隣の星何色

>>麦わらの一味の夢主、他の船の男と交際したいので船長に報告する。


「つ、付き合うことになった〜〜!?!?」
「う、うん。でもまだなの。よその船の人だから、先に船長許可を、と思って」
船上は阿鼻叫喚の大惨事だ。わたしの交際報告のせいだから、耳を塞ぐこともできず立ち尽くす。

ナミがわたしの両肩を掴んで「考え直して、考え直しなさいよーーーっ!あんな男、許せると思う!?!?」とガクガク揺らし、ウソップとチョッパーは「嘘だろーー!?」とわたしの交際相手の男の悪名高さに震え上がった。

続いてロビンが「船を降りたりしないわよね」とたくさんの手と共にわたしに迫った。船長に許されるなら乗り続けたい、とわがままを言うと「……名前の選んだ人だから、反対しないわ」とまとわりついた腕が全て剥がれていった。それ、反対してない人の顔じゃないですよね……

フランキーとブルックは呑気なもので、「男の趣味に口だすつもりはねぇけどよ」「いや私からはなんとも……」と目配せし合って(ブルックの私目配せする眼球ないんですけど!というスカルジョークにはさすがにつきあっていられない)、男の悪口を言う。わたしの好きな人、評判悪すぎ!!ジンベエ親分は付き合いの短い分、出方に悩んでいるらしいが、全然喜んでないのはわかった。

ゾロは「んな事聞いてねぇぞ!」と声を荒げ、サンジくんについては見るに耐えない。「どう゛じで!!」とひどく泣いて甲板に大きな水溜りを作っていた。

そして我らが船長は驚くほど静かで、どうしたものかと思えばぽかんとしていた。皆の騒ぎも耳に入らなかったようだ。が、みるみるうちに険しい顔になって、わたしは「あーあ」と思った。

「絶対、ダメだ!!」
やっぱりね。


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船長許可が降りなかった旨を交際相手(仮)に報告した。電伝虫越しの声でも呆れているのがはっきりわかる。こうなることは互いにわかっていた。「わたしは麦わらのクルーだから、船長許可がほしい」というわがままをこの人が呑んだのは、この人がわたしを大事に思っているからに他ならない。愛されているのは嬉しいけど、やっぱりちょっと恥ずかしい。

電伝虫をかけるわたしの背後では一味の皆がワーワー騒いでいたので、余計彼にため息をつかせた。

「ごめん、またかけるね」
切った瞬間にナミが飛びついてきて「切ったわね!?まだ文句も言い足りないってのに……!」と電伝虫を振り回した。振り回してももう切れてるから電伝虫は死んだような顔で何も言わない。切れててよかった。

「思ったより普通だったな」
「ええ、もっと怒り狂っているものかと」
「普通って……海賊だからって四六時中怖い顔して大暴れしてるわけじゃないのは、みんなもよく知ってるでしょう」
むしろ戦闘終了即切り替えのできる麦わらの一味こそ、その最たるものではないかと思うが口に出せば余計騒がしくなるのはわかっているので黙っておいた。

サンジくんが甲板に作った水溜まりはさっきよりも大きくなっている。チョッパーがつるん、と滑って転んだのを見てモップを取ってこよう、と踵を返す。


サンジくんをどかして甲板にモップをかけた後、(サンジくんはその後も水溜りを拡大させるばかりなので、見かねたフランキーが盥を渡した)人気のないところを求めて船を彷徨い、ひとつの船室にたどり着く。

背中を丸めて何か作業している後ろ姿を見つけた途端、涙が込み上げてきた。火薬調整中は湿気厳禁、と言い聞かせるが溢れる涙は止まらない。嗚咽を聞いて作業していたウソップが振り向く。

「うわぁぁぁぁぁああん!!」
「泣くな泣くな!」
「ウソップ〜〜〜!!!!」
「泣くなって!!」
「やっぱりダメって言われた〜〜!!」
「まあ言うだろうな、ルフィは……」
「言うってわかってたけど、ダメだった〜〜!」
さっきまでのサンジくんと比べ物にならないくらいの泣き方をするわたしに、ウソップは盥を持たせて作業中の道具を端に避けた。大きな金盥を持ってられなくて、座った膝に下ろす。

「おれもお前の好きな相手があいつだとは、さすがに思わなかったけどよ…………」
「言ったら絶対ダメって言われると思って……」
「言うに決まってるだろ!あんな男とわかってお前を差し出すわけがねェ!」
「でも好きなの〜〜〜!!!!」
「散々聞いたからわかってる!」
「うえぇぇぇん!!」
「そうやってルフィの前で泣いて頼めばよかった
だろ……」
「そんなのでぎな゛い゛ぃぃ」
「わかったわかった!」
「本当に好きな゛の゛〜〜!!!!」
金属の盥だからぽちゃんぽちゃんと涙の落ちる音が反響する。

