甘くて優しいエピソード
道流さんにアップルパイを焼くから持っていってもいい?って聞いたら今日は2人もいないと言うのでわたしは大喜びで道流さんのうちに遊びにいく約束を取り付けた。漣くんとタケルくんがいてみんなでお話しするのももちろん大好きなのだけどせっかく2人きりで会えるのだからその機会を逃したくはない。うきうきしながらパイシートを伸ばしてお砂糖とラムでリンゴをゆっくり煮詰めよう。あっ道流さんのおうち、バニラアイスあるかなあ。アップルパイにはやっぱりアイスクリームがなくちゃ。
綺麗な編み目をつくってオーブンに入れてからの時間が1番幸せ。だんだんいい匂いがしてきて、その間にミルクティーなんか飲んだりして道流さんは喜んでくれるかなとかおいしいって褒めてくれるかなとか考えてるだけですぐに時間が経っちゃう。焦げてないかオーブンの中身を確認してからわたしはお洋服を選ぶことにする。
お気に入りのスカートに新しいカーディガンをおろそう。髪型はどうしようかな。ハーフアップはやっぱり女の子らしくてかわいいかな。前にプレゼントしてもらったリボンでできたお花が可愛いバレッタをつけようかな。道流さんはこういう女の子の小物に疎そうなみためだけど、多趣味でセンスがいいので私が服屋さんでパープルかピンクか色を決められなくて散々悩んだこのバレッタも道流さんが紫の方が髪色に合ってる、と選んでくれた。たしかにこっちの方がかわいいと思うけど道流さんに選んでもらえたからこんなにかわいく見えるのかも。
そんなことを考えているうちにアップルパイが焼けて(ちょっと焦げちゃったけど中まで火も通り、我ながらなかなかに上出来だと思う)冷める間にお化粧をして髪の毛をアレンジした。もちろん例のバレッタもつけた。
道流さんに早く会いたいなあ。厚底のサンダルを履こうとした頃にはアップルパイも冷めて、それを崩さないように包んだ。
今から行きます!ってラインをしようとしたところに電話がかかってきてドキドキしながら通話ボタンを押したら駅まで迎えに行くって道流さんの声がした。道流さんは年下のわたしを子供扱いこそしないけど、こうして大事に大事にしてくれるから嬉しくってなんだか胸の奥がきゅんきゅんしてしまう。嬉しくってスキップしたくなったけど厚底のサンダルとアップルパイを思い出してやめた。それにこの服、ちょっと暑かったなあ。
道流さんは背が高くてわたしだって女の子の平均身長はあるけど、並ぶとびっくりするくらいに身長差がある。道流さんの大きな手も、代謝が良くてあったかいからだも良く通る声も大好き。でも背が高すぎて子供っぽい格好の時に妹さん?なんて聞かれてしまったからこの身長差だけは、嫌い。わたしが子供っぽいからかなと思ってお姉さんっぽい服を選ぶようになったけどそれでも道流さんの包容力というか大人っぽさには勝てっこないのだ。
「おーい名前!」
あっ道流さんだ!大きい声で返事をするのは子供っぽいから小さく手を振った。でも嬉しくて小走りで駆け寄ってしまう。大好きな道流さん、今日も会えて嬉しい!
「名前、走ると危ない……あっ」
不慣れなサンダルで走ったからか道流さんが言い切る前に思い切り躓いてしまった。咄嗟にアップルパイを守ろうとして、肩から道流さんのあつい胸にどんっとぶつかった。道流さんが背中に手を回してくれたおかげで転ばずに済んだけど、アップルパイは無事だろうか。チェックのクロスをそっと持ち上げる。ああ、よかった。大丈夫そう。
「名前、まずは自分の心配をしてくれ……」
「はーい……」
でも足首も捻ってないし、道流さんのお陰で膝も擦りむいてない。あとは渾身の出来のアップルパイさえ無事ならオッケーなのだけど、今後はこの厚底のサンダルについても考えなくちゃ。かわいくて身長差も埋まるし夏らしくていいなあと思ってたのだけど。
「ねえ危ないし手を繋いでもいい……?」
道流さんは私の言葉に笑ってほら、と大きな手を差し伸べてくれた。ちょっと恥ずかしかったけど勇気を出してお願いしてよかった。私とは比べ物にならないくらい厚くて大きくてあったかいだいすきな手。
かわいい格好をしてくれるのは大歓迎だけど、こうも危なっかしいのは困るなあなんて言うからかわいいって!私のことかわいいって!嬉しくて足元が疎かになってまた側溝の隙間に躓いた。
「ぎゃあ!」
「これは本当に危なっかしいな……」
道流さんの腕にぷらんとぶら下がる私を見て道流さんは呆れを通り越して心配そうな顔をした。
「だって、これ履くと背が高くなるんだもん」
「背が低くても気にしないのに」
「私が気にするの」
道流さんは心底困った顔で私の足首を見てこれは名前が納得する踵の低いサンダルを探さないとなあと言った。それは次のデートの約束ってことでいいのかな?途端に気持ちが急浮上して、道流さんはそんな現金な私にやれやれとため息をついた。バニラアイスも用意してあるから早く帰ろうだって。バニラアイスで操れる軽い女だと思われてるのは不満だけど道流さんが今度は腕に捕まるように言ってくれたので私は大喜びでその太い腕に手を絡めた。
/アップルパイプリンセス
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