不二の雪さえ
勉強してる子の中の一人をあれ、見たことあるなと思って少し考える。図書館の机にノートと本とスマホを並べている人なんて大学図書館では何人もいるありふれた光景だけど絶対見たことがある。ファンの子かな?熱心なファンは自然と覚えるけどどうにも思い出せない。あんまり見てたら怪しいから、目当ての本を探しながらどうしてこんなに引っかかるのか考えた。目当ての本を抜き取って振り返ると、その子は手首の時計を確認していた。あ、雨彦さんの。
「北村さんもここの大学だったんですね」
「うん。雨彦さん同じ大学だなんて一言も言わないから知らなかったけど」
「絶対わざとですよ」
「やっぱりー」
彼女の銀色の腕時計と雨彦さんを結びつけたらすぐに思い出した。雨彦さんのお嫁さん、になる予定の人。名前さん。今の今まで同じ大学なんて知らなかったし(聞いたら学科が違った)せっかくだから2人でコーヒーでも飲もうと名前さんを誘えば本当に嬉しそうな顔をした。お互いの共通の話題はほぼ1つだから目当ては大体わかっていて、2人でここにはいない人を想像してため息をついた。
「まあ、あまり仲良しというわけでもないので言うのが面倒だったのかもしれません」
「え?」
「私小さい時からずっとべったりで……その、中高校生の時とかは相当嫌だったと思いますよ」
「雨彦さんが?想像つかないんだけど……」
「将来嫁にさせられるからって子供の世話を大人に押し付けられるの、きつくないですか?中学生で」
「う、うーん……そうかもしれない……」
きついなー、と思ったけどはっきり言うわけにもいかなくて中高生の雨彦さんを想像するけど頑張っても今の雨彦さんが学ランを着てるところしか浮かばない。2人の年の差はたしか11だっけ。
「私は雨彦さんが子守押し付けられてるのとか全然わからなかったので構わず纏わり付いてたけど、すっごく嫌がられてたよ……邪険にされても構われに行くから余計に……」
「待って僕らの想像してる人って本当に同じ人だよね?」
「中学とかの時だから流石に今とは全く同じとはいかないと思うけど……」
「ああ、雨彦さんにも思春期とかあったんだね… …」
そりゃああったさと脳内の雨彦さんが呆れて、なんだがやっぱり想像がつかない。流石に今は邪険にしたりとかしてないみたいだけど、なんだかぎくしゃくしたままなのはなんでかな。
「いやでも私も今になってだけど朝から晩まで何をするにもお兄ちゃまお兄ちゃまって追いかけてくる4歳は嫌だったろうなと思うよ……」
「雨彦さんお兄ちゃまって呼ばれてたんだ……」
「流石に小学生くらいからはお兄さまだったよ……」
「どっちも意外すぎるよー」
雨彦さんがお兄ちゃまって言われてるのも小さい子に絡まれてるのも想像する分には面白いんだけど、嫌がるのもなんとなくわかるような気がするよね。中学生だって静かに本を読みたい時も、宿題もあっただろうし……何より大人に夫婦になるからといって子供を押し付けられるのは面白くなかったんじゃないかな。一時期二人は疎遠だったと聞いているけど、名前さんも大きくなってそれがわかって距離を置いたのだと思う。勝手に僕が色々考えていると名前さんは雨彦さんがアイドルになってくれたおかげで結婚は遠のいたけどねと難しい顔をした。
「……嬉しい?」
「ちょっとね」
「ごめん」
「ううん、アイドルになってから、想楽くんたちといる時は本当に楽しそうだから嬉しい」
私といる時あんな顔しないからと名前さんは笑って続けたけど、やっぱりちょっと寂しそうにした。僕は雨彦さんを思い出して生物は基本的に異なるものに惹かれるものだと思っていたけど、二人は似た者同士だなあと思った。
「雨彦さんも、同じこと言ってたよ」
「え?」
「前、学校の友達といるところに遭遇したら名前さんがいつもより笑ってるし声が大きいし楽しそうだったってショック受けてたよ。あんまり自分からそういうの言わないけどよっぽどだったんじゃない?」
「えっ……」
「ねえ、言わなくちゃわからないことってたくさんあるよねー」
「……そうだね」
「それから、言いたいこともはっきり言えないのってなんだかモヤモヤしない?」
「……する」
「雨彦さんだって僕たちより大人なんだし、君も失うものは何にもないよねー」
「……」
「今こそ、邪険にされても食いつく根性見せる時だと思うんだけど」
「そうかな」
「そうだと思う」
不安そうだった名前さんの表情が面白いくらい変わって僕は柄にもなく焚きつけてみたけどこれはうまくいったなといい気分になった。
「想楽くん、ごめん。また今度お話ししましょう」
名前さんはトートバッグと伝票を掴んで僕を置き去りにして店を出て行ってしまった。いかにも雨彦さんがが好きそうな綺麗なスエードのパンプスを履いていた足は表に出ると軽やかに走って駅の方に消えた。僕はそれを眺めてから伝票を持ち去られたことに思い至ったけど、また今度雨彦さんに二人まとめて奢って貰えばいいかなと考えて最後の一口を飲み干した。上機嫌な雨彦さんなら焼肉くらい奢ってくれるんじゃないかな。
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