彼女がレディになるまで
部活と仕事で疲れて、うっかり寝てしまったとしか言い訳のしようがなかった。起きたら、知らないところにいて頭が痛い。
アイドルとしての活動、学校、あまり参加できないけど部活。恥ずかしくない程度に勉強はできた方がいいし、学生のうちにしかできないこともたくさんやりなさいと社長やプロデューサーが言ってくれるおかげで、部活や委員会活動にも休みがちだけど籍を置いている。学校でのことはお仕事を頑張るエネルギーにもなって私は本当に、先生にも友達にも、アイドルの仲間でライバルのみんなにも恵まれていると思う。
そういえば最近、事務所を移って以来あまり会うことのなかったJupiterとも最近また、共演が増えてきた。彼らもまたライバルで……思い過ごしでなければ仲間だと思う。今日もそうで、彼らが新しい事務所で楽しくやっている話を聞けるのはすごくうれしいし負けてられないと思う。
予定より早めに終わった収録の後、退出までに時間があったので楽屋にお邪魔した。彼らの近況だとか、新曲、次のライブや衣装のことなどを冬馬くんとひたすら熱く語り合っていたはずが(途中で私と冬馬くんの熱さに呆れた翔太くんと北斗くんは飲み物を買いに外に出てしまったので少し盛り上がりすぎたかも)、寝落ちしたらしい。
まさかあのJupiterを前にだらしない寝顔をさらしていたらどうしよう。翔太くんは絶対イタズラを仕掛けてくるだろうし、冬馬くんはしばらくからかってくるだろう。北斗くんはにっこり笑って心に刺さる一言を寝顔をおさめた写真とともにプレゼントしてくれるだろう。最悪すぎる。そこまで考えて、ようやく意識が浮上したのだった。そして冒頭に戻る。
「本当にここはどこなの……」
おしゃれな部屋の大きなベッド(クイーン?キング?庶民出身の私にはその辺りはわからない)に私は寝ていたらしい。よく見れば白いバラの花がベッドに敷き詰められていて、さらに最悪なことに飛び起きたことで花をはたき落としてしまった。花は触っちゃダメって、プロデューサーから言われてるのに。
今をときめく女子高生アイドルとして活動している私、苗字名前のファンを、私自身が全て把握しているわけではない。それは事務所の仲間にもよその事務所の子にも同じことが言えて、花吐き病が広がる今、その中に悪意を持って自分の吐いた花を送ってくる人もいるかもしれない。応援してくれるファンを疑うなんてと思うこともあるけど、油断してうっかり感染したらそれこそ笑えない。
誘拐された上に花吐きになるとか、本当にまずい。プロデューサーに電話して、助けを求めなきゃ。撒き散らされた花を少しでも避けようと枕の上に膝を抱えて座る。
「本当にどこなの、ここ…」
「おはよう、随分よく寝てたね」
「…北斗くん」
寝室の入り口から北斗くんが顔を出した。返事が遅れたのは警戒心からじゃない。見慣れない前髪を下ろした姿で、すぐわからなかったからだ。顔に見合わないよいしょ、という声を上げて北斗くんはベッドに腰掛けた。
「……北斗くん、花はいいの」
彼らが移ったプロダクションはまだ新しく、まだその辺りの教育は徹底していないのかもしれない。おそるおそるかけた声は微笑とともに切り捨てられた。
「自分で吐いた花だからね、事務所や冬馬たちの関わるところじゃないよ」
笑うと目尻がきゅっとあがるところがすきだった。それだけじゃなくて、きれいな金髪、優しく融ける青の目、スタイルの良い体、親しくなってから向けられるようになった優しい視線、甘い言葉を歌う声、ライブの時に光る汗、彼の伊集院北斗の全てが、すきだった。 彼に恋をしていた。
全ての彼のファン、エンジェルちゃんもしくはエンジェルくんを彼は平等に愛しているのだと思っていた。特別な女の人なんていなくて、彼の博愛主義を信じきっていた。
「どうして、北斗くん、こんな花ばっかり、」
枕の上で必死に縮こまりながら意味のない質問をした。怖い、と思った。北斗くんの目は初めて会った時の冷たさを孕み、優しい手つきで私の髪を撫ぜた。
「名前があんまり可愛いから」
純白のバラのベッド、王子様みたいな北斗くんが腰掛けると宣材みたいに様になっていた。それだけで私はすっかり浮かれてしまった。この美しいアイドルが私のためだけにこのきれいな花でベッドを埋めた意味なんて全く考えないで。
北斗くんの花なら、いい。そう言って1つ拾うと北斗くんの目は優しくとけた。
「そんなに花吐いて、お仕事で困らないの」
「仕事中は、エンジェルちゃんたちのことしか考えてないからね、全く問題ないんだ」
今日は名前があんまり冬馬と仲良くするから、と北斗くんは目を伏せて私の絡まった髪を解いた。いつもの北斗くんはどこに行っちゃったんだろう。
「ここは北斗くんのおうち?」
「どうだろうね?名前はどうだと思う?」
「……わかんない」
「でも、仕事が終わって俺が連れてきたのは確かだよ」
北斗くんの大きな手がむき出しの肩に触れて、そこでやっと、私は自分の身につけているのが薄い下着一枚だと気がついた。白くて花やリボンで飾られたブラと、ショーツと、真ん中で割れたひらひらのキャミソールみたいなやつ。自分で着た覚えなんてなかった。
「……北斗くん、これ」
「似合ってるよ」
彼が着せたんだな、と直感して恥ずかしくて真っ赤になった。ショーツもブラも、全部自分のものじゃなかった。真っ赤になって俯いた私の頬に北斗くんは幾度か口付けて、帰らなきゃという私の言葉を口で塞いだ。
そして彼のスマホを私の手に握らせるのだ。見てごらん、なんて耳元で囁いて。
「…えっ」
浮かれていたのに一気に血の気が引いた。意識のない私の写真、制服でくったりとソファに横になる私、お洋服を全部脱がされて白い花のベッドに寝ている私、ショーツだけ、ブラもつけてるの、今着てる服で寝てるの。固まった瞬間、北斗くんは手際よく私の体を押し倒し、跨ると白いバラを私の髪に飾った。
シーツの端に銀色の花が見える。彼の病が治ったことに安堵して私は体の力を抜いた。よかった、治ったんだ。
「逃げたりしないよ」
北斗くんの驚いた顔、そしてそれが私のすきな笑った顔に変わる。いつも目尻が下がっているのに、笑った時だけきゅってあがる北斗くんの笑顔。
「写真、プロデューサーと冬馬に送信するのどっちがいい?って聞こうと思ってたんだけどね」
やっぱり、やばかった。私の見ていた優しい北斗くんは本当にどこかに行っちゃったみたいだった。肩口、喉元、胸や手首様々なところに口付けられるのを私は緊張しながら見た。楽しそうな北斗くんの口が内腿に触れて、つま先が跳ねた。その拍子に白いバラをひとつ蹴り飛ばして、床に落ちて、見えなくなった。
プロデューサーさん、ごめんなさい。誘拐されたのに、危ない目にあいそうになったのに、私は大好きなこの人の役に立ててうれしいと感じている。一瞬泣きそうになったけれど、北斗くんはそれを打ち消すように内腿に口付けて、私の頭からそんな悲しいことは吹っ飛んでしまったのだった。
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