TRIGGERが総出で看病してくれる話

>>生理による体調不良ネタだから苦手な人はやめた方がいいです

朝から今日の名前さんは体調が悪そうだな、とは思っていた。顔に生気が足りないし、散々注意したのにまた肩が前に巻き込んでいて姿勢が悪い。いつも歩くスピードはハイヒールを履いててもボクたちに追いつくのに、今日はその踵を引きずるようにしてゆっくり歩いている。踵が減るからやめたほうがいい、と注意しようとした時「ヴ……」と名前さんが唸った。

「ちょっと、名前さん」
「あ、九条さん……おはようございます」
「ついてきて」
「え?え?」
「いいから」
目を白黒させる名前さんの腕を引っ張って会議室に連れ込む。名前さんが部屋に入ったことを確認してから、後ろ手にドアを閉めてしまえばもうこちらのもの。それでも鍵をかけるのはやめておいた。

ドアを背にしたまま、床にへたりこんだ名前さんを見下ろすと、顔に生気がなくて、これから何が起きるかわからなくてちょっと泣きそうだった。名前さんが怯えるような顔をアイドルの九条天はしちゃいけないのに。
でも不安に怯えるその顔だけで、ボクの胸の奥のほの暗い気持ちが満たされるようで、少しだけ気分が良かった。

@@@

龍とエレベーターで合流して、2人で目的の会議室を目指していると、龍が「天はもう着いてるみたい」とラビチャを確認して声を上げた。この打ち合わせが本日一発目の俺たちに対して、天は別の仕事を終えてからそのまま打ち合わせに来るという話だったから、どうやらその仕事は長引かなかったらしい。天のことだから余程の事情がない限り、仕事を長引かせて次の予定に支障をきたすようなことはしないのだが。

「天、雑誌の取材だったんだよね。あそこのセット、いつもセンスがいいって楽も言ってたとこだし仕上がるのが楽しみだな……」
「そうなんだよ!でも、天はあんまりピンときてなかったんだよな……この後どうだったか聞いてみようぜ」
「そうだね、どんな感じだったのかな!楽しみだ……」
龍は俺に笑いかけたまま、ドアノブに手をかけた。あとは回して開けるだけなのに、不自然に龍の肩が跳ねる。

「龍?」
「九条さん、九条さん……!あ、あ、そこ、そこダメです……」
「ほら頑張って、息止めないでって言ってるでしょ。吐いて、ちゃんと吸って……そう上手だよ」
「だめ、あっ、ううん……」
「ここ?ここがだめなの?」
「だめ、だめです……」
「もう、そんなに泣かないでよ」
ドアに手をかけた龍の笑顔がわかりやすく固まった。楽しそうな声音の天、一方ぐすぐすと泣き声を上げているのは名前だと……思う。天のやつ一体何やってんだ!?いや、だいたい想像はつくが……龍が神妙な顔になって俺の肩を叩いた。

「楽、やめよう。今日の打ち合わせ、部屋変えてもらうように頼んで……」
「何言ってんだよ!おかしいだろ!」
「天も男の子だから……そういうこともあるよ。よかった、名前さんのこと好きなんだろうなとは前から思ってたけど、ちゃんと実ったみたいで……」
「……さすがに合意だよな?」
「……!!」
「ダメ、九条さん、ダメ……」
「ちょっと、せっかくしてあげてるのにダメばっかり言わないでくれる」
「だって、だって……!」
扉越しに2人の会話を聞いた龍はさっと顔色を悪くして「ダメなやつだ……!俺が突入して天を止めるから、楽は姉鷺さんに連絡して」と早口で俺に告げた。体当たりで開けるつもりなのか、ドアに体重をかけて突入体勢をとる。非常事態の決断力の速さ……龍のそれは俺たち3人の中でも群を抜いている。

「行くよ、さん、に、いち……ゼロ!」
バゴンとおよそ一般的なドアからは聞けない音がして、龍が会議室に突入した。無残にも蝶番の外れたドアより、優先すべきは中のことだ。龍が一足飛びに部屋の中央に到達し、俺はスマホ片手にそれを追う。

「天!一体何を……!」」
「何?猪でも突っ込んできたのかと思った」
部屋に突入した俺たちが見たのは、親父が揃えた近代デザインの高級ソファにうつ伏せになった名前と、その名前の背中を靴を脱いだ足で踏みつける天の姿だった。思っていたのと違う光景に勢いを失った龍は頭上に沢山の疑問符を浮かべて「天……?一体何を……」と同じセリフを繰り返す。込められた意味自体は全く異なるが。

