我慢ならない青に

お世話になりました、ありがとう、大学行ってもLINEしてね、同窓会しようね、周りに声をかけながら一歩一歩、私たちは大人へと歩いていく。入学して3年、やっと卒業式だ。

「名前、ボーリング行くよね?」
「カラオケ行こー!」
「行く行く!」

3月初旬、まだまだ寒いかと思ったら日中はこんなに暖かい。最後と思うと名残惜しくて、ブレザーを脱げずにいる。
「名前何食べたい?」
「駅前のオムライス!」
「最近受験やら何やらで全然行ってないもんねー久しぶりだぁ」
「あそこのパフェも食べおさめかー」
いつもお昼を食べていたメンバーと校門へ向かって並んで歩く。こうやって歩くのも、今日で最後だと思うと感慨深くて……ん?

「校門とこ車とまってるね」
「外車だー誰んちの?」
「ってかアヤちゃん松井先生に告白してんだけど!」
「えっ、なになに!本気で好きだったの!」
「ヤバ!!見えない!」
「水道んとこ!……年の差いくつあんの?」
「まっつん30じゃなかった?」
「アヤちゃんやる〜」
桜はまだ咲いてなくて名前のわからない白い花がひらひら舞っている。鳴ちゃんの色だ、と思った。柔らかくて綺麗な、白。

鳴ちゃんは今月末からの開幕に向けて宮崎だか沖縄だかでキャンプに入っている。鳴ちゃんは高校の時からずっと野球がうまかった。都のプリンスはドラフトの争奪戦を経て晴れてプロ野球選手となったのだ。この間、日本シリーズ二連覇したのを見て鳴ちゃんはやはり野球の神様に愛された人なのだと思った。鳴ちゃん。私がずっと大好きな鳴ちゃん。

鳴ちゃんとのつきあいもそこそこになるけど、大人になっても鳴ちゃんはかっこいい。鳴ちゃんの試合を見に球場に行けば、これが私の贔屓なんかじゃないことがよくわかる。球場にいる女性ファンの7割が鳴ちゃんのユニフォームを着ていたのを見た私の気持ちがわかるだろうか?卒倒するかと思った。ちなみに絶対勝つから見に来て!と言われて渡されたチケットの値段を知った時も卒倒するかと思った。高校の時のチームメイトの妹にポンと渡すようなものじゃないことは確かだ。

それで鳴ちゃんは昨日、電話をくれた。高校卒業おめでとうって。いつも長々と話す鳴ちゃんが、それだけだからって言ってあっさり電話を切った時私はちょっとだけ泣いた。もっとなんかあるかと思ってた。

私は鳴ちゃんより4つも年が下だし、関係を言うなら高校でのチームメイトの妹、ただそれだけだ。鳴ちゃんが中学生だった私を気にかけてくれて、ファン1号にしてくれて、甲子園に行って有名になっても、プロになって日本野球界の鳴ちゃんになっても、こうやって大事にしてくれるだけで本当は私は世界中に感謝しなくちゃいけない。我儘なのだ。お兄ちゃんは散々鳴ちゃんを我儘だなんだって言ったけど、妹の方がずっーと我儘だ。身の程知らず!と一回怒ってくれてもいい。

それでもやっぱり、鳴ちゃんがあっさり電話を切ったのはさみしかったなあ、久しぶりだったのに……
「ちょっと、名前聞いてる?」
「……全然聞いてなかった」
……になぁ。
「ごめん、なんの話してた?」
「薄情者ー!アヤちゃん泣いちゃったよ」
「松井先生もさすがに生徒とはNGか」
「やっぱ年の差あるとダメなんかなぁ」
「あ、車、誰か来た!若い男!」
「誰?誰かんちのお兄ちゃん?」
きゃっきゃとはしゃぐ友人たちに倣って、さて若い男か、と校門を見る。

スーツ姿の若い男性が車の左ドアを開けて、降りてきた。サングラスをしているから顔はわからない。でも、息がつまった。あの髪、間違いなく。最後に顔を合わせたのはいつだったっけ?会うたびにかっこよくなってる気がする。彼がうつむかせていた顔をそっとあげて……私を見て、間違いなく私を見つけて、笑った。

その笑顔を見た途端、こらえきれなくなって走り出した。
「あっ、ちょっと名前ー!」
「どうしたー?!」

ローファーでこんなに全力疾走したのは初めてだ。最初で最後だ。顔が熱い。身体中に血が回って、心臓がばくばくする。

「鳴ちゃんっ」
そのままに抱きつくと鳴ちゃんは余裕ぶった態度を崩さないままに受け止めた。国宝級のピッチャーだもの、って遠慮してた私に嬉しそうにしながらも175センチナメんな!って言ったの覚えてるよ。そこからまた背が伸びて、今は何センチになったんだろう。実はあの時、174センチだったのも知ってる。

