宇宙のぱわぁで変身したでにゃんす
「今までお世話になったでにゃんす」
父さんも母さんも、おじいちゃんもおばあちゃんも、呆然として頭を下げる猫を見ていた。
鮮やかな緑とピンクの毛並みには、見覚えがあった。見覚えがあるどころではない、毎日見ている毛並み。
「ほんとに、キリオなの……?」
「何を何を名前ちゃん。ワガハイ名前ちゃんが小さい時からずーっと一緒にいたというのにさすがに傷つくでにゃんすよ〜?」
「だって、キリオあなた、」
猫なのに、どうして話せるの。
震える私の声に、キリオははて?と首をかしげた。くりくりの茶色の目がくるりとまわり、私をみている。そんな仕草は昨日までと変わらない。
ただ1つを除けば、昨日までのキリオと何1つ変わらないのだ。
「キリオちゃん、お話できたの……?」
母さんの声も驚きか恐怖かしらないけど震えていた。
「いいやワガハイは化け猫。普通の猫が化け猫になるにはちょーっと早いでにゃんすがそこは諸々のあれこれをきゅぴぴーんとして、立派な化け猫として今宵一人前となったのでにゃんす!」
昨日まで、私が昨日家に入れておやすみを言う時には、確かにキリオは普通の猫だった。
ピンク色と緑の奇妙な毛色は、一緒に生まれた四匹のお兄さんと二匹のお姉さんの中で二匹だけ。一番のチビを私が生まれたばかりの頃にもらってきて、それから18年ずっとキリオはうちの猫だった。猫にしては長生きだけどずっと小さいままで、お医者様に見せても理由は分からなくて、私の大事な家族だった。
呆然とする私たち家族を前に、化け猫として一人前になったキリオは、家を出ていくのだと言った。きちんと両手をついた左側には、風呂敷に包んだ荷物が1つ。
「……どうしても今夜、出ていくのか」
落語をやる高座の上と高座を降りた時ではまったく性格の変わる父さんも、これにはさすがに驚いたらしかった。10月の終わり、今年いちばんの冷え込み。よりによって今夜でなくてもいいのにと私も父さんに同意した。しかしキリオは今夜出るの一点張りで、しくしく泣くおばあちゃんに頭を下げるとそのまま後ろ足で立ち上がった。
その姿はみるみるうちに緑とピンクの髪の男の子になり、着物はあざやかな黄緑、猫の模様のオレンジの羽織は私が小さい頃に着ていて小さくなったからとキリオにくれてやった半纏とそっくりだった。襟巻きみたいな猫の模様まで同じ。もう一度頭を深々と下げ、キリオは居間を出て行った。
「キリオ!」
「……名前ちゃん」
ぽっかりとまん丸の月が空にかかり、空っ風がびいびい吹いていた。自転車も漕いで進めないような風の中、キリオは着物に羽織の一枚で、庭先に立っていた。
「そんな格好のままだと絶対寒いよ。上着もあげるから着て。手袋も……あといつも寝床に敷いてたやつも……新幹線で行くの?東京行く終電なら、今日はもう間に合わないんじゃないの」
「名前ちゃん、ワガハイもう猫じゃあないでにゃんすよ」
寝床に敷いてたタオルケットまで持ってきた私にキリオは呆れたように苦笑した。そんな、人間らしい仕草。
「だって、」
それでもキリオはどれも置いて行くとはいかなかった。こてんと首を倒した様子は、いつも私の話を聞いてくれる時と同じで、私はこの突然現れた変な男の子が18年一緒に過ごしてきた家族だと認めざるを得なかった。
「それじゃあ、ワガハイもそろそろ」
「うん。元気でね。たまには……たまには帰ってきてね」
キリオは私の言葉に照れたみたいに首をすくめて庭先から門へ、そのままうちを出ていった。風がやっぱり強くて、そのうちキリオは見えなくなった。
「キリオちゃん、もう行っちゃったの」
「うん、行っちゃった」
母さんが縁側から顔を出して聞いた。私の返事にお弁当くらい持たせてあげたかった、もうお塩気にせずシャケ食べられるんでしょう、と母さんは残念そうに言って「名前も早く入りなさいね」と家の中へ戻っていった。
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