バビロンへの道
次のバラエティの台本、先日僕が取り上げられたファッション誌、雨彦さんのインタビュー、クリスさんの写真が大きく載ったカタログ、3人揃ってCMに出た冬季限定チョコとそのQUOカード、そのほかたくさんの紙類にテーブルに広げていた。1人ずつの仕事も多いからたまにはこういうことをして互いの仕事を見てみるけれど、やっぱり任される仕事はそれぞれ違う。需要が被ってないってことで、それはそれでいいよねー。
雨彦さんが時計を見上げてクリスさんは腕時計を見て、僕はスマホの画面を点灯させた。プロデューサーさんと約束していたんだけど、遅いね。あの人は遅れるときは遅れますと必ず連絡をくれるけど何かあったのだろうか。メッセージアプリを開いて3人揃って事務所で待ってますよのメッセージと鉛筆描きのアザラシが手(ひれ?)を振っているスタンプを押した。既読はつかない。約束忘れちゃったのかなー、と手元から視線を上げると2人が此方を見ていた。
「忙しいみたいだねー」
「あと5分待ったら電話してみるか」
雨彦さんがまた時計を見てそれから視線をまた手元に戻した。道が混んでいるのかもしれない。知り合いに捕まって営業中なのかもしれない。クリスさんも黙って手元の雑誌に視線を落とす。テレビガイドにはサイバネティクスウォーズのおさらい記事が載っている。
すぐにバタバタと足音がして、乱暴に事務所のドアが開かれた。名前さんだ。焦った顔をして、額からはこの寒いのに汗が垂れている。何より目を引くのは両手に下げた白いビニール袋だった。不自然に大暴れする、その袋には一体何が入っているのか。ビッタンバッタンという動きから何となく予想はつくけど。
「う、うなぎ捌ける人いるぅ…!?」
名前さんの悲痛な声にクリスさんがガタンと大きな音を立てて立ち上がった。
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出先で魚をもらってしまった。しかも生きてるやつを。
商店街ロケでマスのつかみ取り大会に飛び入り参加することになった神速一魂ともふもふえんは見事大漁、お魚は商店街の人や他の参加者に分けてもたくさん余った。アイドル達は次の仕事が控えていたので彼らを送り届けたのち私は両手にビニール袋を下げ帰社した次第である。
「うわー大漁だねー」
嬉々として新聞紙を広げた上で怒涛の勢いでマスを捌くクリスさんを横目に私と想楽くんはビニール袋のマスを並べちまちまとマスをさばいた。雨彦さんは目打ち釘代わりの釘を探しに行った。
「マスのつかみ取りだったんでしょ?どうしてウナギがいるのー?」
「ウナギが数匹入ってたらしくてね……いると聞いたらまあ果敢にチャレンジしそうな人たちがいるよね」
「ああ……」
それまでマスをすくっては投げ掴んでは投げを繰り返していた朱雀くんと志狼くんはウナギの存在を知るないなや蒲焼きモードに入り、蒲焼き確保のためにウナギに飛びかかった次第である。かのんくん直央くんと2人の面倒を見ながらマスを獲っていた玄武くんの3人までも「朱雀!5人前だからな!」「かのんも蒲焼き食べたーい!」「志狼くん朱雀くん頑張ってー!」と煽るものだから2人はいっそう燃え上がりぬるぬると逃げ回るウナギと闘ったのであった。
一連の流れを想楽くんに話して聞かせるとそうだと思ったと言わんばかりの顔をした。5人も魚は皆で食べてねと言ってくれたので社長が屋上で準備をしてくれている。急遽焼き魚パーティーが決まったことを告知したのでこれからアイドル達が集まってくるはずだ。
「名前、残りを貸してください」
「さすがの速さですね」
エプロンに血がほとんど飛んでない上に、辺り一面血生臭いはずがクリスさんはきらきらのオーラを背負っているように見える。クリスさんは私たちの手元を見て、マスは終わりそうですからウナギを始めましょうかとウナギの首(首?)をひっ掴んだ。静かにしていたウナギがまた大暴れするも全く動じず1匹連れていかれた。ドナドナドーナー……想楽くんが小さく口ずさみ、まな板がわりの木板にはウナギが押し付けられてクリスさんの視線を一身に受け止めている。