「何って……マッサージだけど」
「天〜!!」
「ビビらせるなよ……!」
「な、なんなの2人とも……」
俺たちふたりが安堵のあまり崩れ落ちると天は名前の背中から足を下ろすこともないまま、困惑の表情で俺たちを見る。床に両手をついて土下座の団子みたいになった龍が「天がピュアで、いい子で、良かった……!それなのに俺は天を疑って……!」と涙まじりの声で嘆く。なお、最悪の可能性を指摘したのは俺なので居心地が悪い。

「……きみたちの反応でなんとなくわかった。体調悪くて腰がつらいっていうからマッサージしてただけ」
「マッサージしてただけにしては絵面がひどいけどな……」
「名前さんが力が足りないって文句言うから……力自慢のお兄さんたちが来るまでの代理。ほら、名前さん力自慢がふたりも来たよ。お詫びにゴリゴリしてくれるって」
「九条さんもありがとうございました……」
「大したことはしてない」
この喧騒の中、ソファの座面に突っ伏したままだった名前がようやく顔を上げた。見るからに具合の悪そうな青白い顔色をしている。
「……大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょ。今日は早上がりさせるからね」
死にそうな顔色の名前の代わりに天がスパッと俺の心配を切り捨てる。後半の言葉は名前に向けたもので、名前はいつものしゃっきりした姿が嘘みたいに弱々しく頷いた。

「部屋の温度上げる?唇、真っ白だよ」
「あの、お気遣いなく……」
「キミは遠慮してる場合じゃないのわかってる?」
「病人相手に怒るなよ」
「ふたりとも、喧嘩しないで……名前さん、これ着てて」
龍が上着を脱いで名前にかけ、おれは鞄の中のペットボトルを天に渡した。口つけてないよね、と言いながら天がキャップを回し開封時だけのパキッという音が響く。落とさないでねと声をかけて両手で持たせるところまで、迷いなくやってみせたので天の世話焼きは名前相手にも発揮されるらしい。

「八乙女さん、すみません……」
「いいよ。それにしても風邪か?熱は?」
「風邪じゃないので、あの、皆さんには絶対ご迷惑おかけしませんので……」
「努力でうつさないようにできるもんでもないだろ、俺らのことなら気にしないで今日は早……あ?」
「馬鹿」
名前の妙な言葉選びに、引っ掛かりを覚えて言葉が止まる。心底呆れた天の表情は冷め切っており、事情を察していたらしい龍は困った顔をした。2人の顔と血の気がなくて死にそうな名前を見比べてひとつの答えに至る。
「そっちか!!」
「馬鹿!」
今度こそ天の怒声がビリビリと鼓膜を揺らし、名前は死にそうな顔でほんとにすみませんと鳴いた。

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「本当に、悪かったって……機嫌直せよ、な……」
「ぐぅ……っ」
「本当にありえない。謝るなら名前さんにでしょ。デリカシーをお父さんのお腹に全部残して産まれてきたんじゃないの」
「天、それをいうならお母さんじゃないかな……」
「嫌味で言ってるんだよ」
先ほどのお詫びにと楽が天とマッサージを交代した。名前さんが本当にすみませんと死にそうな声で唸っていたのを、天が「謝らなくていい!」ぴしゃりと言い放ち、今では楽に腰を揉まれるのに合わせて名前さんはうんうん唸り続けている。

「うう……う、う……」
「……名前さん、大丈夫?死にそうな声出てるけど」
「う、う、大丈夫です……ううっ……」
「楽が打ち合わせまでやってくれるって」
「あの、本当に……」
「楽もっと強くやって」
「おう」
「ヴッ……」
名前さんが遠慮の言葉を発する前に、楽が手の骨で名前さんの腰骨をゴリゴリ抉り、名前さんは再び唸りだした。

「他につらいところはない?」
「ヴッ……な、ないです……」
「絶対嘘」
「天……」
「だって、顔が大丈夫って言ってない。見ればわかる嘘ついても仕方ないでしょ」
名前さんはソファの座面に右頬をつけたまま、大丈夫ですと繰り返した。いつもきれいなピンク色をしている唇が血の気を失って真っ白だったので、到底大丈夫には思えない。ソファから投げ出した腕、その先の指先が白を通り越して青く見えるほど。

