翔太と悪い大人
撮影のために地方のホテルに泊まった。馬鹿みたいに広い部屋でお風呂もベッドルームもいくつもある部屋だったので別の部屋を取っていた名前さんも呼んで僕たち3人と名前さんで巨大なテレビでゲームをして名前さんの持ってたトランプでババ抜きも七並べもスピードも大富豪もやり倒したところで名前さんが限界を宣言してお開きになった。
北斗くんも冬馬くんもそれぞれ別の寝室に消えていって、最後に残った名前さんは僕に手を引かれていちばん大きいベッドルームに入った。
「ちょ、ちょっと翔太。これはまずいって……」
寝ぼけていた名前さんはあっという間に覚醒して部屋を出ようとしたけど、分厚い絨毯と僕の瞬発力のせいですぐさま捕まっちゃった。
「何もしないでしょ?」
「しません」
「名前さんショタコンじゃないもんね?」
「入社した時にアイドルに対して手を出さないと宣言した上でサインしました」
「じゃないもんね?」
「ないです」
「……ほんとに来月結婚しちゃうの?」
「そ、そうです」
名前さんの目が露骨に泳いで、でも最後の質問はどもったけどまっすぐに僕を見た。まあまあベッドに上がりなよ、というと名前さんは僕に倣ってうつ伏せになって肘を立てた。2人分の重さでベッドがすこし沈んだ。
名前さんは来月、小学校以来の幼馴染だという男性と結婚する。名前さんの担当アイドルなんだから変な男じゃないか見る権利があるとか散々にごねて合わせてもらった相手は悪い人じゃなさそうだった。むしろいつもお世話になっていますと14歳の僕に頭を下げた。彼は、28歳だという。僕の2倍じゃん、名前さんは呑気にそうだねと笑っていた。
「結婚しても仕事やめないよ。相手も忙しいけどわたしの仕事も認めてくれてるし」
「そういうすれ違いと一緒に居られる時間の少なさが破局を生むんだよ。しらないの?」
「うっ……」
でも平気だよ。だって愛し合ってるもん、と名前さんは茶化したりしないで真面目な顔で言った。
「もし僕が、結婚なんてしないでって言ったらやめてくれる?」
「やめて欲しいの?」
名前さんの目が見開かれて、全くの予想外だったという顔をした。
「わかんない」
「そっかあ」
名前さんはほっと息をついて(どこにほっとする要素があった?)翔太もいつかわかるよと言った。
「何が?」
「いつかきっと、何をもってしてもこのひとが好き!って思える人に会えたらこの気持ちがわかるよ」
嘘つき、と言いたくなるのを堪えて僕はふーんと興味なさそうな声を出した。わかるよ、今こんなに僕は誰かさんのことを好きで、幸せになってほしいって思ってるから。そこに自分が入っていけないのがもどかしくて悔しいだけなんだよ。ねえ、どうして何も言ってくれないの。全部わかったみたいな目をして僕の頭を撫でるのに、どうして僕のために生きてはくれないんだろう。
大きなダブルベッドで寝返りをうつとよりいっそう体が沈んで、足が名前さんの背中に乗って名前さんがぐえ、と情けない声をあげた。
「僕には一生わかんないと思うなー」
「どうかなあ」
一刻も早くこの部屋から出て生きたい気持ちとずっとこのままでいたい気持ちの両方がせめぎ合っている。僕の嘘にも名前さんは一生気づかないふりをしてそうしていつか、みんな幸せになるのかな。
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