かわいいあの子は歌を歌うの

仕事がキツイ。

所属するアイドルに仕事が来るのはいいことだ。ちっとも来ないより、来た方がずっといい。だがしかし、仕事の量に反して社員が少なすぎるのだ。賢くんのことを考慮しないとしても!

今日も外回りを延々として、終業時刻から(アイドルの仕事は時間を選ばないから、そんなものはあってないようなものだけれど)終わらなかった分の書類の処理を始めた。だがこれが、終わらない…!!やれどもやれども目の前の山は一向に低くならない…!!!


時計を見れば時刻は夜10時を回ったところで、さすがに集中力も切れた。お腹すいた、目がしぱしぱするし、首も痛い。べちゃっと机に突っ伏している賢くんの息も、キーボードを叩く音もとうに聞こえなくなった。寝落ちしたのか、退席したのかもわからない。

首を伸ばせば見えるだろうかと、身じろぎすると写真立てにぶつかった。ハイジョのみんながライブのあとに撮ったやつだ。四季があの後しっかり現像してきて、隼人が写真立てをくれた。

ライブの後の10代らしい、達成感と興奮に満ちたキラキラの笑顔でメンバーが写っている。真ん中で1番の笑顔を見せる、四季。その笑顔を目に留めた途端、食道を逆流してくるものに思わず背中がはねた。

横向きではうまく吐けず、ばたばたと胃液だかなんだかわからない液体にまみれた花が喉に詰まる。窒息死、というワードが頭に浮かんで慌ててげほげほと盛大に咳き込んで、机の上に花を吐いた。吐いたのは、四季の掛けている花とよく似た白い花だった。自分がわかりやすすぎていっそ笑えてくる。


私、今年で2X歳になる、男性アイドルプロダクションの敏腕プロデューサーとして働いている苗字名前は、事務所のアイドルに恋をしている。

文字にしてみると完全にアウトだ。そこに16歳の高校生アイドルとつければしょっ引かれかねない。さらに四季の人柄を知っている人からしたらどん引きだろう。あの明るくて元気な彼に、あくまでビジネスライクな関係のプロデューサーがガチ恋してる。言うまでもなくアウトだ。


自分で言ってて悲しくなってきて、ぼろっと涙がこぼれた。ちきしょう、今夜の酒はしょっぺえなあ。へっ、酒どころかノンアルですらここしばらく摂取してないけどなあ。どれもこれも終わらない仕事のせいだ…と一通りつっこんだところで悲しみに襲われる。こんな時かわいいあの子がいてくれたらなあ。

「…しき、しきぃ」
名前を呼べば情けないやら愛おしいやらで涙が止まらなくなった。机に額をこすりつければ、自分で吐いた汚い花のくせにいい匂いがした。あの花って結局何の花なんだろう。

えっえっと女性にあるまじき泣き方をしているとガタガタと背後で音がした。賢くんかな。泣いてるとこ見られただけなら、まだいいんだけど。四季四季言ってるとこ聞かれてたらやばいかなあ。減給かクビが飛ぶか。残業テンションってことで流してくれないかなあ。

「賢くん…?」
顔も上げずに問いかける。恥ずかしくて顔なんて向けられなかった。

しばらくの無言が返ってきた。……待って、まさか所属アイドルじゃないよね?どうしようまさか龍くん?それは不運だ!深夜に残業しながら所属しているDKアイドルの名前を延々呼ぶ二十代彼氏無しプロデューサーの姿を見ちゃったとしたら、それはかなり不運だ!!!

「龍くん…?あのね、残業で変なテンションなだけだから、今夜はそっと見なかったことにして帰ってくれないかな。お願いだから、ね、頼むよ〜〜」
とんとん、と無言で背中をさすられて息が詰まった。きっとこれは、賢くんの手より小さくて、龍くんの手より細っこい。
「えっ」

「プロデューサーちゃん、そのままでいいから聞いてほしいっす」
聞き覚えのある声に体が強張った。
なだめるように、再びとんとんと背中をさすられる。

「いつも、お仕事頑張ってくれてありがとう。プロデューサーちゃんが頑張ってくれるからオレらがお仕事できるの、オレらはハイパー感謝してるっすよ」
「……うん」
とんとん、と一定のリズムで背中を叩かれると、幼い頃に戻った気がした。熱を出した時に母がいつもこうして背中をたたいてくれたっけ。

「それと、大事にしてくれてありがとう。…名前呼んでくれたの、マジメガうれしかったっす」
全部聞いていたのか。どうしよう、花も、名前も、完全に黒だ。返事なんてできやしなかった。

高校生を、よりによって私のアイドルを、好きになってしまった。その上気を使わせてしまった。言ってしまえば、プロデューサー失格だった。

机の引き出しに、四季を好きになってしまった時に覚悟を決めて書いた辞表がある。四季にバレてしまうまではプロデューサーとして働きたいというのはやはり甘い考えで、馬鹿だった。

「…あのね、ホワイトデーのライブまでは働かせて欲しいの。漣くん中心の今までにない臨時ユニットを組んでね、どうしても成功させたいの。そしたら……辞めるから、それまではハイジョの方もライブの担当も、違う人にしてもらうから、待ってくれないかな……ごめんね、わがままで。でも、ライブ終わったら……ううん、四季が言うならすぐ、四季の前からいなくなるから」
「どうしてっ」
黙って聞いていた四季にぐいっと肩を掴まれ、振り向かされる。パソコンの青白い光が反射して、四季のメガネが変な色をしていた。

「どうして、プロデューサーちゃん、辞めるなんて言わないでほしいっす……なんで、辞めてほしいなんて、オレ、一言も言ってないっすよね?!」
みるみるうちに四季の目に涙が溜まり、ばたばたと涙が溢れた。

「こんな花、プロデューサーちゃんはオレを見ててくれればいいのに」
悔しそうに歪められた顔、そのくせ心底愛おしそうに私の吐いた花をなでるのだ。
「プロデューサーちゃん、それともオレが花を吐いたら、オレだけを見てくれたっすか……?そしたら、もっと早くに……プロデューサーちゃんの気持ち、オレに教えてくれた?」
「四季」
びちょびちょのメガネを取り払ってやると、ぎゅうぎゅう抱きしめられてシャツが濡れるのを感じた。

「プロデューサーちゃん、オレが18歳になったら、迎えに行くから……待っててほしいっす」
涙で濡れた緑の瞳に見据えられて、私は反省も忘れてきゅんきゅんするのを隠すのに必死になった。さっきから、黙って聞いてれば、この子は、可愛いことばかり、言って!!

「…だからもう、苦しい思いなんてしなくていいんすよ。ね、花を吐かないで、代わりにオレの名前を呼んで」
うっとりするような緑の目で、甘い声で、四季は私にマジ好きっす、ハイパーメガ愛してる、と語彙力の限りを尽くして告白をした。

私はそれに笑ったふりをして、こっそり小さな小さな銀の花を吐いた。


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