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「名前さん、眠いの?僕の膝貸してあげるね。今日は特別」
「うん……」
「珍しく素直ですね。じゃあ次は俺の番、冬馬はその次でいい?」
「別に順番待ちしてねえ!……本当に眠そうだな、マジで寝るならベッド行けよ」
「…………ぐぅ」
今日は前々から約束していた通り、仕事終わりに冬馬の家でごはんをご馳走になった。メニューは冬馬が前日より全身全霊を注いだカレー、手作りのポテトサラダ、飲み物はお子さまたちに合わせてノンアルコール。食後には記念日のためのホールケーキを。
ケーキの大きさについては自己申告制で、翔太と北斗とわたしが「冬馬くん、僕の分もっと大きく切ってよ!」「冬馬、俺はイチゴののったところがいいな」「わたしのは翔太が食べる分減らしてもらっていいかな……」とわがままを言ったので、包丁を握った冬馬は「好き勝手言いやがって!」とぷりぷりしながらケーキを切った。ケーキを飾るチョコレートのプレートは、頑張ってわたしたちの要望にこたえてくれた冬馬にあげた。
そして食後、ゲームでもやろうよということ翔太が持ち込んだゲーム機を、冬馬が慣れた様子でテレビに繋ぐのを見ていた。最下位の人は優勝した人の言うことなんでもひとつ聞く、なんてかわいらしい賭けで冬馬と翔太が盛り上がっているのを横目に北斗とふたりでノンアルコールのジュースを飲み切った。そのうちに、どうしようもないほどの眠気に襲われた。
お酒も飲んでないのに、こんなに目が開けていられないのは今日の約束のために徹夜を2日ほどして……美味しいごはんで気が抜けたのが原因だとなんとなくわかるのだが……どうしようもなく眠くて……3人とゲームで争って優勝する気はちゃんとあるのに、なのに本当に眠くて……そこに翔太が膝を貸してくれて……
「……寝ちゃった」
「寝たねえ」
「寝たな」
大事な日なのはちゃんとわかっている。しかし眠気に抗えず、翔太の膝枕も拒否できず、寝落ちしてしまった。
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頬にあたる硬い感触で目が覚めた。先ほどまで、翔太の膝枕で寝ていたはずなのに、木材か何かを枕にしているんじゃないかと思うほど……木材を枕に寝る趣味はないので、渋々目を開ける。眩しさに慣れた頃に見えた光景にわたしは目を剥いた。
知らない男が3人、床で寝ているわたしを見下ろしている。
「えっ!誰!!いや待て、北斗!?冬馬!?し、翔太!?」
なんとなくの雰囲気で順番に名前を当てると、冬馬によく似たお兄さんが深いため息をつく。
「なんか……幼いな?」
「わたしにはえっと……冬馬?冬馬さんがお兄さんに見えるんだけど……」
「……俺にはあんたが出会った頃くらいに見える」
やっぱり冬馬だった。あたふたするわたしを楽しそうに眺めている隣のお兄さんは恐らく北斗……ということは……残るひとり、信じがたいが……この男性は……
「翔太……?」
「そうでーす!びっくりしてるってことは名前さん、僕の成長期を知らないんだね」
「……びっくりするよ!だって、あの翔太がめちゃくちゃ背の高いお兄さんに……」
「実際のところ、俺も冬馬も勿論名前さんも。毎日翔太のこと見てるから、そういう驚き方はしなかったんですよ」
「な、なるほど……」
大きくなった翔太の膝からそっと離れて顔を見る。あまりに育ちすぎていて、紛れもなく翔太!と言い切れない自分がいる。自分に遠慮なく刺さる視線に対して、ニコッと笑って手を振るファンサービスの熟れっぷりを見る限り、御手洗翔太で間違い無いのだろうが。いやそれにしても……お兄さんになって……翔太に釘付けのわたしを見て北斗が笑った。
「冬馬、あんまり残念がるなよ。14歳からの10年と17歳からの10年はもうなんていうか……スケールが違うのはわかるだろ」
「……悔しがってねえよ!」