「薬、まだ残ってるんだよね」
「はい……」
「今日、打ち合わせ終わるの待たずに帰れよ。車出してもらうなりして……」
「もう連絡しました……」
「そっか。じゃあ会議の前に仮眠室に移ったほうがいいかな。この部屋寒いし……」
「担架借りてくる?」
「担いで行くつもりでいたんだけど……」
「まあいいんじゃない、事務所の中だし……」
床すれすれに投げ出された手を拾うと、真冬でもないのに冷たく冷えていて、ぎょっとした。薄くて小さい掌を両手で挟めば、少しだけ熱が戻ったような気がするけどそれでもまだ冷たい。

「名前さんすっごい冷え性だね……」
「そうなんです、夏でも足先とかお腹冷たくて……」
「マジ?どうりで冷えてると思った。天、暇なら足揉んでやれよ」
「わかった」
「い、いいです、足とか触らなくて……」
「腰も手も触られてるのに今更?」
「き、汚いから……」
「じゃあ打ち合わせの前に手を洗う。これでいい?」
「ヒッ……ぐぅ……」
そうしてしばらく3人で名前さんのマッサージにつとめたんだけど、狭いソファに男3人がよってたかってぎゅうぎゅうになってる光景はきっと……ものすごく、不審なんだろうな……ドアも鍵がしまってるどころか、板が外れてるし……


「そろそろ集まりだすんじゃない?」
「部屋移るか。名前、まっすぐ家に帰れよ。家に食べられそうなものは?」
「大丈夫、あります」
「お前の大丈夫は信用ならないんだって……ともかく、夜は山村に電話しろ。あったかい蕎麦持ってくから。蕎麦食って早く元気になれよ、な?」
「すみません……」
「すみませんじゃねえ。ありがとう」
「ありがとうございます」
「うん。番号わかるか?俺の私用の方でもいいから電話しろよ。いいな?」
「うん……」
「よし。送ってもらう当てはあるんだよな?」
「姉鷺が、お昼のついでに車出してくれるって……」
「わかった。気をつけて帰れよ」
楽はそっと名前さんの頭を撫でて、うつ伏せの名前さんを仰向けに戻した。いつもの背筋の伸びた姿からかけ離れて、くったりとしている姿は本当につらそうだった。絡まったスカートの裾を天がさりげなく戻す。

「代わるよ」
「頼んだ」
「十さん、上着……皺になっちゃいました……」
「いいよ、気にしないで。撮影でもらったパーカーが役に立ってよかった」
「それ、いいよな。俺もジム行く時用にほしい」
「スポーツブランドは楽にオファー来ないよ」
「わかってるって……自分で買うんだよ……」
「あはは、2人の分ももらってくるから喧嘩しないで……持ち上げるね……っと」
名前さんは小さく丸まって、顔を伏せたまま唸ることもせずに静かにしていた。抱え直して仮眠室に向かおうとすると、打ち合わせ1番乗りの姉鷺さんの悲鳴が響いた。

「ちょっと!ドアが外れてるんだけど!?どういうこと!」
「ゲッ忘れてた……」
「あんたたち!一体何の騒ぎを……」
外れたドアを乗り越えて部屋に入ってきた姉鷺さんは俺たちの様子を順番に見て、言葉を切った。

「本当に何の騒ぎ……?」
マッサージを頑張りすぎて服が乱れている天と楽、俺がかかえているのは男物の上着をかけられてぐったりした名前さん……ソファによってたかってマッサージをしているところを見られなくて本当に良かったと思う。俺たちを順番に見た姉鷺さんがわなわなと震えている。

「まあこうなるよな……」
「姉鷺さん、名前さんの体調不良知ってるんだよね?」
「知ってるからこうなってるんじゃない?」
「あんたたちのその態度を見るに、問題は起こってないって信じていいのよね?とりあえず名前を貸して」
「大丈夫ですか?いけます?」
「仮眠室でしょ。TRIGGER のマネージャーを舐めないで」
くったりした名前さんが俺から姉鷺さんに渡り、姉鷺さんはしっかり腕を回させた。

「面倒見てくれてありがとう。名前は仮眠室に連れてくから、あんたたちはそこのドア!打ち合わせまでに何とかすること!!いいわね!」
「……」
「いい!わ!ね!」
「……何とかします」
何とかします、と言ったものの蝶番ごと取れてるドアを道具もないのにどう直したらいいんだろう……俺たちは仮眠室に去る名前さんたちを見送り、途方に暮れた。

「とりあえず立てかけとくか……」
「そうだね、とりあえずね」
「とりあえず、邪魔にはならないしね」








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