レーザービーム
スーツの胸ポケットからブロマイドを取り出した。この数年で何度もこうして取り出しては眺めて戻しているからすっかり角は丸くなってしまった。同じ写真も、新しいものも、探せばあるのに捨てるに捨てられない理由はわかっている。
「プロデューサーさん、何を見てるんですか」
「あれ麗花、もうレッスンの時間?」
「んーそうですね?」
麗花は可愛らしく首を傾げてわざわざ私のシャツの袖をめくって私の手首に巻かれた腕時計を見た。ちょっと早かったみたいですねーとまたシャツの袖を戻す。
「恋人の写真ですか?」
「い、いやそういうのでは……」
他人の恋愛のことなら、恥ずかしがりもしないで首を突っ込むのだなと私は麗花の髪が動きに合わせて揺れるのを見た。麗花のことはいまだによくわからない。
「んー……プロデューサーさんみたいな普通の人はどんな人を好きになるんでしょう?気になります」
「だから、恋人の写真じゃないって」
「気になります!なので見せてくださーい」
麗花は翻弄されるうちにしまい損なったブロマイドを奪い去り、私があっとかだめ、とか言いながらじたばた抵抗するのを躱して写真を眺めた。何を言われるのだろう、と冷や汗が垂れる。
「プロデューサーさんみたいな凡人は、こういう人が好きなんですね」
「だから、ちが」
「でも嫌いじゃないんですよね?」
麗花はまた首を傾けて、不思議そうに私に尋ねた。麗花の言葉に悪意はないとわかっていてもどうしても否定したくなってしまう。麗花は素直だ。まっすぐに私を見るので私は耐えかねて嫌いじゃない、と麗花に言葉を返した。
「やっぱりそうなんじゃないですか!はい、これ返します!」
「ああ、どうも……」
麗花はポンと私の手のひらにブロマイドを返してさて、レッスンレッスン!と気持ちを切り替えた。こういうところは見ていて呆れるくらいに清々しい。私は麗花から返されたブロマイドをちらりと見てからポケットに戻した。微笑む天ヶ瀬冬馬の姿は裏返せばすぐに見えなくなる。明日も麗花に振り回されることを思ってため息が出た。
麗花のことは、実はよくわからない。担当になる前もなってからも、彼女の突飛な行動に振り回されている。茜もよくプリンを食べられただのと泣きついてくるけど、なんだかんだで付き合って2人は仲がいい。彼女の言うところの凡人にはやっぱり彼女を理解し得ないのかもしれない。
その後麗花のレッスンが無事終わって他の書類を片付けて仕舞えば、事務所には今日するべき仕事はほとんどないように思われた。明日やることは明日に回してたまには早く帰りたい。明日はシアターの公演の企画会議、それから桃子を迎えにいってドラマの撮影だから向こうに挨拶をして、可奈は新曲の打ち合わせ、合間に書類仕事を済ませたいしシアターでレッスンをする子たちの様子も見たい。やることばっかりだ。コートを羽織りマフラーを巻きながら、暖房や電気を確認した。電気代もばかにはならない。
戸締りをしてシアターを出ると建物影に男の姿が見えた。アイドルの出待ちか?出待ちにしては遅すぎる、一応スマホのロックを解除して近寄るとどうやら見覚えのあるアホ毛だった。
「天ヶ瀬」
「……きちゃった」
「き、きちゃったじゃないでしょ。きちゃったって……こんな遅くまで……」
「う、うるせえ。さっき来たところだし連絡入れただろ」
「み、見てない。ごめん」
「見ろよ」
天ヶ瀬はじろりと私のスマホを睨んでたまには飯食いに行こうぜと先に歩き出した。スマホを確認するとそのような文面がしばらく前に届いていた。
話すのは、いつも仕事の話ばかりだった。最近どう?と聞けば仕事の話を返されるし、最後は必ずあんたらには絶対負けないという宣戦布告で締められる。私もかわいい私のアイドルたちの代わりにうちの子達が負けるわけないと返して天ヶ瀬冬馬はいつも上等だと言って。
「この前学校で撮影があって」
「どこの撮影所?茨城のとこ?」
「いや、自分の高校」
「へえ……楽しかった?」
「?ああ」
「いや、御手洗はそういうの嫌がるだろうなと思って」
「ああ……」
学校は楽しい?とか友達はいるの?と聞くのはためらわれた。御手洗翔太もそうだが、学校ではあまり目立たないようにしていたり学校が好きじゃないアイドルもいるからだ。楽しかったという割に天ヶ瀬冬馬は気の無い返事をしてポケットに両手を突っ込んだ。学校は好きだけど、アイドルをしてるからこんな気持ちでたまの学校にも行けるのか、元からそうだったのかはもうわからない。天ヶ瀬冬馬は私に言う気があるのか、私に目線もくれずにそう言った。
こいつ、友達のすすめもあって芸能界に目を向けたんだっけな。うまく人付き合いをこなす伊集院北斗と学校では目立ちたくない御手洗翔太とその間にいる天ヶ瀬冬馬を比べた。これはプロデューサーの経験則だけど、どんなに「普通」のアイドルであってもやっぱり周りの普通の子達の中に入るとめちゃくちゃ「浮く」。それから、私たちプロデューサーを含めて一般人にアイドルの輝きの全ては理解しえない。アイドルの輝きを真に理解できるのは、本人含めたアイドル達だけ。そして全てを理解したと勘違いする一般人は決して少なくないと言うのもプロデューサーとして働く中でなんとなくわかったことだった。
「天ヶ瀬はアイドルしてる時と普通の生活してる時とどっちが楽しいの?」
言ってから後悔したが、天ヶ瀬冬馬はそれには答えずに早く飯、と私を急かした。大きいメガネにアホ毛を隠すニット帽、ポケットに手を突っ込んでいるから猫背気味で、それでも一般人でくくるのは無理があると思った。やっぱりアイドルはどうしても、一般人の中には馴染めない。
「あんたのその、スーツの胸ポケット抑える癖はなんなんだよ」
「え?やだなあ変なとこ見て」
「へ、変じゃないだろ!あんたの癖の方がよっぽど変だっつーの……」
天ヶ瀬冬馬には言えない。ライバル事務所で働くプロデューサーが、決別した過去のブロマイドを角が丸くなっても捨てられずに大事に持ってるとは言えない。こんなにも昔の彼に憧れるのは今の会社が合ってないのかもしれない、本当は黒井に行った方がいいのかもしれないと何度も思ったけど、事務所の可愛いアイドル達は捨てられなかった。私のアイドルに失望されたくない、惜しんでも惜しんでも、天ヶ瀬冬馬が捨てられない。そのことを胸を押さえて確認するたびに、私は彼らとは分かりあえない他の大勢と同じ一般人なのだと思い知る。角の丸くなったブロマイドがぼろぼろになる日のことを私はまだ考えられない。
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