「すごい……私ウナギだけはダメで……」
最後の1匹の内臓を引きずり出した想楽くんが手を洗ってそういえば嫌いなんだっけと私に尋ねた。ビビりながら頷くとちょうど目打ち釘かわりの釘を持ってきた雨彦さんがクリスさんに釘を渡して、クリスさんが本当は冷凍室で仮死状態にさせるのですが……と前置きし大暴れのウナギに釘を突き刺した。
「ひ、ひえー!!」
「元気だね……」
「ああ、うまそうだな」
三者三様の反応の中クリスさんは背割りですか腹割りですかと振り返り、雨彦さんが腹割りだなと答えて想楽くんもそれに頷いた。関西人だなあと感心しているうちにクリスさんはリクエスト通りの腹割りにして中骨まで綺麗にとってしまった。
「そういえば名前はウナギが苦手でしたね」
2匹目をむんずと掴んだクリスさんが私を振り返った。捌いたウナギを串に刺している雨彦さんも休憩中の想楽くんも視線をよこした。
「なんか嫌な思い出があるんでしょ?」
「そんな話よく覚えてるね……」
「ふふ、まあねー」
子供の頃、私もマスのつかみ取り大会に参加したことがあり、朱雀くん志狼くんと同じようにウナギを捕まえて帰った。家には当然ウナギを捌くための道具などなく、仮死状態にする方法も分からず、包丁の峰で頭をたたいて気絶させようと母が奮闘したのだが……
「う、うなぎが怒って……プクーってほっぺが膨らんだんです!痛いよー痛いよーってうなぎが怒って……」
それ以来うなぎを食べると怒るうなぎがちらつくのだ。思い出すだけで震える。想楽くんが怖かったねーと頭を撫でた。雨彦さんも生暖かい目で可哀想になあと笑って串刺しのうなぎを手に屋上へ上がっていく。出来上がったものから社長が焼いてくれるはずだ。
「そうは言ってもうなぎはレチノールが豊富なんですよ。養殖資源の問題は深刻ですが……」
クリスさんが暴れる3匹めのうなぎを手にしつつ肩越しに振り返る。せっかく手に入ったものですから若者たちに美味しく食べていただきましょうと釘を振りかぶった。
そろそろグループへのメッセージを見た事務所のお兄さんたちが集まって来る頃ではなかろうか。輝さんからジュース買ってくからなー!とメッセージがあって学生からの感謝のスタンプが押されている。お魚捕獲組のみんな、ありがとう!お仕事お疲れ様!という翼くんのメッセージにはお魚の絵文字付き、タケルくんは万歳した猫のスタンプを押している。地方で仕事中の咲ちゃんが食べたかったよー!とメッセージをくれた。また何か今度やりましょうと今はまだ大学にいる山村くんが返した。5人はまだ蒲焼きを楽しみに仕事中らしくメッセージは来ていない。
「魚で若者が喜ぶ……喜ばしいことです」
クリスさんが喜びを噛み締め、降りてこない雨彦さんに代わり想楽くんが串にうなぎを刺していく。
「名前さん、そういえば僕たち、今日は魚を捌きに来たわけじゃないんだよねー」
「……あっ!!!」
すっかり忘れていた!魚に気を取られて仕事を忘れていたと顔を青くする私にクリスさんと想楽くんが苦笑した。
「今日は塩焼きを食べながら会議でもいいですか……?」
「ええ、構いません」
「たまにはいいよねー」
2人が頷いて私はひたすらに反省する。うなぎの恐怖を前に仕事を忘れるだなんて……雨彦さんがとんとんとリズムよく階段を降りる音がして、窓の外が騒がしくなってきた。まずは魚を焼いて焼いて焼いて、それから会議だ。
「イェーイ塩焼きっすーー!!!」
ばたばたと高校生が飛び込んでくる。まずは塩焼き、塩焼き、塩焼き、腹ごしらえを終えたら今度こそお仕事。今度こそ忘れないように頭に叩き込んで、私は捌き終えたマスを屋上に運ぶべく立ち上がった。
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