黒須島からの脱出
「みなさまは、これが最高のエンディングだとお思いですか?」
嫌な予感ていうのは当たるんだよなあ。わたしはため息をついて話の続きを待った。巷で話題のアイドルよりかわいい女の子がグラスを掲げて朗々とおそろしい口上を口にする。隣に座る柳川さんはテキパキ帰り支度を始めた。さすがだ。ジュリアスはお行儀良く話を聞いている。小学生とは思えない落ち着き。えらい。神宮寺さんは険しい顔でゲームマスターの少女を見ている。そりゃそうだろう。神宮寺さんの思想とあの子の間に大きな溝があるのはわたしでもわかる。姫は机に広げていた酢昆布をまとめて口に突っ込んだ。……口いっぱいの酢昆布、考えただけで寒気がする。
「このゲームに相応しいエンディングを用意させていただきました」
わたしがぼんやりしている間に話は大変な方向に進んでいた。嫌な予感は最高潮。そして待ってましたとばかりに突き上げるような衝撃!爆発音!
「さ、最悪だ……」
しかも今のがひとつめで、10分間隔で7回の爆発、島は崩落……というシナリオらしい。孤島ミステリといえば爆発する島の最後を去りゆく小舟から見届けるもの……しかし自分が巻き込まれるとなると話は別だ。
「わたし部屋にもどる!」
「おい、死ぬぞ!!」
神宮寺さんが鬼の形相でわたしを怒鳴りつけたが、わたしの命より大事な発明品をこんなトラブルで失うわけにはいかない。
「だってあれ商売道具!」
「また作りなさい!命があればいくらでも作り直せるんだから!」
続いて姫が般若の形相で吠える。ジュリアスはさっさと出口に向かって走り出していた。彼はかなり鈍足だから、正しい選択だ。
そして2回目の爆発。10分間隔という情報が嘘だったのかと思うくらい早い。内藤くんはまだゲームマスターの女の子と揉めている。早く発明品を取りに戻らないと、跡形もなく爆破されてしまう……!
「とっとと逃げろ馬鹿!」
「オエッ」
首がしまり、視界がグルンと回って続いてお腹がしまる。上下する振動で吐くものもないのに吐きそうになり、部屋に戻ろうとするわたしを見かねた柳川さんが首根っこ捕まえて小脇に抱えて走り出したのだと理解する。人間ひとり小脇に抱えてこんなに早く走れるものなんだなあ……と感心する間も無く吐き気の波がくる。怒っているからか彼にしてはかなり手荒な運び方だ。
「や、柳川さ〜ん……」
「命と発明どっちが大事だ」
「発明品!」
「ブッ飛ばすぞ」
「ゲェ……」
言動が土井先生より遥かに物騒な柳川さんだが、この人はブッ飛ばすと言ったら間違いなくブッ飛ばす。大人しく小脇に抱えられたままホテルを出て、「もう自分で走れます!」と訴えたら容赦なく地面に落とされた。め、めちゃくちゃ怒ってる……
小脇に抱えられた時の振動と爆発の揺れに耐えられずゲロゲロ言いながら港まで走り、力尽きてしゃがみ込んでいたところでジュリアスがお水をくれた。
「名前さん生きてる?」
「か、辛うじて……?」
「酢昆布食べたら気分良くなるわよ。ほら、食べなさい」
「ウッ……」
酢昆布の臭気にえずきながら(くれるならラムネとかそういう爽やかなやつがよかった。こんなこと姫に言ったら絞められるから言わないけど)、なんとか飲み込み、水で口を濯いだところで神宮寺さんの交渉の甲斐あって栗井栄太御一行プラスわたしもヘリに乗せてもらえることになったらしい。ゲェッ!こんなに吐き気がひどいのに次はヘリ……何を隠そうわたしは行きの豪華客船(のハリボテ)でも酔いに酔って大変だった。なお、過去に真冬の北海道に出稼ぎに行った神宮寺さんに会おうとフェリーで日本海を渡った時も大変だった。今回の件でわたしは今後豪華客船以外の船には絶対乗らないと決意した。
大きな音とともに到着したジェットヘリに皆が続々と乗り込んでいく。わたしはまだ吐き気がおさまらなくて港のアスファルトにへばりついていたら、先に乗ったはずの柳川さんが戻ってきた。
「ジェットヘリだから揺れは大したことない。ほら行くぞ」
上着が何かでぐるぐる巻きにされて今度は俵担ぎだ。もっとロマンチックな担ぎ方はないのか。いや別に柳川さんとロマンスが生まれても困るんだけど……
「むり、絶対吐く、竜王グループのジェットヘリでゲロ吐いた実績ができてしまう……」
「大丈夫だ、もう吐くものも残ってない」
「す、酢昆布……」
