SS詰め合わせ


>>一希くんの夏祭り

一希くんはほんとに何を着ても似合う。薄い青色の浴衣のすそでは金魚が躍る。その着こなしに見惚れてしまって私は石の段差に躓き、買ってもらった青のりなしの焼きそばはこぼしそうになり、人波に流されそうになり、と浴衣に不慣れなこともあって散々だった。落ち着いて座れるところを探そうか、と見かねた一希くんが口にして私の手をそっと握った。あ、手汗かいてるかも。緊張と夜になっても抜けない暑さのせいで首の後ろに髪が張り付き、私は手を抜こうとした。
「はぐれないように、手をつないでいこう」
「は、はい」
手を引かれていくと一希くんも首の後ろに汗をかいていて、珍しく手も熱い。早く、二人っきりになれるところに行きたいな。進路方向と反対のほうで花火のあがる音がした。一希くんは歓声を上げる人たちにも大輪の花火にも目もくれずまっずぐ人波に逆らって進んでいった。手にした焼きそばのパックがぺこんと気の抜けた音を立てたところで一希くんはようやく笑ってお腹すいたなと歩調を緩めた。後ろではどかんどかんと花火のあがる音がしている。


>>舞田先生とバレリーナ

英語なんて人生の役に立つとは思えない。バレエの本場はフランスで、アメリカ人だってイギリス人だってそこでは英語じゃなくてフランス語を話す。そう知っていたから私は今回の期末テストもろくに勉強しないで受けて見事に赤点を取り、バレエのレッスンのために補習もさぼって、終業式を前にしたこの浮かれた雰囲気の中さすがに3もあげられないと舞田先生に呼び出された。
「英語、きらい?」
「役に立つとは思えないので」
「Oh...」
舞田先生は大袈裟にショックを受けて見せて私のテストをちらつかせた。
「ほら、今度のguestはアメリカ人でしょ?エディも楽しみにしてたよ」
なんで、この人は夏公演の客員ダンサーのエディ・マクラーレンのことまで知ってるんだろう。私の不審げな顔を見ても先生は優しく微笑みかけて私の答えを待っている。英語やりますなんて絶対言うもんか。単語帳をめくるくらいなら1分でも長く踊っていたいというのに。今しか、ないのに。
「きっと、君の人生の役に立つよ。誰かと仲良くなるのに言葉なんていらないのかもしれないけど、必ず君の助けになるよ」
いつもは授業中もそうでないときもテンションの高い先生が静かにそう諭すものだからさっきまでの決意はどこかに行ってしまい私は思わずはい、とうなずいていた。先生に渡された補習プリントが手にずしりと重くて顔をしかめるも先生が毎日進み具合をチェックするからね、と打って変わって満開の笑顔で言った。


>>四季のロッカーが汚い

四季は小学生の時、終業式の比に朝顔の鉢植えも習字カバンも絵具セットも画板も体育着も全部持って帰り帰り道にびーびー泣いてたタイプの小学生だったらしい。それを聞いて春名は俺もわりとそうだったなといい、旬くんはあきれた。今年は早めに持ち帰ろう、という夏来と隼人の声掛けも無駄に終わり、あしたは終業式というタイミングで四季に泣きつかれた。
「プ、プロデューサーちゃんどうしよう……!!!」
「わかった。明日は四季だけ先に迎えに行く予定だったよね。ロッカーきれいにしてまっときなさい」
「プロデューサーちゃん!!」
そして翌日午後3時、私は夏休み気分で浮かれる高校の門前に社用車で乗り付け、とぼとぼ歩いてくる四季を待った。
「四季!これに全部荷物入れな!あとは後部座席に乗っけてあげるから!」
「プロデューサーちゃん大好きっす!!!!」
運転席から降りて掲げた45リットルごみ袋に四季は目を輝かせて勢い任せに飛びついた。旬くんには黙っといてあげるから早く詰めておいで。ごみ袋をもたせると四季は「でも、どうしてプロデューサーちゃん怒らないんすか?」と心配そうな顔をして、私は言葉に詰まった。
「……大事なアイドルが困ってるとこ放っておけないでしょ」
「プロデューサーちゃんマジメガ愛してる!!!」
四季には言えない。私も小学生の時も高校生の時も四季と同じ、ものをぎりぎりまで持ち帰らなくて最後に泣くタイプだったなんて。
「それで、何を僕には黙っておくんですか。プロデューサーさん」
「……」
「何か言ったらどうですか」
「何の言い訳もございません」


>>玄武と三者面談(プロデューサー複数体制事務所)

7月がきて、中学生組も高校生組も頭を悩ませるのは期末テスト、そしてその結果をいやでも親に見られる三者面談だ。事務所の学生たちは頭をかかえあるものは夏休みに逃避し、S.E.Mをはじめとする皆さんは連日学生からの相談にも忙しくしていた。
「玄武くん、なんでこれ隠しといたの」
朱雀君が親御さんに出しづらくてかくした数学のテストを見つけなれたせいか、玄武くんが学校からのプリントを入れてるファイルに不自然に折りたたまれたファイルにもすぐに気づいた。いつもプリントをきれいに入れているから1枚だけのそれが目立っていたのだ。
「ああ、俺はいつも二者面で済むからな」
「そうなの!?」
「玄武は成績いいからなあ」
朱雀くんは三者面談を前に帰ってきた期末テストの結果を放り投げたそうな顔をした。仕事が忙しくて物理基礎まではあんまり手が回らなかったみたい。成績いいと二者面談ですむなんて知らなかった。私の視線に気づいた玄武くんは思いっきり顔をしかめて「ぜってえ連れて行かねえからな」とすごんだ。
「なんで!お勉強のことだけじゃなくて普段の高校生してるとこがどうなのか聞きたいよー」
「番長さんならまだしも……」
「プロデューサーさんならまだしも、なに!今回玄武くんがお仕事で忙しかったから休憩時間も勉強見てあげたのにー」
「輝アニさんのほうがよく面倒見てくれたけどな」
「化学は!私が暗記付き合ったおかげでしょ!?」
「どうだろうな」
玄武くんは強硬姿勢で何が何でも三者面談は嫌らしい。朱雀くんが呆れて、玄武もプロデューサーさんもふたりしてよくやるなとため息をついた。


