繰り返し巻き戻し


お祝いに何か食べに行こうかと水月が言ってわたしと陽太は顔を見合わせて「何か」の部分を考えて、困った。もちろんわたしが支払いは持つよと上機嫌な水月は続ける。学生ながら兄とベンチャー企業を経営している水月は羽振りがいい。頭脳明晰な颯馬の方が水月の経済活動に詳しいが、あの颯馬が尊敬し、わたしは水月と遊びに行って財布を出したことがないくらいにはやつは稼いでいる。

颯馬が「いいですね、先輩は何がいいですか」なんて偏食の水月を気遣って聞いて、燎が「お前が出禁になってない店でなおかつ水月が食えるものがある店選ばねえとだからめんどくせえな」とはっきり言ったので、颯馬が目を三角にして怒ったし水月は大して気にせず「お気遣いありがとう」なんて2人のやりとりに笑っている。確かに颯馬が出禁になってなくて、水月でもいけそうなところがこの広い第7学区といえども何軒あるのか。まあ何軒かはあるだろう。選びやすくて逆にいい。

「陽太は何が食べたい?」
この上なく嬉しそうに笑って水月が陽太にも尋ねる。
陽太はおうちが厳しいこともあって、私たちにとってはいたって普通のものを食べたことがなかったりする。そのかわり食べた時の反応がすっごくかわいいから水月も燎も颯馬ももちろんわたしも、あとは小田原先生や臼杵先生も陽太に餌付けしたがるし構ってしまう。円城寺もたぶん陰からチャンスを狙っている。わたしに至っては、構いすぎて怒られることもしばしば。子供扱いやめてください!って怒るそんな顔までかわいいんだけど。

「うーん僕は特に思いつかないなあ……名前先輩はどうですか?」
「待ってね今颯馬が出禁になってない店探すから……」
颯馬が画面をスクロールするわたしを見て「先輩までそんなこと言うんですね」なんて拗ねた顔してかわいいことを言うから後輩が大好きな身としては困ってしまう。ただ、1つだけ言わせてもらうなら、そんなことを言うくらいなら店の経営を傾かせるようなフードファイティングはやめてほしい。メガネに涼しい瞳、というインテリを感じさせる見た目のくせに燃費がめちゃくちゃ悪いからフードファイティングすることは仕方ないといえば仕方ないんだけど。

「あ、私あれ食べたい。洞窟みたいな店のパスタ」
「ああ、名前がはしゃいでたタコのパスタの?」
「そう……はしゃいでないけど……美味しかったよね」
前に水月と食べにいった、洞窟みたいに丸い天井から下げられたペンダントライトがおしゃれな店を思い出す。まるごとのちっちゃいタコが入ったパスタがかわいくて味も抜群に美味しくて「いつか歌唱部で来たいね」と水月と話した。デザートのパフェも季節ごとに変わるらしくて絶対陽太に食べさせたいなと思ったんだよ、と陽太に言えば「もう、僕は別にパフェが好きなわけじゃないんですってば」と恥ずかしそうに怒られた。陽太は小田原先生から光司とパフェ食べてるなうと写真付きでメールがきた時のわたしの気持ちを知らないからそんなことを言えるのだ。光司のはじめてを満喫する先生たちに笑顔の陽太。正直めちゃくちゃ羨ましかった。

「颯馬と燎もそこでいい?パスタだけじゃなくてピザとかもあったよ」
「俺様はなんだって食えりゃあいいよ」
「全くお前は……名前先輩、僕はそちらで大丈夫です」
颯馬と燎がいいって言うならいいんだろう。水月を見ると頷かれたのでわたしは予約の電話をしようとし、後輩たちが散らばった書類やら記録用タブレットを片付け帰り支度を始めた。

片付けられていく中に陽太の笑顔が眩しい学園紹介パンフレットがあった。あとで3枚くらいもらおう。小田原先生あたりに強請れば観賞用保存用予備の3枚くらいはくれそうだし。どうせたくさん集めるだろう水月に分けてもらうのでもいい。東本の手も借りたらもっと集まるかな。
「あっそうだ、今日東本は来るの?」
「俺だって今日くらいは顔を出すよ」
「じゃあ6人で予約するね」
「予約した。今から行きますって言っといたよ」
「東本早!ありがとね」
「ネット予約だからね」
水月とパソコンで通話中の東本が画面に姿は映らないまま声だけした。「桂士、出かける用意をしてるみたい」と水月が嬉しそうに耳打ちしてきた。珍しい。引きこもりな上にいつもかわいい後輩たちにたじたじな東本だけど彼だって歌唱部の仲間なので、あんまり茶化すのも悪いかなと思って私はへーと軽く返すにとどめておいた。

