正しい愛を教えて


「早くしないと、学校しまっちゃう」
山下先生に化学の質問をしてから、流れで進路相談を兼ねた雑談、あんまりきれいじゃない準備室の掃除、お礼にコーヒーを入れてもらったりしてたら下校時刻ギリギリになってしまった。硲先生に見つかると説教タイムに突入してしまうから小走りで廊下を進む。

その時、教室のドアが半開きになっているのを見つけた。硲先生、施錠についてもうるさいところがあるんだよな、と足を緩めてドアに手をかける。日直ちゃんと仕事しなよね。

「あれ、舞田先生?」
覗き込んだ教室に英語の舞田先生がしゃがみこんでいた。いつも元気な先生の顔色が悪い。

舞田先生は優しくて、かっこよくて、授業もわかりやすくて人気がある。私自身英語は得意で2年の時に留学したりしているので今年新任の舞田先生ともすぐに仲良くなった。何より、私が大好きなJupiterの北斗とも友人らしくて……今はそれはいいか。

「先生、具合悪いの?保健室行く?山下先生呼ぼう、」
呼ぼうか、という提案は即座に破棄された。しゃがみこむ舞田先生の足元にばらばらと花が散っていた。桜の花、こんな時期に咲くはずのない花を見てすぐさま花吐き病だと気付いた。

花吐き病というのは、今や全国どこの学校でも保健体育の授業でアルコールやたばこ、薬物の危険性と並んで教えられる。十数年前はそんなこと習いもしなかったそうだが、研究が進み思春期の子供がかかりやすいことがわかったためだと硲先生は言っていた。

「先生、大丈夫」
「うん、Don't worry……でも触っちゃダメだよ」
先生はざかざかと花を集め、ゴミ袋にまとめた。手を出すこともできず私は先生の細い背中と綺麗な金髪を見ていた。

「先生みたいな素敵な人でも、花を吐くのね」
先生は虚をつかれたような顔をして、それから笑った。いつもと違って無理をしたような顔だったので、私は自分の軽率さに焦った。

「そうだね、俺が先生だからだよ」
いつもの優しくてかっこいい先生とは違って力無い先生の声が、瞳の奥でちろちろと燃える何かが怖くて、私は教室から逃げるように走り去った。

「名前」
舞田先生が名前を呼んだような気がした。気のせいだと思う。先生はいつもミスとかミスターって生徒を呼ぶから。

前も見ないで走っていたら誰かの腰にぶつかった。硲先生だった。いつもだったら怖いのに、さっきの舞田先生の方がずっと怖くて、私はわんわん泣いた。硲先生は私の不明瞭な発言から舞田先生の危機を察し、私の泣き声を聞いて準備室から出てきた山下先生に預けると適切な処置を取るべく去っていった。

それからしばらくして、学校でJupiterのライブがあった。私は学校側の運営担当をしていたので他の生徒より長く彼らを見ることができて役得だった。しかも、なんとあの、北斗と少しだけ会話ができた。とは言っても、彼から「ああ、君が例の」と謎の言葉をかけられ、意味を聞こうにも北斗は翔太くんに呼ばれその場をすぐに離れたので聞けなかったんだけど。北斗が私だけを見たので私にとっては一生忘れられない体験となった。

その次の春に私は高校を卒業した。そして後輩から舞田先生と山下先生と硲先生が学校をやめアイドルになったと聞いた。


先生方はアイドルとしてどんどん有名になり、テレビでその姿を見る日もある。先生方が事務所のライブに参加すると聞いて、私は迷わずチケットを取った。

先生方は、他のアイドルたちに負けないくらい舞台の上でキラキラ輝いていた。

舞田先生の病はどうなったのだろう。サイリウムを振りながら、笑顔を振りまく舞田先生を見つめる。かっこよかった。教員のときの何倍も輝いていた。

「まいたる、こっち向いてー!」
隣の女性のその声を拾ってこちらを振り向いた先生の瞳は、教室で見たあのほの暗い熱を確かに失っておらず、私は密かに先生の病は癒えていないと知った。

たくさんのファンがいる中、先生は私の姿を目に留めて微笑した。間違いなく、音がするほど視線がぶつかった。いつもの満面の笑みと違う大人っぽい笑顔に周りが沸き立つ。私はその瞳の奥に燃える何かの正体を知って、震える手でサイリウムを握り直した。


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