すきなことすきなだけ

「猫柳さんですよね。あの、わたくし彩のプロデュースをしている者です」
ライブは素晴らしかった。彩の3人も、コラボユニットのFRAMEの3人も、他の皆さんも。キリオが頑張ってるところも見れたし、さあ帰ろうとペンライトのスイッチをオフにして席を立つと、出口からお兄さんが走って来て私に名刺を差し出した。

「キリオの、」
「はい。華村と清澄からお話伺いました。お時間よろしいですか」
「えっと……はい、」
そうして私は再び楽屋に連れていかれ、ライブ終わりの皆さんにお会いした。

「あらっ!名前さん」
「ライブ、ご覧になっていただけたのですね」
「華村さん、清澄さん……!あの、本当よかったです。見にこれてよかった……」
「それはよかったです!」
清澄さんは本当にホッとした様子で、まだ衣装のまま感極まったように私の両手を握った。

「清澄?その人……」
「木村さん!猫柳さんのご家族の方ですよ」
「あ!猫柳の!FRAMEの木村龍です。よろしく!」
「よっよろしくお願いします……」
「木村さん、猫柳さんを見ていませんか。先程から姿が見えず……」
「英雄とインタビュー受けてるはずだぞ。終わったら自分と翔真、最後が龍と九郎の予定だ」
「信玄さん!そうでしたか……せっかくいらしていただいたのですから、猫柳さんが戻るまでお待ちいただくのは……」
「あの、私、帰ります!みなさんもすみません、ライブの後お疲れでしょうにお邪魔して……」
「いいのいいの!プロデューサーちゃんがボーヤに会わせたくて連れて来たんだから座って待ってるといいよ」

「きゅぴぴーん!いやあ英雄クンとのいんたびゅうも中々回数を重ねてこなれてきたのでは!?ワガハイこたびは大満足の出来でにゃんす〜!」
「それはよかった。おい、信玄!翔真も水飲んだら移動しろってよ」
「用意できてるよ!ボーヤ、おまちかねのお客さまだよ」
「お待ちかねの……?」
キリオは本当によくわかってないようでこてん、と首を傾げた。
こっそり盗み食いした時、おじいちゃんがこっそりちゅ〜〜るをあげて叱られた時、キリオがわたしのぬいぐるみを寝床に誘拐した時。十何年間、何度も見てきたその仕草に私はようやく、この男の子が私の家族の、かわいい子猫だと納得した。

「お姉さんが来てますよ」
「キリオの姉さん!?!?」
笑顔のプロデューサーさんの声に大声をあげたのはキリオではなく一緒にインタビューを受けていたらしい握野さんで、私に気づくと咳払いをして気まずそうに頭を下げた。うわあ、本物の握野英雄だ。ほら、退いてあげましょと華村さんが言って、私とキリオはその気遣いに同時に頭を下げた。ぱたん、とドアが閉じて広い楽屋に2人きり。

「名前、ちゃん……」
「久しぶりだね。今日はチケット、ありがとう」
「!」
キリオはどうやら、チケットを送ったものの私が来ていることを知らなかったらしかった。見てくれたでにゃんすか、と本気で驚いていた。前に家族がライブ見に行った時には、「キリオがステージ上から家族を見つけられたと教えてくれた」と嬉しそうに言っていたから、目がいいのかと思ったが違うらしい。あの時よりもずっと大きなステージに立つアイドルになったことに私は気づいた。

「ライブ成功おめでとう。本当によかったよ」
はくはくとキリオの口が開いては閉じを繰り返した。
「言葉が、出てこないでにゃんす……」
へにゃっと眉毛が下がり、くてんと私の足元に座り込んだ。

「もう、衣装汚れるよ」
「ワガハイ、なんと言ったらいいのか……食れぽのこめんとならプロデューサークンのお墨付きだというのに、情けないでにゃんす」
キリオはよっこいしょと私の足の甲に器用に座り、そのまま足にもたれた。本当に猫だった頃、私にじゃれてよくやっていたやつだ。足に座れば私は動けないから、遊んでもらおうとして、あるいは構って欲しくて。

「……名前ちゃんは、ワガハイのことを怒ってるのかと思ってたでにゃんす。だからワガハイのおしごとを見にこないのだとばかり」
「……どうして?」
「ぱぱさんとままさん、おばあちゃんたちはワガハイの仕事を見にきたけど、名前ちゃんは一度も来なかったから」
「そ、それは、怒ってたとかじゃなくて……」
「じゃなくて?」
くるりと茶色の目が回って、私の顔を仰ぎ見た。かわらない、キリオの様子に私は目眩がした。ねこなのか、ひとなのか、わからなくなるくらい仕草が同じだ。

「どんな顔していけばいいのかわかんなかったの。今日だってキリオのお姉さんって言われまくったけど、私子猫のキリオのことは弟だと思って接してたけど、男の子のキリオとは一回しか直接会ったことないんだよ。だいたい、気づいたら戸籍があって私の弟ってことになってるし、そうなるとうちに兄弟は私とキリオだけなのに兄が4人に姉が3人とかテレビでいうし……!そうそう、私も猫もまとめて兄弟に数えてるのはどういうつもり!?」
「怒るところがそこでにゃんすか……」
くてんとうな垂れたキリオはテレビで見るのと同じだった。たは、と呆れたようなショックを受けたような、安心したみたいな笑顔を見せる。

「名前ちゃん、ワガハイずーっと名前ちゃんといたけど、友達はいなかったでにゃんす」
「うん」
「人間の体を得て、ワガハイものすごーくたくさんのものを見て、触れて、嗅いで、聞いて、得て、それからもらったでにゃんす。苦労はしても、後悔はなーんにもしてないでござ!だから心配しないで、これからもずーっとずーっと百年先まで応援してほしいでにゃんす!」
「……うん!」
「まずは落語家としてもあいどるとしても凱旋公演ができるように!そしていつかはわーるどわいどでわんだふるでにゃんだふる!なあいどる目指して!全力前進、YOU往MY進するでにゃんすーーーっ!!」
「うん!」
パッと立ち上がり、両手を大きく広げてキリオはにっこり笑った。本当に、いつものキリオだ。私の隣にいた子猫と同じ顔をしてる、人間の男の子。

「いい人たちに会えたみたいで、よかった」
「本当にその通りでござ!ワガハイプロデューサークンに出会い、ちょうちょさんとくろークンとあいどるやってる時がイチバン幸せでにゃんす!そのつぎはやっぱりコタツでぬくぬくと〜」
本当に嬉しそうにニコニコ笑って、私に頭を差し出した。

前は片手に収まるくらい頭も小さかったのに、今では視線が私より上だ。本当に、不思議。目を閉じてさえいれば、感触はおなじだから猫のキリオを撫でているような気になるくらい。そっと目を閉じた。18年経っても小さいままだった子猫のキリオ。今いるのは、その経歴をぜーんぶ隠したアイドルのキリオだけど。

んにゃあ!
キリオが猫だったころには毎日家で聞いていた、キリオの鳴き声が至近距離で聞こえて、思わず目を開けた。当然そこに猫はおらず、ひとの、アイドルのキリオがにこにこ笑うばかり。全くアイドルの世界においては、右も左も果ては前にもおもしろいことばかり!ということらしかった。まあ好きなことをして、それが1番楽しいのなら姉としては言うことはなし、元気でなにより!


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