>>元フリーター、婚約指輪を買う

婚約指輪は給料三か月分っていったい何が基準なんだろうな。でも昔からいつか名前さんに給料三か月分の立派なダイヤモンドのついた指輪をあげるのだと信じて疑わなかった。名前さんを好きになって20年、アイドルになって数年。ようやく結婚できそうな感じになって、決心もついて、それから給料3か月分の指輪が買えそうなところまできた。予算に合わせて指輪を探した。名前さんの指に似合うのはどれだろう。シルバーよりはピンクっぽいやつのほうがあの人の雰囲気に合うよな。ダイヤも大きいのを選ぼうと思えば選べる予算だったけど名前さんはそんな派手なやつよりは複雑なカットとかかわいいやつのほうがすきだろうな。そんなことをしばらくやってようやく候補を3つくらいに絞った。「恭二、こういうのは相手の意見も聞かないと」みのりさんに相談して俺はようやく名前さんにカタログを持って行った。
「あのさ、婚約指輪なんだけど」
「うん」
「どれがいいかな。俺だけが決めるのも違う気がして……」
俺の尻すぼみになる言葉とは反対に名前さんはカタログを見て白目を剥く勢いで、慌てた。趣味に合わなかったか!?と焦る俺に対して名前さんは「うそでしょ……」とブランド名を片言でつぶやいている。
「き、恭二くん本気?恭二くんがするならまだしも、私にこんな指輪を……?」
「に、20年分だからこれくらいの金額になってもおかしくないだろ!」
「20年……」
名前さんは茫然として身を起こし、「そっか、私たち出会ってもう20年にもなるのね」といった。20年もの間変わらず名前さんのことが好きなのが思いがけず露見して俺は微妙に気まずい思いをした。高校の時、名前さんに彼氏ができて一度初恋ながら失恋したことを思いだす。あっさり分かれるかと思いきや結構長く続いて分かれてすぐ告白するのもずるいような気がして、ようやくここまでこぎつけたのだ。
「恭二くんはどれがいい?」
「えっ俺?」
「うん」
3つを見比べた。どれもモチーフやデザインが捨てがたかった。でも名前さんの顔を見て、どれか1つと言われたら1つしか選べなかった。
「俺は、これがいいと思う」
「……私も」
これが一番つけやすくてかわいいなって思った。恭二くん、選んでくれてありがとう。その言葉を聞いて名前さんの細い指に合うサイズの指輪をすぐに買いに行こう、と思った。俺が選んで名前さんが決めたのだから、あの小さなダイヤの乗った指輪は似合わないはずがないと思った。


>>冬馬と温泉に行こうよ

「1泊2日で温泉にいかない?」
温泉、二人きり、温泉旅館、泊りがけ。彼女の一言でいろいろ想像したのも仕方ないと思う。浮かれる彼女に手を引かれて浮かれた俺は特急に乗り、なんなら温泉街に降り立ったときから覚悟は決めていた。
しかしながら俺の覚悟に反して普通に別湯だし部屋に露天風呂はないし、名前さんはさっさと岩盤浴に行き、帰ってきたらトランプを取り出し勝負を持ち掛け、結局熱中する俺らを見て料理を用意しに来た中居さんには笑われ、名前さんが「一生分かに食べたわ」というくらいのかにを二人で食べ、温泉に入り、卓球で戦い、負けた方がコーヒー牛乳をおごり、汗を流しにまた温泉に入り、おやつ仕入れに行こうよと誘われて夜のコンビニに連れ立っていき、帰ってきてジュースと菓子で宴会をしてくだらない話をひたすらして、午前1時、何事もなく別々の布団で就寝した。
生殺しだ。こんなの、ありかよ。いい感じに汗を流しつかれた名前さんはすやすやと俺の右隣で爆睡している。いい雰囲気には1ミリもならなかった。そもそも終始修学旅行みたいなノリだった。特急に乗った時から、なんなら誘われた時からずっとそわそわしていたのに、その期待を見事に裏切った寝息が憎らしい。俺はあんたが寝てから1時間こうして悶々としてて寝れてねえのに。
布団を這い出てペットボトルの水を飲んだ。豆電球がついているから静かに息をする名前さんの寝顔は見えた。

「……期待してた方が馬鹿みたいじゃねえか」
「何期待してたの」
「うおっあんた、起きて」
「冬馬くんがもぞもぞするから起きちゃった」
焦ってただ口を開閉することしかできない俺をよそに名前さんはけろっとしていて、俺と同じように布団から這い出てペットボトルを求めた。
「それで、何を期待したの」
布団から這い出たからか名前さんの浴衣の肩口がはだけていた。水を飲んだばっかりなのにのどがからからに乾いて、名前さんは追い打ちをかけるみたいに「ねえ、」と笑った。どうせ全部わかってやってるくせに、俺の言葉に「なんのこと?」と笑い返すところはわざとだとわかっていてもかわいくて腹が立った。

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