この世の奈落にて
華村さんの部屋を訪ねると、言いつけ通り彼は布団の中にいた。体調が優れないゆえの言いつけだったため、安心して足音を殺した。彼に絶対来ちゃダメ、と言われていたこともある。
目を閉じているだけなのか、眠っているのかは入り口からではわからなかった。
華村さんの布団は煌びやかな彼にふさわしく絢爛な草花の模様だった。時代劇のお姫様の布団のようで思わずため息がもれる。
枕元に膝をつき、熱を計ると、だいぶ平熱に近いようでこれならすぐに3人での活動に戻れるだろう。お医者さまが言うには、新曲発売やリリースイベントに向けた練習に根を詰めすぎたのだろうとのことだが、猫柳さんと清澄さんが非常に心配していた。そのおふたりもお忙しいので私が代表で見舞うことになったが、これは一人で正解だったかもしれない。華村さんの部屋にはそこかしこに本が積んであって、足の踏み場がなかったからだ。
「プロデューサーちゃん」
「うわっ」
「うわっ、だなんて酷いヒトだねぇ、アンタは」
華村さんにくるぶしをつつかれ、姿勢を崩す。
「起こしてしまいましたか」
「いや、ずっと寝ていたからね。そろそろ起きようと思ってたところだよ」
「よかった。猫柳さんと清澄さんからの差し入れがあるんです。起きられるようなら、どうぞ」
あの子らにも心配かけちゃったねぇ、と華村さんは目を伏せた。
「同じユニットの者同士、心配をかけあうのは当然です」
華村さんはそうかなと言って身を起こした。ふたを開けたペットボトルを手渡すと、なめらかに手首を掴まれた。
「え?」
波打つ金の髪はひとつにまとめられていて、ひどく色っぽく見えた。だからだ、彼の言葉をすぐに理解できなかったのは。
「馬鹿ねェ。来てはダメって言ったのに、アタシは」
布団の近くに寄って、目をやって気がつく。布団の絢爛な花模様は、刺繍などではなく全て生花だと。
「ちゃんと言ったじゃないか。来てはダメだって。九郎ちゃんにも伝えたのに、本当に馬鹿だねぇ」
馬鹿、馬鹿と繰り返す華村さんは言葉の割に嬉しそうだった。
「アンタを思って吐いた花、全部受け止めてくれるかい?」
おそろしくて、まぶたが震えた。視界の端に映った本は全部植物図鑑や花言葉の本でこの人は、どれだけ苦しんでいたのかと思うと一歩も動けなくなった。
この綺麗な人が、この綺麗な花、全て自分を思って吐いた?冗談じゃない。その事実が全然消化できなくて、私は必死に頭を回した。どうすればいい?このアイドルを、華村翔真を守るにはどうすればいい?
「馬鹿な子。アタシなんか張っ倒して、逃げ出せばよかったんだよ」
ずるりと華村さんは布団を抜け出し、布団に撒き散らされた花々が床に落ちた。
華村さんの長い指が肩にかかり、私は固く目を瞑った。華村さんが、どんな顔をしているかなんて見たくなかった。
柔らかな髪が私の頬をかすり、閉じた瞼に口づけられる。ぱたりと音がして驚いて目を開けると、頬を真っ赤な花が滑り落ちた。
目がビリビリと痺れて違和感に瞬きをする。涙の代わりに花がこぼれた。……接触感染してしまったらしい。
「かわいいねェ、それになんてかわいそうなんだろう」
私の恋が実るのが先か、華村さんの恋が成就するのが先か。
華村さんはうっとりと私の頬を撫でた。頬を染めた姿は美しく、流れる金の髪はきらめいているのに、ただ彼の声だけが悲痛だった。
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