均衡を求めないで

ŹOOĻの4人は何か困ったことがあれば自分たちでどうにかしがちだ。孤立主義だし、彼らにとっては私に電話をかけて対応させるよりある程度のことは自分たちで解決できるし、その方が早い。それで無理なら了さんに回すべき案件だと判断して直接了さんに話をつける……効率主義なのだ。

だから初めて了さんが彼らに「小間使いだよ」と私を紹介したときに一応連絡先を交換したが電話がかかってくる機会はほとんどなかった。了さんが私とのラビチャを「ねえ名前、この後の僕の予定全部キャンセルしといて」「名前、パリ行きの便今夜発で4人分手配して。トランジットは10時間くらいね」と気軽にSiriやアレクサ代わりに使ってるのに対し、4人はひどくまともな使い方をしている(なお了さんの思惑から外れて、砂漠の国の空港観光を4人はそれなりに楽しんだようだった)。

悠は送迎のために短いやり取りをするのが主だし、巳波は仕事中に発生した人間関係含むトラブルを端的に報告してくれる。メンバーのみで現場に向かう時の業務連絡は狗丸さん宛てに送る。御堂さんからは一時期モーニングコールを要求されていたので唯一電話番号に直接かける機会が多かった(朝から私の暗い声を聞くのは嫌だとのことでひと月ほどで終わったが)。メッセージひとつで無理難題を押し付けてくる了さんよりはるかにまともだ。

携帯電話の履歴画面には悠からの着信が一件。何かあれば躊躇せず通報、あるいはメンバーや了さん、私にかけるように言ってある。しかし悠から電話がかかってきたことなんて、今までほとんどなかった。恐る恐る留守電を再生する。

「もしもし、俺だけど……」
再生されたのは、悠ではなく狗丸さんの声だった。

「これ聞いたらすぐに連絡して」
悠だ。困惑の様子もなく、落ち着いた声に安心するも妙な違和感を覚える。これ、なんか聞いたことあるな。

「わかってると思うけど……」
御堂さんだ。低い声が鼓膜を震わせ、思わずスマホを落としそうになる。

「……愛してるから」
ため息混じりの巳波の声だ。私の方がため息をつきたい。新曲の再現ごっこを人の留守電でするな。

留守電はそこで切れた。曲が始まるかと思って身構えてしまった。とりあえずそのまま番号をタップして折り返す。繋がる瞬間、最初の台詞は既に決まっている。
「もしもし、俺だけど!!!!」
「うわっ名前さん」
「うわっはこっちの台詞だよ!」
「驚いたでしょ?」
「もー、驚いたどころじゃないよ」
「待って、今そっちいく」
悠は返事も聞かずに電話を切る。最後の言葉は二重に聞こえる、近くで様子を見てるのかな、と思ったら背後のドアが鍵の音もせずに開いて4人が入ってきた。

「うわ!君たち、見てたな!?」
「ふふ、しっかり見てました」
「おもしろかっただろ?」
「怖かったよ!存在しないはずのヤンデレの彼氏から電話かかってきたかと」
「トウマはオレオレ詐欺みたいなかけ方するしね」
「ほんとだよ!」
「別に詐欺のつもりでかけてねえんだけど……」
どうやら部屋の外でドアを細く開けて、留守電を聞く私を眺めていたらしい。イタズラが成功して楽しそうな4人を睨みつけると、悠が恐ろしい台詞を放った。

「別に、名前さんにヤンデレの彼氏が存在しないとは限らないよね」
「は?」 
「そうですね、それがひとりとも限りませんよね」
巳波が至極当然のこの世の常識を説くように悠の衝撃発言に続く。いいこの未成年の発言とは思えず、背筋が凍る。
「じょ、冗談ですよね。さっきまでの続きの新曲ごっこですよね……」

「冗談かどうか、試してみるか?」
狗丸さんが嬉しそうに目を細め、私に手を差し出す。その手は何?
「そうだな……まずはほかの男どもの連絡先を消すところから、どうだ?」
狗丸さんにそれを聞く前に、背の高い御堂さんが一歩私に向かって足を進める。部屋の隅に追い詰められている。ドアから逃げようにも、4人が邪魔をしている。そもそもなぜ私は、「君たちの栄光のために力を尽くそう」と約束した、その4人に危機を感じているんだ?怯える私を見て、狗丸さんがため息をついた。

「ŹOOĻのために、存在してくれるって言ったよな?」
「名前さんはŹOOĻのものなのに、ほかの男とわざわざ話す必要ないよね」
「貸してください。それがあるから、私たちが不安になる」
「そんな顔しなくても、また買ってやるよ。俺たちと繋がるためだけの……もちろん最新機種だ」
差し出された手の意味がようやくわかる。仕事とプライベートがごちゃごちゃだから、私が使っているスマホは、4人から留守電が入っていたこれひとつきり。仕事相手も、家族も、友人も、連絡先は全部ここに入っている。渡したくないのに、悠の「ほら、はやく」の声に促されて震える手はスマホを手放す。

「お前が束縛する男を嫌いじゃなくてよかったよ」
「嬉しい、これで私たちだけの……」
スマホは御堂さんの手にわたり、高く掲げた掲げた勢いのまま床に向かって振り下ろされる。普段の生活では聞かない金属の砕けて潰れる音がした。そして、数秒前までスマホだったスクラップを巳波が靴の踵で念入りに踏みつける。それを私はどんな顔で見ていたんだろう。

「どうしてそんな顔するの?名前さんのこと、こんなに好きなのに」
「俺らのことだけ考えてろよ。その代わり、俺らにはお前しかいないから」
ボーカルふたりがひとつ、ふたつと交互にキスを落とす。瞳が暗い光を灯したように見えるのは、切れかけの蛍光灯だけのせいでは無いと思う。

「ねえ、新曲ごっこの続きですよね、本気じゃないよね」
「遊びだと疑うなら、本気だって確信するまで待ちますよ」
「あんまり長くは待てないけどな」
「お前ら気が短いから……」
「それはトウマもでしょ」
背後から巳波の腕が伸びて私の左手を拘束し、右手は狗丸さんに絡め取られ、両手の自由は失った。

「オレら以外に目移りする名前さんなんて要らないから、いいよね」
叫ぼうとした口は御堂さんの大きな手で塞がれる。悠が私の首に細い指を這わして静かに微笑んだ。名前さんもŹOOĻと死ぬ覚悟、してよ。私はただ声もあげずに頷くことしかできない。

明日が来たら、いつものみんなに戻ってくれますように。私の祈りを笑うみたいに4人の腕の力が強くなった。


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