じっくり見てわかったけど、3人はそれぞれ面影を残して年を重ねている。わたしの知っているジュピターとはまるきり違うけれど、3人だけの関係性は変わらずに残っているのは確かだ。
「その顔を見るに……やっぱり君は、10年くらい前の名前さんなんだね。失礼ですけど、年齢は?」
私が年齢を口にすると3人はやっぱり、と頷いた。
「ってことは、つまり、君たちは……」
「そうだよ、あんたの予想通り。俺たちは名前さんの知ってる10年後の俺たち」
「そっか……」
ようやく落ち着いて3人と視線を合わせた。面白がるような表情を見る限り、落ち着いていられないのは過去から来たわたしだけらしい。
「冬馬は27歳ってこと?」
「そうだよ、あんたより年上の俺、どうだ?」
冬馬の得意げな顔を受けて頭の先から床に座り込んでいる爪先まで眺めるも、27歳の冬馬は少しも恥ずかしがったり動じたりせず、17歳の時よりだいぶ長い後ろ髪を見せつけるように指先で払った。
「か、髪が長い……」
「役作りだよ……もっと他にあるだろ……めちゃくちゃ大人っぽくなっただろ……」
「な、なりました……びっくりするくらい大人っぽいです……」
「だろ?子ども扱いされてた頃の俺とは比べものにならないはずだぜ!」
冬馬は親指で唇をなぞり、フフンとカッコつけて見せた。そんなわざとらしい仕草も、衝撃すぎて目が離せなくなるくらい、さまになっている。
「ふふ、大人っぽくなった冬馬と比べて、俺はどう?」
「なんだか……北斗はあんまり変わらないような……」
「そう?若作り頑張ってるからかな?」
北斗は他のふたりと比べて、いちばん過去の姿に近いように見えた。ツヤツヤの肌も綺麗な金髪も青い瞳も変わらない。強いて言うなら前髪がゆるくセットしてあることと、服装の趣味が変わったくらい。
「でもなんか余裕がある……?」
「あはは!ハタチの北斗くんは余裕なかったって!」
「まあどちらかというと、頑張って余裕ぶってたからね。名前さんに頼ってほしくて」
肩をすくめてウインクを飛ばす様子はたしかに前にも増して洗練された気がする。わたしの知らない10年のうちに何千発も飛ばしたからだろうか。
「翔太は……すごいね。いちばんびっくりしたよ」
「でしょ?名前さん、僕に釘付けだったもんね。どう?24歳の僕!かっこいいでしょ?」
「うん。すごい……びっくりしたよ……本当に大きくなったね」
「……あのね、名前さん。10年前も僕の方が名前さんより大きかったんだけど」
「そ、それはそうだね……すごく大人っぽくなってびっくりしてるんだよ……」
「確かに10年前といちばん変わったのは翔太だよな」
冬馬がビールの缶をちゃぷちゃぷと揺すった。冬馬と翔太が酒を飲んでることにも驚くが、今のふたりは27歳と24歳だった。隣どうしに並んだ翔太と冬馬では、翔太の方が頭ひとつ分冬馬より高い。多分口にしない方がいいんだろうな……と思って黙ったけど、視線の位置で恐らく北斗にはバレた。人差し指を唇に柔らかく押しあてて、「黙って」のポーズをされる。
「ね、ね!今の僕、名前さんの知ってる冬馬くんより大人っぽい?」
「翔太……!」
「うーん、なんなら10年前の北斗よりも大人っぽいかも」
「ほんと?やった!」
「翔太、ビールこぼれる!」
「あ、やっちゃった!冬馬くん、布巾取って」
「ったく、それ飲まないならよこせよ」
「飲むってば!」
ビールの缶を3人が手にして盛り上がっているのは本当にショックだったが、その親しげな様子を見て、ああ3人はまだ一緒にいるんだなと私は小さく息をついた。10年。わたしの知らない期間が10年分。苦難と成功が10年のうちにどれだけあったのか、聞きたいような聞きたく無いような複雑な気持ち。
「10年後も俺たちが仲良くて安心しました?」
「北斗……10年の間に読心術を?」
「うーんそういう研究者の役ならやったけど、まだなれないかな……あはは、あなたの顔に全部書いてありますよ」
3人にそれぞれ年上ぶられて、わたしは3人より年上なはずなのに……と頭が痛くなってきた。わたしより年上の3人、わたしの知らない10年を歩んで、その経験の分お兄さんぶってくる3人……考え出したらだんだんぐるぐるしてきたので眉間を押さえる。考えすぎて頭が痛くなってきた。