「噛まずに飲むからだ」
酢昆布、苦手なんだもん……噛んだら味するし食べなかったら姫が怖いし……柳川さんはわたしの文句なんて聞きもしないでジェットヘリにわたしを積み込んだ。完全に荷物扱いだ。
「名前さん、顔色真っ青ですけど……」
「だ、大丈夫、ちょっと縦揺れに弱いだけだから……」
「大丈夫ですか、東京まで耐えられますか」
「た、耐えます!」
内藤くんと竜王くんにドン引き通り越して心配されてしまった。一応ライバル同士なのに、彼らは優しいな……ずっとそのピュアさは無くさないでほしいな……少なくとも栗井栄太みたいにはならないでほしい。
柳川さんは窓側にわたしを座らせてシートベルトまでつけさせて、袋を握らせて首の向きまで調整した。「あとは好きなだけ吐け」ということである。この緊迫した空間でゲロゲロする勇気は流石にない。
しかしそんな無駄な悩みは飛び立ってすぐの爆発とスワンボートを目指す少女を見てふっ飛んだ。あの娘、逃げ遅れたのか……しかも柳川さんは「助けに行ってもむだだ」とまで言う。内藤くんはその通りだと思ったのか、何も言い返せなかった。ガッツのありそうな娘だというのはわたしもなんとなく感じて入るけど、しかしいくらなんでも……ヘリは彼女に先回りしてボート乗り場上空にたどり着いた。わたしは少女の無事を祈ることしかできない。無事とは?スワンボートに乗って海に出ること?周りに何もないのに?この波の中、人力で陸に辿り着けるのか?地図もないのに?嫌な予感は的中する。
少女の乗ったスワンボートが火柱でふっ飛んだ。数えていないが、ジュリアスによれば最後の爆発だ。
吐き気なんか完全に消え去っていて、わたしは「柳川さん!」と悲鳴を上げた。わたしたちはホバリングするジェットヘリに乗っていて、助けに行くなら彼しかいないと思ったのだ。柳川さんは眉ひとつ動かさずに「黙って座れ」と言う。だって女の子が、吹っ飛ばされて……ひっくり返って海に……動揺して震えの止まらないわたしの手を、姫が後ろから手を伸ばして黙って握った。真っ赤なネイルはヒステリーを起こして噛んだ跡こそ残っているが1本もかけずに残っている。
「なっ、ああいうやつは死なないんだよ」
再び女の子が乗り込んでスワンボートは何事もなかったように動き出した。柳川さんのその声があまりに呑気だったので咄嗟に体の中心を狙ってグーで殴ったけど、当然のことながらびくともしなかった。そもそも体の中心を狙うよう教えたのは柳川さんだ。
スワンボートがどんどん遠ざかっていく。窓にかじりつくようにしてそれを見送った。いくら命が無事とはいえ、これからスワンボートで陸を目指す彼女のことが心配だった。
「大丈夫ですよ」
一同がパーティ計画で盛り上がる中、内藤くんが言った。一瞬誰に話しかけたのかと思ったけど、どうやら窓越しに彼女を見ていたわたし宛てらしかった。
「大丈夫です、ユラさんは強いので」
「ふーん、ならいいけど」
内藤くんがそんな顔をして言うなら、大丈夫なのだろう。わたしは窓の外を見るのをやめて今度こそ体力温存の体勢をとった。しかし興味を失ったわけではない。あの娘が生きていたらまた会えたりするかもしれないし。嫌な感じの悪寒がするので、多分あまり良くない再会の仕方をするような気がしてならない。
「見ろ、無事そうだ。よかったな」
神宮寺さんの声に促されて後ろを見ると、スワンボートは潮の流れに乗れたようでしっかり海を渡っていた。ジェットヘリの速さには流石に敵わず、どんどん離されていくが相当なスピードだ。神宮寺さんの手がポンと頭にのせられる。
「だから大丈夫だって言っただろ」
柳川さんが不機嫌そうな声音でつぶやいた。自分の言葉は信用しないで、内藤くんやリーダーの言葉を信じたのが気に食わなかったのかもしれない。彼は大人気なく内藤くんをライバル視しているし。
「そうですけど、そうなんですけど……」
ぐるぐる巻きにされた上着に顔を埋めると覚えのある匂いがした。ハッとして柳川さんを見ると着ていたはずの小汚い上着がない。上着を借りた手前これ以上文句を言う気にもなれず、わたしは沈黙した。元気にしてたら彼女とはまた会えると信じている。今は、それでいい。
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