本当はもう
「まーた伊集院さん!ちょっとそこ通してくださいよ!」
「嫌です」
語尾にハートだか星だか付きそうなくらい甘い声で通せんぼしてくるのは180センチ、伊集院北斗さん。出先で会うと毎度のことながらちょっかいをかけられるのでため息が出てしまう。
「うちの!かわいいアイドルが!この先で!待ってるんです!」
「へえ、でもその前に……目の前にいるすてきな男性にも目を向けて見たらどうです?」
「いや惜しげも無く晒された胸元しか見えな……って今日は見えませんね……珍しいな」
「たまにはこういうのもいいでしょう?」
「それもそうですね……いつも見せびらかされる衣装かっこいいですけど、こういうしっかりした男らしい衣装も似合いますね……」
「ふふ、もっと褒めてくれていいんですよ」
「はっ!また乗せられた!」
伊集院さんは、前々から私たちの事務所のアイドルと因縁がある仲なのだけど、事あるごとに新作衣装を着ては私に見せびらかして感想を求めてくる厄介な人でもある。多分私が嫌がる顔をするのが楽しいんだろうけど急いでる時はあっさりではまた今度に、と引いてくれる。今日みたいな時はしつこい。顔のいいくせにしつこいやつなのだ。
「真ちゃんが北斗さんがカーレーサーのお仕事をするからセンパイとして色々教えてあげるんです!って嬉しそうに教えてくれたんですけど役に立ちそうですか?」
「ええ、おかげさまで。真ちゃんのおかげで付け焼き刃の知識ですけどどうにかなりそうです」
「それはよかった!衣装もショート丈のライダースにラインの入ったスリムボトムス……足が長いのが映えて……本当に足長いですね……」
上から下までじっくり眺めるとほんとうに足が長い。足が長いのは知っていたけどほんとうに同じ人間か心配になるくらい足が長い。足の隙間が健康的にセクシー。白ベースに黒と赤、青の配色が絶妙なバランスであしらわれカーレーサー風ということでいつも命をかけてる露出が控えめなのも誠実な感じがする。カッコいいなあ。素直に賞賛の言葉がこぼれた。
「カッコいい……ですか?」
「はい、スタイルの良さもありますけど雰囲気に似合いますね。当たり衣装ですよ」
そう、雰囲気に合っている。不自然さがなくて、着せられた感じも完璧には拭えてはないけど会場にひとりのレーサーとして立っているところが想像できる。いい衣装だと思う。
つい最近見せられたミュージックフェスの露出が大きいオレンジの衣装も冬馬の念願の仕事なんですと嬉しそうに見せてくれたリーズナーの衣装も、年末のお仕事には寒そうでちょっと心配になったカウントダウンコンサートの衣装もいい衣装だと思った。ユニットの3人や共演する人たちとバランスが取れていてすごくすてきだ。でも、道を塞ぐ姿にこんなにも……認めたくないけどときめいたのは初めてだった。
いい衣装なのだと思う。初めて出会った時のその衣装も、再戦を申し込まれた時の真っ白な衣装も、新天地で戦うという宣言とともに見せられた新しい彼らのユニット衣装もいい衣装だと思った。よく似合っていたと思う。彼の雰囲気に合わせて作られた彼の衣装が好きなのかもしれないけど、ときめいたかと聞かれると微妙なところ。かっこいいですよとは言ったけど。本心で。ああでも、あの紫とシルバーの衣装は良かったな。うちのアイドルの衣装もグリッターが多いからなんだか親近感が湧いて。
「って伊集院さん、そろそろどいてください」
「あっ、はい」
自分の考えに没頭していたところではっとしてアイドルを迎えに行かなくちゃと思い出す。
「ど、どうかしました?」
「いや、珍しく素直に褒めていただけたので……」
「私いつもそんなにひねくれた褒め方してましたっけ……?」
前に御手洗くんに「北斗くん、女の子に褒めてもらってモチベーションあげてる人だからたまにでいいから付き合ってあげて!」と言われたことがある。いつもそんなに邪険にしてたつもりはないけど、なにが心に響いたんだろう。
「お仕事頑張れそうです、ありがとうございます」
「そ、それは良かったです」
「俺のこと、好きになっちゃいそうですか?」
「ええー……それはどうでしょう」
伊集院さんは残念そうな様子を見せたけどそれが本心なのかもよくわからなくて困る。なら好きになってもらえるようにまた頑張らないとですね、と流れるような自然なウインクの後伊集院さんたちの使ってるらしいスタジオからスタッフさんの顔が覗き、彼はひらひら手を振ってそちらに帰っていった。後ろ姿も足が長い。じいっと見つめていると急に振り返って青色の目が楽しそうに歪んだ。
「そんなに見られたら勘違いしますよ」
「うわっ!」
私の反応に心底楽しそうに笑って、北斗さんは今度こそスタジオに消えていった。ああ、腹が立つほどかっこいいなあ。
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