「鳴ちゃん、来てくれたの!」
「驚いた?」
「すごく!」
「そう、卒業おめでと」
「ありがと!すごく嬉しい!」
サングラスをそっと外した下にきれいな青い目が現れる。絶対かけてない方がいい。

「まあ、今日は……卒業祝いだけじゃないんだけどさ」
「……どういうこと?」
鳴ちゃんが困ったように、視線を逸らした。変な鳴ちゃん。

「……鳴ちゃん?」
「……えーっと……なんていうか、今日はさぁ」
「ん?どうしたの?」

逡巡するように青い目が私を頭の先からつま先までめぐる。
「なんていうか……名前も卒業したわけだし?申し込みに来たっていうか……ほんとにわかんねぇの?」
結局鳴ちゃんは察しろよとでも言いたげに言葉にするのを諦めた。本当に変な鳴ちゃん。
「鳴ちゃんがはっきり言わないの、珍しいね」

私の一言に鳴ちゃんは額に青筋を立てた。鳴ちゃんは大人になっても変わらず短気だ。
「今日はっ!!俺とっ!お付き合いしてって言いに来たのっ!わざわざっ!結婚しよう!……結婚は大学出てからでいいからっ!わかった!?」
下までいった青い目がぱっと上げられる。私の腕を掴む力はすごく強くて、さすがピッチャーだなって思うと同時にいつも手加減してくれてたのかな、って嬉しくなる。……っていうか、鳴ちゃんなんて言った?

「……鳴ちゃん、宮崎からわざわざこれだけのために来たの……?」
「は!?これだけのためって何!?あとキャンプ、沖縄だから!で!?俺の一世一代の告白をこれだけとか言うわけ!どこに文句があんのさ!言えるもんなら言ってみろ!」
くわっと鳴ちゃんの青い目が見開かれる。さすが日本代表候補の気迫。
「鳴ちゃん、人前だよ……」

はっとした様子の鳴ちゃんが、とりあえず乗って、と不機嫌に右側のドアを開けた。頭をぶつけないよう誘導してくれて、ふかふかのシートに座る。回り込んで反対側の運転席に鳴ちゃんが座った。ぶすくれた顔をしている。
「とりあえず、出るよ。忘れ物ないよね?」
「あっ……うん……」
驚くほど静かに車が発進する。あれほど惜しんだのに呆気なく高校の門を出てしまった。

「シートベルト」
短い言葉にはっとしてシートベルトをしめる。左側でハンドルを持つ鳴ちゃんが新鮮で思わず凝視した。

「……なに?」
「免許持ってたんだね」
「馬鹿にしてんの?」
赤信号に引っかかって、車が静かに一時停止した。免許”取れたんだね”とは聞かなあったのに。っていうか運転が予想以上に丁寧で驚く。

「あ、そうだこれ」
「何?」
「これ、あげる」
鳴ちゃんが後部座席から取り上げたのは、小さなブーケだった。
「かわいい!」
「俺が選んだんだもん、当然でしょ」
「ありがとう、でもちょっと意外」
「でかい花束持ってくるかと思った?」
「うん」
「うわ、即答とかムカつく!」
鳴ちゃんはお兄ちゃんいわく「すっげーイラつく笑顔」をして見せた。私にとっては世界でいちばん輝いてる笑顔だから問題ない。車がまたゆっくりと発進して、鳴ちゃんの運転技術を信頼してシートに体を預けた。


「さっき言ったことだけどさ」
「……うん」
「お付き合いしよう。名前に拒否権ないけど……なんか言いたいことある?」
何も言いたいことがないので、運転する鳴ちゃんの横顔をとっくりと見つめた。マウンドに立っている時もそうだけど、鳴ちゃんの横顔は本当にかっこいいのだ。あ、やっぱり言いたいことあった。

「……鳴ちゃん、私のこと好きだったんだね」
「バカにしてんの?」
ハンドルを握った日本一のピッチャーの手に筋が浮く。
「だって、本当に信じられなくて」

LINEのグループに「名前どうしたの?」「誰?」「ばっか、彼氏でしょ」「独り身とか嘘かよ〜」「名前誘拐じゃないよね?」とどんどん通知がくる。スタンプすらない。「誘拐じゃないよ!先に抜けてごめん〜」と返すと次々に「デート?デート?」「幸せにねー」「自分だけ彼氏作りやがって」「のろけはいらん」「あれって噂の鳴ちゃん?」と返される。

「鳴ちゃん、どこいくの」
「ご飯。卒業祝いと今後の相談する」

静かに車が街を走っていく。大人の鳴ちゃんは、私をどこに連れてって行ってくれるのだろうか。

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