもしれない。
「ジュピター、今日で解散だ。北斗、翔太。あとは好きにしろ」
「オーケー、リーダー」
「しょうがないよね、リーダーの言うことなんだから」
翔太は最後までちゃんと親孝行して過ごすと言った。北斗は、まあエンジェルちゃんたちを誘ってどうにかするかなと言っていつもの赤い車のキーを回した。
翔太の家まで送って帰るよと北斗は言った。俺は、父さんがこの混乱の中どうしても帰れないそうだから、家に帰ろうと思う。北斗が乗せて行こうかと言ったけど家は反対方向だし、ガソリンだってもう売ってるのかわからないから断った。
翔太がじゃあね、と手を振って北斗も黙って手を挙げた。人生でよく見た顔のトップスリーに入る、北斗と翔太の顔に涙が出そうになって、ろくに顔も見ないで背を向けた。気を紛らわすために来週の音楽番組のことを考えて、その仕事ももうないと思い出して余計に泣けた。
「冬馬くん!!」
「翔太……」
「ありがとう!ほんとうに!全部、全部ね、冬馬くんのおかげ!そうでしょ……!」
半泣きの声に振り返ると、翔太はまだ車に乗っていなかった。ぼろぼろ涙が溢れて、手の甲で無理に拭っているのが見えた。今朝、「もう仕事がないから、どんなに泣いてもいいんだね。冬馬くん、大泣きできるね」と笑った翔太がいちばん泣いている。
「俺も!」
北斗が笑って窓から半身を乗り出した。
「冬馬が俺たちを引っ張ってくれたからだよ。冬馬がいなくちゃ、俺は……!」
俺は我慢できなくなって翔太にも負けないくらいめちゃくちゃ泣いた。
俺だってお前たちがいなかったらここまで来れなかったのに。
「大好きだよ、冬馬くん。さよなら、アイドルの、僕の、冬馬くん……元気でね」
翔太は泣きながら後部座席に消え、北斗は優しく笑って、運転のための眼鏡をかけた。
「ありがとう、俺の……俺たちのリーダー」
北斗の運転する車が駐車場を出て、今度こそ俺が2人を最後まで見送ろうと、見えなくなるまで手を振った。北斗の赤い車は小さくなってもよく目立った。それが、どこにも見えなくなってから、ようやく俺は家に帰ろうと歩き出した。
駅前の該当テレビも今は隕石のニュースだけを流しているが、明日にはつかなくなるらしい。765のやつらのニュースを見て、俺たちのファーストライブの告知が流れた、街頭テレビ。電車はいつまで動くのだろう。
「おーい!天ヶ瀬くん!」
「あ、名前さん……」
信号待ちのバンから名前さんが顔を出した。
「今から帰り?」
「そうっすけど」
「乗せてこうか。電車、本数減らしてるみたいだし」
ありがたく乗せてもらおうと後部座席のドアを開けた。後部座席には見覚えのあるカーディガンが置いてあった。そして、もう週刊誌のカメラを気にして後ろに乗らなくていいんだったと思い直して後部座席のドアを閉め、助手席に座りなおした。
「ここ数日事務所の子たち送りながらご家族に挨拶に行っててね。今日が春香だったの。会えなくて残念だったね」
「ああ、それで……」
そうだ、あれは天海のカーディガンだ。名前さんが後部座席に目をやったところで合点がいった。名前さんは薄い水色のカーディガンを寂しそうに見る。
「あれ、忘れ物なの。まあ明日も会うし明日返せばいいやって思ってたら今日で……今日で最後だったってわけ。忘れ物してるって電話したらプロデューサーさんにあげますって言われちゃった。でも、もらっても着ないし……」
名前さんが言い訳みたいに事情を並べ連ねた。俺は適当に相槌を打ちながら、どうせただ忘れたというわけじゃないんだろうなと思う。
「まあともかく……これで私たちも、今日から商売敵じゃなくなったってわけね。冬馬くん、お疲れ様でした」
名前さんはそう言ってため息をついて微笑んだ。名前さんは、765プロのプロデューサーをしている。しかし、いつも着ているスーツのボタンはとめておらず、ワイシャツのボタンは2つも外していた。仕事の時はいつもかっちりした格好だったから、だらしなく見えて新鮮だった。
「どうする?このまま帰る?」
「どっか連れてってくれるんすか」
「うん。ガソリンまだあるし。明日から無職なわけで、もう乗らないし」
信号待ちで名前さんが缶コーヒーを開けた。最後にスタバおごってあげるってみんなに言ってたんだけどね、さすがにこんな世の中じゃフラペチーノは飲めなかったよねえとため息をつく。
名前さんは微糖と書かれたコーヒーを飲んで嫌な顔をした。
「飲む?微糖のはずがめっちゃ甘いけど」
「おう」
受け取ってひとくち飲んだら、確かにそんな顔をするのも当然なくらい甘ったるい。家で俺がコーヒーを淹れ直してやってもいいと思ったけど、俺の頭に浮かんだ行き先はただ一箇所だけだった。
