チョコレートキス

お仕事の武器、綺麗なスマイルはマスカラと一緒に完全にオフにして仕事帰りにスーパーに寄ると、お馴染みの真っ赤なパッケージのチョコが山積みになっていた。バレンタインはもちろん母の日にはカーネーションの造花が添えられたり、何かとイベントに便乗しているのは知っていたが、この季節に山積みされているのは珍しい。通り過ぎる際に一瞥、体重が増えたところなので我慢だけど。

「あ…!」
思わず声が出る。山積みにされたチョコの上、にこりと微笑んでいるのは彼だった。祭壇みたいだなと思ってから祭壇はないだろうと自分につっこむ。そんな私にも、彼はにこりと微笑んでくれる。死んでた表情筋がちょっぴり生き返るような心地だ。後ろから近寄ってきた女子高生2人がきゃっきゃっしながらチョコを手に取る。

「えっクリスのファイルもらえるの?買う買う!」
「やば、チョコ2つとか太るよ!やめときなって」
「でもファイルほしいしー、買うでしょ!もーめっちゃイケメン!」
「御幸の方がいいって!エロいよね」
「それならクリスはセクシー路線だから!」
セクシー路線という言葉に噴き出しそうになりながら結局チョコを買っていった女子高生を見送る。イメージキャラクターの点からして、今も昔も御幸に優しいチョコだ。スケート選手のイメージだったけど、野球選手もこういった仕事を受けるのか。まあ、スポンサーだしなあ。

真っ赤なチョコを持って微笑むのはプロになってもミドルネーム呼びが定着しているクリス選手。現在、彼の後輩と日本のイケ捕代表を巡って論議の起こる、球界イケメン代表の1人だ。


真っ赤な背景に、いつもと違う赤のアンダーを着てクリスがバットを振り、また次のカットではキャッチャーミットを構える。マスクを上げてふるりと首をふって汗を払い、優しげに笑う。
「ちゃんと、受け取ったぞ」


「満足したか?」
「青くないクリスって新鮮だね。撮影用?」
「…撮影用だ」
クリスが照れたようにテレビに映る自分を見て、目をそらした。彼の所属球団のスポンサーの商品だ。折々箱でチョコが届くから今回の出演依頼はクリスにとっては断りづらかったのだろう。
「クリス選手もついにCMデビューか」
「…」
「ファイルもらっちゃった。職場で使うんだー」
「欲しかったのか?」
クリスが本気で驚いた顔をした。CMだとか、いつも試合に出る時と違って前髪をおろしているけれど、その金色の目が見開かれているのがよくわかった。
「まあ、欲しくないっていったら嘘になるよね」
「言えばもらってきたのに…」
その言葉には返事をしないでローテーブルに置かれたCMと同じく真っ赤な背景のファイルをぴらりとめくりあげる。マスクを上げて、指示を出しているところだろうか、CMとは打って変わって厳しい顔つきだ。

「あ、チョコ食べる?板チョコだけど」
「…本当に買ったのか」
冷蔵庫から出してキンキンに冷えた板チョコをポキンと折ってクリスは口に運んだ。鳥に餌をやるように私の口にも運んでくれる。

優しい穏やかな顔をしている。怪我をしてからのおよそ1年を遠目に見てきた私が、その1年ずっと願っていた顔だ。本当に若かった。今日見かけた女子高生たちを思い出す。彼女たちはクリスと距離のあった頃の私とちょうど同じくらいの年だった。

「クリスはセクシー路線なんだって」
チョコを差し出すクリスの手がピタリと固まった。
「…何だって?」
「今日クリスはセクシーだねって女子高生が話してたのよ。でね、御幸はエロいんだって。人気者ね」
「セクシーなのは嫌いか?」
「ううん、問題ない。大好き」
クリスの手のチョコに噛み付いてそのまま彼にダイブを決める。怪我に怯えていた頃は手も握れなかった。

かっこいいと憧れの目で見るだけの子達とは違うと優越感さえ感じる。全く性格の悪い女。御幸も、沢村くんも気づいてるか無意識かは別として間違いなく感じている、優越感だ。

クリス先輩は優しいだけの、イケ捕じゃないと全世界に言って回りたいといつか御幸が酔っ払って私にこぼした。それで、長々とシニア時代からクリスとの話を聞かされた。沢村くんもべろんべろんに酔っ払って、師匠は優しいだけの男じゃないところが好きなんですと私に宣戦布告をかました。俺の師匠なんですと散々に絡まれた。
その後、沢村も御幸もそのことは覚えていなかったけど多分嘘ではないし、私は口に出さないけど、間違いなく二人と同じようなことを考えている。

上から押しつぶしてもクリスは笑っているだけで私の背中に腕を回した。
「……何かあったか?」
「んー、外面繕う仕事はお互い大変ね」
歯を磨いて寝よう、続きはベッドで聞こうとクリスは私の脇に手を挟んで立たせた。
なんにも下心のないベッドへのお誘い、とことん今夜は話を聞いてくれるつもりなのだろう。

優しく手を引かれ、洗面所に誘導される。ローテーブルに置かれたクリスが目に入る。マスクを上げた厳しい横顔。ちらりともこちらを見ないけれど、現実のクリスは優しくあたたかい手をしている。そうやってまた、優越感を覚えるのだ。外面ばかりいい嫌な女でごめんね。

「嫌な女でごめんね……本当にね……」
自己嫌悪から思わず小さく謝るとクリスは笑ってキスをくれた。軽い接触でも安くて甘ったるいチョコの味が伝わって気分が浮上する。
「キャッチャーだって色々企んでる。似た者同士だよ」

御幸や沢村くんもまた私に優越感を感じているだろう。私に野球はできないから。でも私は、私しか居座れないこのポジションで2人に優越感を感じてる。ぺろりと唇を舐めるとやはりあのチョコの味がした。甘ったるくて、でも嫌いじゃない。

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