うちのねこ、有名になった
突然いなくなったキリオと、私の家族は再びすぐに再会した。とはいってもテレビにキリオが出ているのを見かけたのだ。新進気鋭の元落語家アイドルとして登場したキリオは破天荒な振る舞いでバラエティを盛り上げたり、旅行番組に出たり、さらにはドラマにも出てたりして私たち家族を驚かせた。
私たちがいちばん驚いたのは、キリオが元落語家として振る舞い、その経歴にどこにも穴がないらしいことだった。猫柳という落語家であるうちの名字を名乗っていたのも驚きだったし、父さんが慌てて役所に行くと、戸籍もちゃんとあって私の弟に収まっており家族一同激しく困惑した。ネットに不慣れな母さんが猫柳キリオで検索すれば、落語家時代に出ていたであろう高座の動画や、評判が出てきて、うちの父の息子であることなども書かれていてさらに謎は深まった。お弟子さんにキリオのことをこっそり聞けば、きりのじが家を出ていってアイドルになって師匠も内心ショックだろうなあと訳知り顔で言われては、うちの家族は皆キリオが本当に化け猫になったのだと信じざるを得なかった。
「まあ、キリオちゃんは名前の稽古をいっつも隣で聞いてたからねえ、覚えたんだろうね」
キリオがいなくなった晩にはしくしく泣いていたおばあちゃんは、今ではキリオの大ファンになって出ている番組もラジオもみんな追っている。
板の間で正座をして落語を暗唱し、父さんの前で披露しては指導を受ける私を十年ちょっとみていたからか、キリオの芸は私にそっくりだった。うそ、私よりも断然うまかった。
キリオは、たぶんアイドルには向いていたのだと思う。アイドルになって、ますます知識やら新しいことを知ってどんどんパワーアップしていくのが田舎から見ていても明らかだった。うちにいるよりずっとよかったんじゃないかと思うようになった。ライブにドラマに、写真集に活躍の場を広げていくキリオをいつだって画面越しに見て、家族はライブに足を運んだこともあったけど私は一度も直接見にいったことはなかった。どんな顔をしてみればいいのかわからなかったから。キリオは、私を、何だと思っているのかがわからなかった。
そんなある日、うちに一枚チケットが届いた。所属事務所の三周年記念ライブをやるからぜひ見にきて欲しいと書いてあって、おばあちゃんも母さんも、口々に観に行きなさいよと私にすすめたのだ。行くべきかいかないべきか、すごく悩んだ。しかし我が家はこの時すでに、皆キリオの大ファンになっていたので私がいかないとなると母さんはもちろん、普段は寡黙な父さんも腰の悪いおばあちゃんもキリオにこっそりちゅ〜〜るをあげるのが趣味だったおじいちゃんまで参戦して家庭内でチケット争奪戦になるものだから、私は前日まで悩んで悩んでそして、当日の朝私は、キリオが家を出た時に乗ったのと同じであろう東京行きの新幹線に乗った。
「でも、びっくりしちゃって。あんなにチケットが取れなかったのに物販とかきてくれる子がいるなんて思ってなかったんです……なんとなく来た私より、ずっとキリオを応援してくれる子が見た方がいいと思って、それで」
「そうだったんですか」
私は今日、キリオの出るライブを客席から見るはずが、楽屋にいた。
キリオの出るライブのチケットを求める女の子が会場にたくさんいた。キリオの名前がかかれたうちわを持って、キリオとお揃いのヘアピンをして、キリオのグループの色の服を着ている女の子を何人も見かけた。そうして怖くなったのだ。アイドルの猫柳キリオをもっと好きな子がいるのに、私ときたら呼ばれるままになんとなくホイホイきてしまったって。
勝手に心苦しくなって、チケットを取り出す。事前に受付にお声掛けくださいますようとかかれたそれをちらりと見た。チケットを求めて声を上げる誰かに譲ろうと思い口を開くも、マスクに帽子にサングラスという怪しすぎる二人組がこちらに突進してきた。そして「申し訳ありませんがついて来てください!」「ちょいとごめんね!」と手を引かれてわけもわからぬまま、あっという間に楽屋に連れてこられたのだ。
楽屋についてマスクに帽子にサングラスを外すと、みるみるうちに驚くべき美形が2人現れて私はあっ!と声をあげた。 華村翔真と、清澄九郎だ。
「猫柳さんの、ご家族の方……ですよね」
「突然ゴメンねえ。チケット、譲ろうとしてたんだろう。だから、アタシも九郎ちゃんも何事かと思って……」
彩の、キリオのユニットの仲間だ。「いつもキリオがお世話になっています」と頭を下げると慌てた顔のふたりはきれいにお辞儀を返してくれた。
「でも、キリオちゃんは本当に名前さんに見てほしいと思ってたはずだよ。だから……」
華村さんは化け猫云々のくだりを省いた私のライブ参戦事情を聞いて、困ったように手を頬に当てた。
「でも、私……」
「猫柳さんは、名前さんが一度もライブを見に来たことがないと、少し寂しそうにしていて……だからきっと、今回ならと思ったのでしょう」
アニバーサリーという大きなライブ。キリオは、成長した自分を私に見てもらいたかったのだろうか。
「あの、私、そろそろ客席に戻ります……おふたりにご迷惑おかけしたことはキリオには、どうか内緒に」
「ほ、本当に猫柳家のお姉さんなのかい?ボウヤとは随分と……違うような……」
「あの猫柳さんを弟に持つためにしっかりされているのですか……?私、親しくさせていただいてはおりますが、未だに猫柳さんの行動が読めないことがあって……」
「きっキリオはうちの家族の中でも割と独自の路線なので……っ!」
私はキリオの正体うんぬんがばれるのではと冷や汗をかいたが、おふたりは私が客席に戻ることに安心した様子だった。
私も実は、キリオがアイドルをしているところが見れるのは楽しみだった。深い赤色の座席に腰掛けるとすぐに客席が、歓声とペンライトに染まった。
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