「名前さん、俺……」
「どこでもいいよ、任せて」
「……海に」
「うん」
「海に行きたい」
「オッケー。それじゃ海までドライブしよう」
名前さんは飛びきり人気のないところに連れてってあげる、と言った。
ここしばらくラジオは隕石の話しかしなくなっていて、名前さんの車も前はラジオを流していたはずなのに、今日は765プロの曲を流していた。名前さんが信号を見ながらオーディオを操作すると、聞きなれたイントロが流れ出す。信号が変わってゆっくり車が発進した。
「夜じゃないけど、天ヶ瀬くんのドライブならこれでしょう」
歌いだしは舞田さん、北斗、そして硲さん、サビで重なっていく翔太や俺、山下さんの声を聴いて、鼻の奥が痛くなった。ぐすぐすと泣き続ける俺に名前さんは何も言わなくて、その間に見慣れた風景がただ過ぎ去っていった。
まだ早い、早すぎたと思っても俺にはどうにもできなくて、気温や天気がどんどんおかしくなっていくのが、宇宙のことなんて何にも知らない俺にも手に取るように分かった。周りの大人がみんな、なんだって吹き飛ばせそうな社長までもがあきらめて残りの数日間のことを考えているのを見ても到底納得なんてできなかった。俺たちがアイドルを辞めるのはもっと遠いいつかのはずだった。
看板の文字が目的地の砂浜を示しだした頃になって、俺はようやく顔を上げた。この砂浜は確か、あの日の。
名前さんは黙ってまっすぐ前を向いている。北斗も、この人も地球が終わるっていうのに道路交通法をしっかり守っている。あの曲はとっくに終わって、でも流れる曲の全てに思い出があった。名前さんが選んだプレイリストの名前は315プロダクションだった。
黙って車を降りて、ふたりで砂浜を歩く。そして、あの日のことを思い出す。あの時もジュピターが解散した後だった。
記憶が違ってなければ俺はあの時、この海で名前さんに会ったのだ。一世一代の告白みたいなことまでして、俺は名前さんを引き留めようとした。
今日の海には俺らと同じように何人か歩いてる人がいたけど、誰もが遠く、天ヶ瀬冬馬が歩いてることにも気づかないようだった。世界が終わるときになってようやく、俺は名前さんの運転する助手席に乗って、人目を気にせずふたりで歩けるようになったなんて、北斗と翔太が聞いたら笑うと思った。
「私ね、あの時聞こえない振りしたこと、ずっと後悔してたの」
ごめんね、と名前さんのピンク色の唇がほとんど息みたいな謝罪を紡いだ。都合のいい時だけ聞こえないふりをするこの人の悪癖を薄々察していたから、俺は「今更だろ」となんてことないみたいに口にした。そのはずが予想外に拗ねているように聞こえ、無駄に恥ずかしい思いをした。
「ごめんね、今まで冬馬くんと向き合えなかった私を、一生許さないでいてね」
今すぐ抱きしめて、キスをしたいと思った。海風でシャツが乱れて見えた、白い肌が眩しかった。今なら、週刊誌のカメラも、世の中の全ての人間も、アイドル”天ヶ瀬冬馬”の自我も、何もかも怖くなかった。アイドルの天ヶ瀬冬馬は今日、死んだから。事務所で事実上の解雇を告げられて、駐車場で解散を宣言したから、もう、アイドルの天ヶ瀬冬馬はどこにもいない。ここにいるのはただの天ヶ瀬冬馬だ。
「名前さん、キスしていいか」
「うん」
俺はもう、あんたがプロデューサーだったらなんてことは言わない。それは名前さん以上に素晴らしいプロデューサーに出会えたからだし、俺が名前さんをプロデューサーとして慕うには俺の気持ちが育ちすぎたから。
初めて知った名前さんの口のあたたかさが、背中に回した腕が余ることが、俺は本当に嬉しかった。名前さんの目から涙が溢れて、俺の指が当たり前のようにそれを拭った。ドラマで覚えた、そんな仕草をまだ覚えているから、俺の中のアイドル天ヶ瀬冬馬は完全に息絶えたわけではないらしい。
「冬馬くん、好きだよ」
「俺だって、名前さんのこと、それこそ前に海に来たときだって……」
「うん、知ってた」
「やっぱりな!?絶対そうだと思ってたぜ……」
俺は名前さんのからだを抱きしめて、名前さんは俺の背中に腕を回して、どうだっていい話と、キスをたくさんした。
抱きしめあってキスをする俺たちの後ろを何人か通り過ぎたけど、誰も俺たちに目もくれなかった。隕石が墜ちて星の滅ぶ未来を前にアイドルの天ヶ瀬冬馬は死に、そうして初めて、俺は好きな人のあたたかいからだを知った。
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