雪が降ると君が愛しくて困る

(降谷くんプロ2年めくらいの冬)

寒い?と暁が言ってうん、ちょっとねと生返事を返す。じれったく暁の指先がわたしのコートを掠めては去り、その後にぎゅうと折り曲げられたのが視界の端に映る。

「北海道って本当に寒いのね」
「まあ本州よりは……寒いかも」
今度は暁が生返事を返す。暁の意識が触れては離れる指先にいってることは手に取るようにわかった。繋ぎたいなら繋げばいいのに、暁の表情を伺っても何の動揺も表には出ていない。昔だったら顔に出ないだけだねと片付けていたけど年を重ねてプロの世界で戦うようになって表情を隠すのが上手くなったのは否定できないと思う。

「今年、すごかったね」
「うん」
「こっちでもね、代表のことも大きく取り上げられてたし、テレビよく出てたよ」
「うん」
何でこんなに面白くない会話しかできないんだろう。そんなの暁は興味ないことだろうに、私は思いついた言葉で会話を繋ぐ。暁の意識はやっぱり触れるだけの指先に逸れたまま。私は暁から視線を外して雪の中で鈍く光る街灯を眺めた。目を奪われる、昔に北海道旅行のガイドブックで見たままの景色だ。その時、踏みしめたはずの地面が動いた。

「うわっ!」
地面が動いたわけじゃなくて、雪が固まった路面に足を滑らせた。咄嗟に橋の欄干に掴まるも、飛び散った雪が冷たい。東京も溶けた雪は夜に凍るけど、札幌は夜の寒さが強いからか範囲が段違いだ。
「あはは、焦ったー」
「……」
暁が中途半端に手を伸ばした姿勢で固まっていた。顔が変に強張っていて、暁の曲げた指先は当然届かなかった。
「……大丈夫?」
「それは君でしょ」
「私は……ちゃんと掴まったし……どこもぶつけてないよ」
ぎこちなく暁が体勢を戻して、そっぽを向いた。ちらちらと降り出した雪が暁のコートに落ちた。拗ねているのだとようやく気付いて呆れた。体は高校生の頃よりもずっと大きくなったのにこういうところはまだ、変わらないままだ。

「暁に掴まるわけないでしょ」
「君にしがみつかれたくらいで倒れるような鍛え方してない」
「2人して転んだら困るでしょ」
「困らない」
「困るよ。プロなんだから」
「君は、困らないの」
暁は、そろそろ自分の握力がどれだけあるのか自覚した方がいいな。ぐいっと肩を掴まれて無理やり目線を合わせられる。指が肩にめり込むのを感じて痛いよと言うと、力が緩み、暁は困った顔でごめんと言った。

「困るよ。暁が、しなくていい怪我をするのは嫌」
「僕だって、君が怪我をするのは嫌だ」

暁はどうしてまだ、そういう顔ができるんだろう。高校生の時のなんにも知らなかった頃の顔をする。私は、昔は一緒に高校生だったはずなのに君より1年早く高校を卒業して、大学生になって色々知って、プロになっても変わらない暁のそういうところを眩しく感じる。

「ごめん」
「えっどうして」
「傷ついた顔したから」
「そんなこと、ないよ」
暁は納得いかないという顔をして沈黙したけどホテルまで送る、と言葉を続けた。そういえば、少しだけの散歩のつもりが思いのほか長くなってしまった。
「冷えてない?平気?」
「君は?」
「ちょっと……寒いかな」
「僕は全然平気」
暁はマフラーを解いてコートの襟を立て、私の首にマフラーを引っ掛けた。全然平気という顔が得意げでそういえば彼は同じ北海道でもここより寒いところの出身だったと思い出す。筋肉量も全然違うし、ほんとに平気そうな顔をしている。
「名前、早く帰ろう」
暁がまた躊躇うみたいに指先に触れて、また離れていった。焦れったいなあ、触れ合ってすぐに離れ離れになる指先のことを考えて返事が適当になる。

隣をてくてく歩く暁はてっきり今日もスポーツ用のウインドブレーカーとかを着てくるのかと思ったら、ロングコートにブルーチェックのマフラーというおしゃれな組み合わせだった。貸してくれたマフラーはバーバリーのサイトで見たやつと似てるなと思った。クリスマスプレゼントにと思ったけど買わなくて正解だった。暁はバーバリーとか選ばなそうだと思って狙ってたけど案外選ぶんだな、プロだから服装のことも言われるんだろうな、ならクリスマスプレゼントは何にしよう。年末の休みに合わせてまた会う予定だからクリスマス当日には会えない。バーバリーが被ったし聞いてみてもいいかもしれない。

「クリスマスプレゼント、何がいい?」
「え?」
「あのね、思いつかなくて、」
「手を」
「え?」
暁が食い気味に答えて、薄い色をした目がしっかりと私に向けられた。雪を照らす街灯の光にも負けずに、マウンドの上でもなく冬なのに、きらきら光っている。

「手を、繋いでほしい」
ぽかんとした私に暁が繰り返した。手を繋いでほしいんだけど。聞こえてなかったわけじゃない、驚いただけで。

「安上がりだね」
互いに手袋をしたまま、暁に向けて手を出した。暁が黙って口元だけ笑みを浮かべて手を重ねて、指先を絡めてからロングコートのポケットにしまった。そこまでの動作はせっかくかっこよかったのに、そのあとじーんときた顔をしたので笑ってしまった。大人らしくてかっこいい顔もするようになったけど暁は何も変わらない。

「クリスマスプレゼントね、今年バーバリーのマフラーがいいかなと思ってたの。カシミヤのやつ。でも持ってたんだね」
「君が、前に似合いそうって言ったから」
暁はぽろっと口にした後にしまったという顔をした。ちゃんと聞いてたんだ、と言うと暁は渋い顔をする。1年目の時はいつ会いに行っても慣れない環境に疲れた顔をしていたしだいたい寝てたから覚えてると思わなかった。
「でも、選んでくれるならそっちがいい。これは君にあげるから、クリスマスはそれがいい」
暁はなんてことないみたいにそう言って早く戻ろうと私の手を引いた。

「そうだ、僕も君に聞こうと思ってた」
「何を?」
「指輪のサイズ、いくつ?先輩がちゃんと聞いてからじゃないと買うときに困るって……」
馬鹿正直にこの流れで聞いてくる暁が可愛くて仕方ない。バレバレのクリスマスプレゼントはいったいどんな指輪をくれるんだろう。意地悪したくて、わからないから後で測ってねと頼めば全然堪えた様子もないポーカーフェイスでいいよと言った。



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