六弥ナギ甘やかしデー
ナギくんはもともと構ってほしいと寄ってくることが多いけど、今日は一際べたべたしていた。ナギくんの1日が大変そうだったのは、事前の情報でなんとなく察せられたが、帰宅したナギくんが青い目をウルウルさせて「疲れました……いっぱいハグしてください」と強請って来た時点で私の心は完全に「徹底的に甘やかしてあげよう……」に傾いたのだった。
そもそも今日はナギくんの好きなアニメがニュース特番の延長でお休みの日だった。毎週のリアルタイム視聴をナギくんは本当に楽しみにしていたので、先週の放送の翌朝「次は2週間後……耐えられる気がしません……」と長い指を組ませて肘を机についた有名なポーズでぶつぶつ呟いていた。
今朝目が覚めた時もきっと、今夜はアニメがないことを思い出してめげそうになっただろう。しかも今日は真冬向けの厚着の撮影の後に、三月くんと環くんと一緒に厳しいトレーナーさんのダンスレッスンを受けたそうだから(ナギくんはこのトレーナーさんを密かにキャプテンと呼んでいる。由来は内容が軍のトレーニング並みにきついことから)、暑さに弱いナギくんにとってはつらい1日だったことは想像にたやすい。
疲れ果てたナギくんに追い討ちをかけるように、昼には楽しみにしてたコラボカフェの落選通知が来て、夕方には予約済みのフィギュアの販売延期が決まった。ナギくんからは昼と夕方に2回、悲しみのスタンプ連打が来ていたが、私はそれを仕事で見れなかった。そんな時の何よりの特効薬、アニメのリアタイも今日はなく……仕事を定時で上がってダッシュでナギくんに会うために帰宅した。案の定、ナギくんは傷心中で今にもぐすんぐすんと泣きだしそうだった。
「今日……ワタシ、すごくがんばりました……レディ、褒めていただいても?」
「お、お疲れ様です……」
「No……!違います!ワタシは、アナタに褒めてほしいのです。アニメが見られない悲劇的な1日を、涙を堪えて乗り越えました……これは褒めるに値しませんか?」
「が、頑張ったね〜!え、えらいえらい……」
私の全力の褒めにも不満そうなナギくんは、長い人差し指を頬に添えて唸った。納得がいかないという顔も美しい。
「ご褒美にギュッとしてください。ワタシに今不足しているのは癒しです」
「お、恐れ多い……」
「厄災とも呼ぶべき悪魔の試練を乗り越えたワタシに意地悪を言うのはこの口ですか?」
「怖ッ」
ナギくんは低い声で一息に言い切り、私の悪態をなかったことにしようとキスを強請った。かっこいいナギくんがキスを強請る、ある意味かわいい姿を見せてくれるのは恋人であることの特権だと思う。
ナギくんが身長差を縮めるために背中を丸めて私の唇を追った。息が続かないし、疲れ切ってるはずなのに余裕のあるナギくんを見てて、自分の余裕のなさがなんだか恥ずかしく、私が一歩後ずさるとナギくんはようやく口を離してくれた。
「逃げないで、マイプリンセス」
離れ様のリップ音に驚いて身動ぎした私の腕をナギくんが掴んだ。潤む青い目が私を見ている。王子様みたいなのは台詞だけで、後はただの19歳の男の子みたいだった。
ナギくんの涙に弱い自覚がありすぎる私は、そのままナギくんをギュッと抱き寄せた。ナギくんはびっくりした顔を見せたけど、黙って私のおっぱいに横顔を乗せた。ナギくんの腕がギュッと私の胴体を絞めて、流石に苦しいので腕を叩いて緩めてもらった。力加減もできないくらい疲れてるんだなと思ってあとは何も言わずにナギくんの横顔を観察した。
目を閉じて静かにしているナギくんは成長期を終えた男の人と思えないほど、肌理は細かく、震えるまつげは長く、鼻筋が通って、そして1日頑張った後のはずなのにいいにおいがする……枕にしているのがフランネルのパジャマを着た私のおっぱいでなければ、高級ブランドの広告に使えるくらいに完成された美貌だと思った。
「……そんなに見られたらワタシの顔に穴があいてしまいます」
「ごめん、3日で飽きない美人のありがたみを噛み締めてた」
「……私が堪能したら次はアナタに貸してあげます。暫しお待ちを」
「な、ナギくんの胸を……?私に……?」
「おなかでもいいですよ。アナタだって疲れているでしょう、このワタシの玉体で存分に癒されてください」
「お、恐れ多い……」
「Hmm……おなかフェチではありませんでしたか?」
「フェチかどうかはわからないけど……ナギくんが貸してくれるならどっちでも嬉しい」
「……かわいいひと」
ナギくんはひとつ瞬きをしてため息をついた。ナギくんの口からはいつも、びっくりするような褒め言葉が何の抵抗もなく出てくるので、最近はあまり真に受けて動揺しないように心がけている。ナギくんの口からは動揺していようがお構いなしに勢いのまま美しい言葉が出てくるので、動揺している暇がないのだ。
「……ワタシの顔に穴があいても、それをアナタがあけたのなら、なにも。それはなにも、ワタシの美貌を損なうことはないのです。名前、どうかワタシをその視界の外に追いやらないで」
「ナギくん……」
「イヤです。それはちょっと……などという苦情は聞けません。ワタシ今日は特によく励んでへとへとなのです」
ナギくんはもう動きません、とでも言うように腕の力を強めた。耐え難きトラブルを1日我慢してお疲れなのを知っているから、私は黙ってナギくんの髪を撫でた。私よりはるかにさらさらのツヤツヤの髪に繰り返し触れると、難しいことを言うのはやめて、気持ちよさそうに目を閉じる。ナギくんは今日も頑張り屋さんで、甘え上手でかわいい。
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