「ほら、使えよ」
それを見た冬馬が尻に敷いてたクッションを貸してくれて、そのまま膝に転がされた。冬馬の踝の骨が、後頭部に当たる。わたしの前髪を払う冬馬の指先、そしてその仕草からも、17歳の冬馬が持っていた少年らしさは消え失せていた。10年後の冬馬は、あの日の冬馬が憧れていた大人の男の人の姿をしている。
「……10年前、あんたは翔太の膝で寝てたな」
「懐かしいね。冬馬くんの家でカレー作って……あの頃の冬馬くんの家、引っ越す前だから狭かったね。キッチンでぎゅうぎゅうになって、名前さんと北斗くんがポテトサラダのきゅうりを混ぜるかのせるかで喧嘩して」
「ふふ、今は俺の方がお兄さんだから譲ってあげますよ」
冬馬の膝の上から3人の顔を見上げる。本当に、大人になった。優しく微笑む、そのびっくりするくらい大人びた表情は、お仕事の中でたまに見せるだけのものだったはずなのに、10年の月日が大して珍しくない表情に変えたのだ。わたしの知らないジュピターが3人で仲良く談笑していた。
「そんなに不安そうな顔するなよ」
「冬馬……」
「俺たち、10年経っても……まったく変わらずに、とはいかねえけど変わらずに、アイドルやってるよ。もちろん10年の間、大変なこともあったけど何も心配することないぜ。だって……俺たちにはあんたがついてるんだから」
「そうだよ、それに14歳の僕にだってもっと頼って甘えていいんだよ!」
「ええ、最年長がはたちの若造だからって舐めないでください」
3人がにこにこ笑って私をみた。彼らにとって10年前の私だからって調子乗って、年下扱いして……悔しいやら、10年後も変わらずに接してくれるのが嬉しいやらで涙が出た。眩しくてしかたなくて、目を閉じる。3人はそれをみて笑っておやすみと言った。別に寝るつもりはないのに、眩しすぎて目が開けていられなかった。
わたしの知っているジュピターの3人の未来だとわからされても、信じられないくらい大人のお兄さんの優しい顔をしていた。
とことん年下扱いされて、しくしく泣いていると、冬馬が私の頭を撫でた。翔太と北斗の「こうして見ると名前さんって全然大人じゃなかったんだね」「年下の名前さんもかわいいなあ」という声を聞いた。
いつも、冬馬の元気にはねた寝癖を直してあげるわたし。3人に信頼される大人でありたいと思うわたし。それが全部、この場では一生懸命自分を覆うメッキだとバレていて、子供扱いされている。ぐちゃぐちゃの感情を持て余して泣いていると、3人が仕方ないなあというように声を上げて笑った。最後の最後まで、年下扱いしかされなかった。
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目が覚めると、3人が穏やかに談笑していた。何度か瞬きしてようやく視界が戻ってきた。毎日見ている、20歳と17歳と14歳のジュピターだ。
眠りに落ちたときとは違い、今度は北斗の膝の上に寝かされている。多分翔太がわたしの重さに耐えかねてギブアップ、仕方ないなと北斗が代わってくれたのだと思う。
翔太も今日は特別にお泊りの許可をもらっているから、特別な日である今夜はメンバー3人水入らずで過ごせる。そこに呼んでもらうには、わたしは邪魔じゃないだろうかと思ったけど、先ほどの3人の様子を思うと、きっとそうは思われてないと信じたい。
「あれ、名前さん起きた?」
「何の夢見てたんだ?唸ったり笑ったりしてたぜ」
10年後の君たちを見た、と寝起きの掠れた声で答えれば北斗が笑う。上戸になりかけの引き笑いを冬馬が背中を強く叩いて止めた。それを気にせず、北斗は目尻にたまった涙を拭っておもしろい夢ですねと青い瞳を嬉しそうに細めた。
「10年後の僕たちかあ……変わらずに名前さんのことが大好きだったでしょ?」
「勿論、見た目や姿が変わっても、俺たちはあなたのことをずっと大好きですよ」
