花嫁修行
名前さんのつくる味噌汁は基本的に具が大きく、汁が少ない。ウイロウのつくるものはあまり具が大きくないし量もここまで多くはない。白菜、人参、油揚げ、里芋、輪切りのネギが鍋の中でぐるぐる回った。
「名前さんのうちの味噌汁もこうなの?」
「え!?ジュリアス甘味噌嫌いだったっけ」
そういうのは早めに言ってよ、と名前さんが眉を下げた。嫌いじゃないよというと名前さんは火を止めてじゃあ甘味噌ねと味噌を鍋に落とした。
「ウイロウが作るものより具が大きくて汁が少ないから」
「ああ、うち農家だから。実家が」
「知らなかった」
「言ってないからね。味噌汁、具が多いと野菜もいっぱいとれるし味噌が減って塩分が控えられるんだよ。甘味噌は他の味噌より食塩少ないし。私嫌だよ、神宮寺さんが不摂生がたたって血圧ひっかかったりしたら」
「それは……たしかに」
「若い若いって言ってもリーダーが倒れたら困るでしょ。もちろん、ジュリアスも姫も、柳川さんもだよ」
「あの人たちは全然倒れなさそうだけどね」
「物理攻撃にはね」
名前さんがまた火をつけてぐるぐると鍋を混ぜた。名前さんは栗井栄太の協力者で、その一員ではないもののたまにこうして館を訪れる。ゲームでもリアルRPGでも僕たちの作ったものを形にするいわゆるハード屋をしていて僕のプログラムに耐えうるいれものにしろ姫の細かい要求に応じたリアルRPGの大道具小道具にしろウイロウの作ったものを音質と画質を良く再現するための機械にしろ大体は名前さんがどうにかしてくれている。in塀戸でもDOUBLEでもリアルRPGというのはどうしても大掛かりなセットが必要になるから名前さんは毎回駆り出されては姫の注文に応え神宮寺さんの無茶な理想に応えウイロウにお尻を叩かれ、僕がゲーム中にも随時更新するプログラムに悲鳴を上げている。
「ジュリアス、味見してよ」
「自信ないけど」
「こうして味を覚えていくんだよ。ウイロウの美味しいものばっかり食べてていつかできた彼女の手料理に文句言ったらだめだよ」
「……それは有りえるかも」
「でしょう?」
名前さんのつくる味噌汁はウイロウのと比べて甘くて味も色も薄いような気がする。あつあつの里芋が口の中で溶けて僕は結構好きだ。
「いける?」
「うん、美味しい」
「よかった!カップラーメンもたまにならおいしいけど、そればっかり食べてたらジュリアスは背が伸びないし、姫もリーダーも柳川さんも後々体がやばいからね」
ウイロウが家事に手が回らなくなった時だけ名前さんはやってきてこうして僕のためにご飯を作り、神宮寺さんの夕飯にラップをかけて、洗濯と掃除をして、それから深夜に仕事に行き詰まってダイニングに下りてきたウイロウの相手をする。ウイロウなしでは生活できない僕らを見かねてウイロウがある時連れてきた名前さんは栗井栄太の技術的にも生活的にも最早不可欠になった。
「名前さん、やっぱり栗井栄太に入る気はないの?」
「ないよ。だって栗井栄太は4人でひとつ!なんでしょ」
太陽のような笑顔で笑って名前さんは火を止めた。リーダーもその人数制限を破ることもやぶさかでないのでは?と思うけど名前さんがそう言うのなら、加入はまた先送りだ。
さあ、頑張ってヒレカツ揚げようね!にっこり笑って冷蔵庫を開ける姿を見て、僕はこのまま台所から逃げられないことを察した。ウイロウよりはるかに身体能力の劣る名前さんだけどウイロウだって彼女の前では無駄な逃走はおろか、闘争もしない。つまりウイロウの100000000分の1にも満たない僕の戦闘力じゃ逃げようたってそれは夢のまた夢。諦めて袖をまくった。ウイロウの戦闘力が特上として、神宮寺さんが並なら僕は一体何になるのだろう。並の下はあるのか今度調べておこう。
「私がパン粉つけて揚げるからジュリアスは小麦粉つけて、卵つけてちょっと切って、パン粉のところに入れてね」
「オッケー」
カツなんて揚げたことがないからきっと失敗ばかり重ねるだろうけどリーダーも、ウイロウも、おそらく名前さんがいると聞きつけて遊びに来る姫も、それから僕にこんなことをさせる名前さんもきっと笑って食べてくれる。僕は決意を固めてぬるぬるの生卵に右手を突っ込んだ。
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