ここからどう行く
「鳴、次乗り換えたら甲子園行けるみたいだよ」
修学旅行の3日目、自由行動の日に鳴がユニバに行きたいっていうから朝から鳴を引っ張って電車に乗った。鳴は行きたい行きたいと言うくせに電車もチケットも調べずにいたから私が全部調べていった。
「へー」
「反応薄!今から乗り換えて行ってもいいよ?ちょっと遠いけど」
周りにはちらほらと稲実生もいるけど多くは昨日のクラス別行動で行ったらしくてあまり多くはなかった。私たちのクラスは昨日のクラス行動では大きな水族館に行ったけど、鳴はカクレクマノミをニモと呼ぶので野球部の面々にお子ちゃまだとからかわれていた。
全然丸くない大阪の環状線、次で乗り換えてユニバに行く予定だったけど中吊り広告に甲子園球場のことが書かれていた。鳴は甲子園(大会の方)じゃないじゃん、と言ってトラのキャラクターにもあんまり興味を示さなかった。私は1年の時も2年の時も甲子園に応援に行かなかったので(すぐ脳貧血や熱中症になるので夏場の観戦は鳴の許しが出ないのだ)鳴が存外甲子園球場に関心を示さないのが意外だった。
「下見とかして次の夏へのモチベ高めるんじゃないの?」
「しねーよ。夏も……去年も行ったし。それに、また行くんだからわざわざ見に行かなくたっていいじゃん」
「……」
「何!?秋大のこと文句あんの!?」
「な、何も言ってないでしょ!?秋大の惨敗のことなんて」
「惨敗言うな!ああいうのはセキハイって言って……」
声がでかい、という意味を込めて鳴の背中をたたくと鳴はすっかり拗ねて私のスカートを引っ張った。鳴のリュックのポケットにさした私のと、鳴のペットボトルがたぽと間抜けな水音をあげた。
バタービールおごってくれなきゃ機嫌直さないからな、と言わんばかりにスマホのハリポタ特集を見せつけてくる。はいはいあれは立派なセキハイでしたとなだめると鳴は鼻を鳴らして樹には百味ビーンズ買ってってやるなんて言った。やめてあげなよ……と思ったけど皆で食べるなら盛り上がるしありかもしれない。
「制服はやっぱ買うべきだと思ってるけどネクタイは赤かなーあと杖どうしよう」
「ほんとに買うんだ……寮にだって置く場所ないんだからやめとけばいいのに」
「あんなの俺が着なくて誰が着る!って感じでしょ!?着るよ!」
たいそうな自信っぷりだけカルロあたりが聞いたら裾引きずって歩く王子なんて最高、くらいは言いそうだ。私はこれ以上鳴を怒らせてもいいことがないので黙っておいた。
「鳴は狡猾っていうか性格悪いし緑じゃない?」
「は!?そんなこといったら名前なんて初期のハーマイオニーだけど?」
「はいはい顔がかわいいだなんてどうもありがとう」
「ムカつく!」
鳴が喚くうちに電車が止まってここ乗り換えるよ、と手を引いた。しかしドアが開いた途端にうるさい喧騒に圧倒されて少し立ち止まってしまい、すかさず鳴が「何線?」と聞いて私の手を引いて電車を降りた。
「え?」
「だから、ユニバ」
「ユニバは……ゆめ咲線」
やっとの事で私が答えると鳴はまあこんなにいるし周りの人についていけばわかるよねと言って私の手を引いてそのままエスカレーターに向かう。大阪の右乗りに慣れない私に反して鳴は人波に簡単に乗って私を大丈夫?と気遣った。
「うん、ちょっとびっくりしただけ」
「水分ちゃんととりなよ。今日はハリドリもエヴァも乗るんだから」
「うん」
「名前はスパイダーマンに乗りたいんでしょ」
「そう。でも混んでたら他の優先でいいよ。乗ったことあるし」
目に鮮やかな阪神電車の看板が目に入り、これに乗れば甲子園だと思った。鳴は看板に目もくれず(気づいてないのかもしれない)名前?と私を呼んでリュックにさしたペットボトルを1つ抜いてキャップを緩めた。
「ひとくち飲んで、そしたらホームに降りるよ」
「……ありがとう」
「彼女なんだから甘えてればいいんだよ」
「鳴だって甘えてくるじゃん」
「だって彼氏だもん」
けろっとして鳴は言い放ち、制汗スプレーをボタンを2つも開けた首元に吹きかけた。青い目がきゅっと細められて「なんで黙るの」とすぐさま不機嫌な顔になった。
「鳴、夏は応援行きたい」
「え?ダメに決まってんじゃん。すぐスタンドでぶっ倒れるんだから心配しながら投げてるこっちの身にもなってよ」
「鳴投げてる時そんなの気にしないし全部コールドで勝つでしょ」
「勝つけど!毎年モウショコクショゲリラみたいな騒ぎなんだから絶対名前は無理。ひ弱すぎ」
鳴にペットボトルを返して行こう、と声をかけるとそんな顔してもダメだから、と睨まれた。青い大きな目に光がさしてきらきらしたので思わずじっと見つめた。
「……何?」
「……鳴はハリポタよりミニオンの方が似合うんじゃない?」
「バーカ!もう絶対名前のことなんか心配しねえ!」
鳴は今度こそ青い目に怒りの炎を燃やして、どすどす音を立ててエスカレーターに向かった。私の手をちゃんと引いて、ほんとありえねえ!と口を尖らせる。
「でもプロ入りしてから過去写真!って出された時にファン受けがいいのってミニオンのカチューシャしてる方じゃない?」
「ハリポタの鳴ちゃんチョーかっこいい!って言われまくるに決まってんじゃん!」
鳴と揉めてるうちに電車が来てドアが開いた。1つ前の電車に乗ったのか稲実生はほとんどいなかった。
「鳴、やっぱり応援行きたい」
「何回言ってもダメなものはダメ!テレビ中継と夜の特集のかっこいいとこだけ見ててくれればいいから!」
「鳴、」
「……」
鳴が途端に黙って、すぐに電車が発車した。よろけたところをちゃんと手すりを掴んだ鳴が捕まえてくれる。
「鳴、」
「もういい」
鳴がついに本気で怒ったのかと思ってあまり大きくない身長差ながら見上げると、鳴はめちゃくちゃぶすくれた顔をしていた。
「帽子かぶって、飲み物と凍らしたやつも持って、日焼け止めもちゃんと塗って、タオル首から下げて具合悪くなりそうになったらすぐやめるならいい」
「えっ」
「最後の夏だし!来てもいいよ!そこまで言うなら」
「うん」
「一回でもぶっ倒れたらそれ以降はなしだからね!」
「ありがと」
「鳴様の慈悲に感謝しなよ」
「バタービールでいい?」
「……いいよ」
この四方へ伸びるレールの、どれを行けば甲子園までいけるんだろう。やけになって許可を出した鳴はやっぱりダメ、と言いたそうな顔をしていたけど珍しく黙ってユニバに着くのを待っていた。
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