「桂士も嬉しいんだよね?」
「水月がいちばん喜んでるくせに」
「そうかな?名前だって同じくらい喜んでたよ。ね?」
幼馴染特権で容赦なく揶揄う水月に、わたしに話を振るなと手で示すと水色の目を細めて肩をすくめるだけに留まった。あんまり茶化すと東本、来なくなるぞ。柄にもなく浮かれている水月がいちばん喜んでいるのかもしれない。

「先輩!片付けできました!」
「陽太、ありがとう。颯馬も」
「2人ともありがと。燎、電気消して。あれわたしのスマホどこだ?」
「あ、ここです」
ソファに置きっ放しにしてたスマホを陽太が拾って渡してくれる。ボタンを押すと歌唱部男子が総出演した音楽祭の写真がホームに設定されている。間違いなくわたしのスマホだ。
「先輩、音楽祭の時の写真にしてるんですね」
「うん。東本もいる写真あんまり無いから」
「名前も出たら歌唱部総出演だったのによ」
「女子1人だけとか絶対やだったんだもん」
「次は一緒に出ましょう?そしたら今度こそ歌唱部総出演ですよ」
「えー」
笑顔の水月がぎこちない顔の東本の肩に手を回し、燎と陽太と颯馬が三者三様のピースをしていて、東本と燎に挟まれた1人だけ制服のわたしが東本の手を無理やりあげさせてる、ステージ終わりに撮った写真だ。美化部後輩の応援のためわたしと同じくステージ裏に来ていた一乗谷が撮ってくれたやつ。

水月が間違いなく部室の鍵を閉めて、校舎の窓から見える空はすっかり赤くなっていた。
「桂士が待ちくたびれる前に行こうか」
「そうですね、桂士先輩を待たせるのも申し訳ないですし」
さっさと歩き始める4人を後ろから眺める。水月の気まぐれで始めた歌唱部だけどこんなになるなんて思ってもいなかった。春がきたらわたしたち3年は卒業するから、このメンバーでいるのはたった1年だけ。毎日が卒業までのカウントダウンだけどわたし達はその話をしない。陽太たち後輩も来年の話をしない。わたしたちはいつかくるかもしれない日の話をしない。わたしたちの間にあるのは今現在の話だけだった。

「先輩?どうしたんですか」
歩くのが遅れたわたしのところまで陽太が戻ってきて、カバンについたメンダコのストラップが揺れた。あれは、たしか沖縄に陽太が修学旅行で行った時に買ったものだったか。日焼けして帰ってきた陽太、同じく南に行ったはずが大して変わらなかった颯馬、燎が北海道の動物園でメロメロになって水月が三ツ星ホテルを予約して、わたしは絶対行かないという東本を最後なんだからって引っ張ってあんまり遠くない観光地に行った。

「ん?楽しかったなあっていろいろ思い出してた。水月には振り回されてばっかりだけど」
「ふふ、僕も歌唱部楽しいです」
「ほんとか?陽太、騙されてねえか?」
「水月先輩、僕は先輩に誘っていただいて感謝してますよ」
「陽太と颯馬の分はわたしが払うからね、2人は今日は好きなだけ食べるといいよ」
「ちょっと!水月!今日は水月のおごりでしょ!?お祝いの分はわたしが出すからねって言ったじゃん!そういう話だったじゃん!」
「水月ぃ!」
わたしは知らないよと水月が手をひらひら振ってさっさと階段を降りていく。おごりの言質を取った颯馬が上機嫌で続き、陽太はいい子だからあわあわして、わたしと燎は慌てて水月のご機嫌伺いに出る。
「お願い!部長!インテリ!ビジネスマン!若手ベンチャーの星!鑑香水月せんぱあい!」
ピピピとわたしのスマホが鳴って東本が「何してるの?早く来なよ」と耳元でつまらなそうに言う。
「もう着いちゃった?ごめん、すぐ行くから!」
「どうせまた大騒ぎしてるんだろ」
「そうなの!水月が意地悪するからー」
「わたしのせい、か」
「うっ違いますわたしが水月の悪口言ってたからです!」
「……なんでもいいから早く来てよ」
ブチっと通話が終了する合図がして、せっかく外に出た引きこもりをこれ以上待たすまいと慌ててみんなで校門を出る。

去年まではこんな大所帯で帰ることなんてなかったから歩きにくいし不思議な感じ。でも、全然嫌じゃなかった。陽太と颯馬が楽しそうにわたしに話しかけてきて、燎は水月に揶揄われている。スマホは待ちくたびれた東本からのスタンプ連打で震えている。ずっとこのまま続けばいいのに。


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