ウソップがベルトにかけていたタオルでわたしの顔を拭き、「あ」と慌てた声をだした。きっとタオルについてた塗料を顔に塗り広げたのだろうけど、わたしはそれどころではないのでますます泣いた。ロビンの耳が壁から生えているから、きっとみんなには筒抜けだろう。恥ずかしいけど今更止まらない。

「うっうっ……」
「ワーッ!泣くな泣くな!」
「ううゔぇぇん…………うわぁぁあん!!」
「泣くなって!!!!」
みんなが船室を覗き込むのが見聞色を使わずともわかったが、当のわたしには振り向く余裕はなかった。

「だって、好きなんだもん……!!」
「わかってるよ。お前らが本気じゃないなんて、誰も思ってない……ただ、お前から聞いてた話とおれの見たあの男が同一人物だとはどうしても思えねえんだよな……」
「おんなじ人だも゛ん゛!!!」
「わかった、わかったって!」
背後で事情を理解したナミが「なんで恋愛相談をウソップにしてるわけ!?私じゃなくて!?」と吠え、完全に巻き込まれたジンベエ親分の「まあまあ」という声が聞こえたが、わたしとウソップの恋愛相談歴は結構長い。この狭いコミュニティの中、進展のない恋愛話をこっそりできるのがウソップしか思いつかなかった。わたしが「他の船の人を好きになった」と打ち明けても、相手を突き止めようとしなかった。

シロップ島にかわいいカヤちゃんを残してきたウソップと、決して名前の言えない思い人がいるわたし。深夜にコソコソ恋愛相談をした回数はふたりの両手両足の数では足りない。情けないことを何度も言ったし、その度に「弱気になってんじゃねぇ!」と励まされた。そしてついに先日、わたしの思い人も同じ気持ちでいるとわかって本当はいちばんに報告したいくらい嬉しかった。実際は船長に筋を通すべく、後になったけど。

「ルフィはすぐに認めねぇのはわかってただろ」
「でも、でも……」
「でも、よかったよ。お前、頑張ったもんな。おめでとう」
「うわぁぁぁぁあああん!ありがとう!!!」
「泣くな泣くな〜〜!!!」
「次はウソップの番だから!!」
「おれ!?おれは、まだっつーか、旅の途中っつーか」
「……いくじなし」
「こんなに慰めてやったのに!?!?」
ウソップが飛びかかってきた拍子に盥の涙が溢れて「何やってるのよ……」と聞き耳を立てていた仲間たちが続々顔を出した。

ロビンが「小さい海ができてるわね」と笑って階段に腰掛けた。すかさずサンジくんがモップをかけたが、「他の船の男なんて……!」と拭いたばかりの海を自分で広げていく。ブルックが「第五の海……さしずめこの船の海サニー・ブルーと言ったところでしょうか?」と笑い、それを聞いたフランキーが「水遊びなら甲板でやれ!」と怒った。階段を降りるルフィの足音がしてわたしは顔を上げた。

「ルフィ!」
ナミが心配そうな顔で見ている。ゾロは厳しい視線をこちらに送る。ルフィを説得するのは、いつもこのふたりだ。頭が良くて、言葉には説得力がある。いつだって仲間と船を守るふたりの言葉は正しい。
「わかってる」
返事をしたルフィはまだ、こわい顔をしている。わたしは覚悟を決めて、もう一度お願いをしようと思う。

「名前」
「船長……」
「船は降りねェよな」
「うん。すごくわがままだけど……どうか、この船に乗ったまま、他の船に好きな人がいることを許してほしい」
「ならいい」
「ほんと!?」
「……でも、相手の男は一発殴るッ!!」
全っ然納得いかねェ!と狭い船室でルフィが暴れた。サンジくんが「そうだ!そうでもしないと気が済まねェ!」とまた水溜まりを作った。噴水の如き勢いに耐えかねてジンベエ親分が傘を差したが、水溜りどころか川になり、チョッパーが流される。それをゾロが回収する。わたしは濡れる濡れる!とウソップが調整中の火薬を慌てて回収するのを手伝った。そして、今どこにいるかさえ知らない彼のことを思う。

ああ、大好きなあなた。わたしのわがままを許してくれたあなた!うちの船長はあなたを一発殴る気満々です。あなたが強いのは知ってるけど、それはさておきルフィはめちゃくちゃ強いです。どうか、サニー号の追いつけない遠くまで逃げてください。お願いだから立ち向かおうとしないでください。

しかしわたしの願いは届かず、この5日後サニー号は彼の船と接近する。そして「一発殴る」の宣言通り、ルフィの拳が彼の顔にめり込むこととなるのだった……


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