冬馬が黙って眉を寄せた。次は自分が恥ずかしいことを言う番だとわかっているのだ。北斗が敢えて「さあ次は冬馬の番だよ」と急かした。翔太がにやにやして「ね、聞きたいな。リーダー」と甘えた声を出した。このふたりは昔から、冬馬がむきになるのが面白くて嬉しくて仕方ないのだ。
「……そうだよ、俺たちずっと、あんたみたいな人にプロデューサーになってほしかったんだ」
冬馬の恥ずかしい気持ちを無理やり押さえつけるような、ぶっきらぼうな硬い声が聞こえた。取り戻したはずの視界がまたぼやけて沈み、わたしの頭の中では遠くに波の音が聞こえている。懐かしい、海の音が聞こえる。
「なあ、プロデューサー。大人になるまで……あと何年か付き合ってくれよ」
うん、という返事はしっかりした音にならなかった。
「冬馬と翔太が大人になるまで……長いなあ」
「名前さんってばほんと短気!待ってくれなくちゃ嫌だよ」
「うん」
「楽しみですね、4人でお酒飲めるの」
「うん……」
「早く大人になりたいなあ、ね、冬馬くん。北斗くん」
「そうだね」
「ああ、そうだな……名前さん、寝るならベッドに行けよ」
「もうちょっとだけ……」
「そんなにお気に召しました?俺の膝枕」
「いやちょっと硬すぎかな……」
「寝るなら!ベッド!」
冬馬がビシッとシングルベッドを指さした。それにそんなのつまんない!と反対したのは翔太。私より少しだけ背の高い、14歳の翔太の姿に私は言いようのない安堵を覚えた。
「えー今日くらいいいじゃん!名前さんがこんなにぐにゃぐにゃになってるの珍しいし、別に冬馬くんの膝で寝てるわけじゃないもんね」
「そうだぞ、冬馬も代わって欲しいなら口に出さなきゃ」
「お前ら……!」
冬馬が怒りを抑えるようにわなわなと震え、それにふたりが楽しそうに反応した。
「でも名前さんもこうしてみるとそんなに年上っぽくないよね」
「あ、明日からしっかりするから……情けなくてごめんね……」
「いいんですよ、俺たちにもっと甘えてくれても。ねえ冬馬」
「別に甘えてほしいわけじゃねえけど……もっと頼ってほしいとは思うよな。だって俺たち、あんたに何でもしてほしいわけじゃない、あんたと一緒に……」
どこかへの合図のように、ステージ上での振り付けのように、冬馬の右手が振られ、しかしその視線は私とバッチリ合った。17歳アイドルの相手を刺そうと意図して見つめる、その視線に見惚れる間も無く、私は北斗の膝から飛び上がった。右手を振り上げたのは、北斗と翔太に対する「やれ」の合図だ!!
慌てて壁側に逃げるも、運動不足の成人女性がバリバリ鍛えてる現役アイドルから逃げられるわけない。翔太が私の腹に腕を回してひっついて、ぐえっと声が出た。反対の進路は北斗が長い足で塞いだ。
「翔太!胃が、そこ胃!絞めるな!それに北斗!ジュピターの伊集院北斗の足癖が良くないなんてイメージダウンだぞ!!」
「そんなこと言われてもわかんな〜い」
「足が長くてすみません」
からかう対象を冬馬から私に移したらしく3人は楽しそうに私を隅に隅にと追い込んだ。ひっつき虫の翔太が重くて逃げられない!
「よし、今から俺らがどんなにあんたのことを信頼して大事にしてるか夜通し語ってやるからな」
「ゲームは!今日はゲームするんでしょう!」
「ゲームはいつでもできますよね?」
「そうだよ。今日は特別な日。楽しみだね」
「ううっ……いつもなら尊い君たちの結束が今はただただ憎い……」
「よし、まずは俺からだな」
「待ってました!」
「リーダー大好き!!」
お腹に腕を回したままの翔太に加えて、反対から北斗が寄りかかってきて重石になり、本格的に私の逃げ場は無くなっている。こうなりゃヤケだ。私もテンション上げるしかない。
「冬馬!世界いちカッコいいよー!!」
「おう!ありがとな!」
今更寝たふりしようにも、眠気はとっくに消え去っていた。熱いアイドルモードの冬馬は恥ずかしがりもせず、すっくと立ち上がり息を吸った。まだ眠るには早すぎる、今夜くらいは夜更かしして大騒ぎしよう。
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