牙を立てられない


>>本人が望まないお仕事外での女装要素があります

「名前さん!驚きすぎて腰抜かさないでよ?」
「え?」
翔太がぱあーっという効果音が見えるくらいの笑顔で私にまとわりついてきた。ふふ、と堪え切れない笑いを見ても嫌な予感しかしない。何か企んでるらしい。

「ちょっと、周りに迷惑かけるのはやめてね」
「ふふーん!冬馬くんなら、いいよね!」
「また何かやらかしたの!?」
「翔太、名前さんは見つかった……ってああ、用意できてましたか。お待ちかねですね?」
北斗くんもフフ……と意味深な笑みを浮かべるので一体何やらかしたんですか!冬馬くん(の尊厳)が危ういのでは?と不安になるもセクシーな唇は秘密ですというばかり。嫌な予感がする……普通ならここで冬馬くんの怒号が聞こえるはずなのに何も聞こえないのが怖い。

「それではお待たせいたしました!冬馬くん入ってきていいよー!!」
ぱっと腕を広げた翔太、そして流れ出す響ちゃん貴音ちゃん美希ちゃんの歌声……翔太の手にはスマホがあるから音源はそこだろう。北斗くんがドアを開けに行っても肝心の冬馬くんの姿が見えないのであたりには一目見たら釘付けよと歌う三人の声だけが響く。
「冬馬?」
「絶対に出ねえからな!!!」

北斗くんがドアの向こうに頭だけ出して冬馬くんを呼ぶけど冬馬くんの悲鳴じみた叫び声だけが返ってくる。ははん、これは罰ゲームかなにかで一人でこれを踊らされることになった冬馬くんがドアの向こうで往生際悪くゴネているのだろう。なるほどね。それは見たい。うまいこと煽てたら翔太と北斗くんも踊ってくれたりして。
「えー私冬馬くんのきゅんパイア見たいなーすっごく楽しみだなー日頃の疲れ吹っ飛んじゃうかも!」
棒読みの私のセリフにドアの向こうの動揺した気配が伝わり、翔太は爆笑を堪えている。

「名前さん、と、冬馬くん超動揺してるよ」
「えーでも見られないんでしょ?残念だなあ……」
「ほら冬馬、覚悟決めなよ。往生際悪いぞ?」
北斗くんがドアの向こうをなだめて、しばらくようやくドアがぎいっと音を立てた。ついにお披露目!しばらく揉めたから曲は二番のサビも終わってちょっぴり悲恋的な歌詞だ。いい、正義のため、愛する人を守るために愛する人に撃たれることを望むアイドル……いい……かがやく星よりも光るアイドルである天ヶ瀬冬馬が愛する人を傷つけないために銀の弾丸を望む……

「絶対笑うなよ」
「ウッ!!」
仏頂面の冬馬くんがドアの向こうから登場した時、私は冗談でなく耐えきれず心臓を抑えた。現れた冬馬くんは頭にヘッドドレス、白いシャツに特徴的な形のリボンタイ、広がった赤いワンピース、そして蜘蛛の巣模様のタイツにハイヒールまでしっかり履いた公式衣装仕様だったのだ。ウッ!女装だ!女装しててもカッコいい!前髪を直した手には手袋までバッチリついていた。良すぎて今までに出したことのない声が出た。ひらがなで表記するならふぁあわ〜〜みたいな力の抜けた声が。北斗くんと翔太はそんな私の反応と目がめちゃくちゃ据わってる冬馬くんを見て爆笑していた。二人とも基本的に笑い上戸なのでこうなったら止めが効かない。久しぶりに北斗くんの爆笑引き笑い混じりの高笑いを聞いた。冬馬くんのことについてで特にこの傾向が強いことは付き合いの長い冬馬くんの方がよく知ってるだろう。二人のことを無視して、力が抜けてへなへなと床に座り込んだ私を心配してくれた。

「おい、あんた大丈夫か!」
「あはは力が抜けただけ……あっあんまり近寄らないでね、心臓が……ほんとに……びっくりしちゃうから……」
「お、おう……」
心臓を抑えてひいひい言ってる私を見て、目の前でしゃがみこんだまま困惑した表情を見せる冬馬くん。すっごくかっこいいのに身にまとうのが神衣装と名高いマイディアバンパイア。最高すぎる!男前かけるキュート衣装は神!イケメンの女装は神!事務員である前にアイドルのオタクである私のテンションの上がりきった姿を見て冬馬くんはちょっと引きながら無理はするなよ……と言った。優しい!優しいバンパイアだ!

「っていうかそれ!勝手に着ちゃっていいの!?よその事務所のだよね!?伸ばしちゃったり壊しちゃったりしたら大変でしょ!?借りたの!?プロデューサーさんから許可は取った?」
「あはは!名前さんお仕事モードだー」
「笑い事じゃないわ!いくら神衣装とはいえ……」
「安心してください、向こうのプロデューサーが言うには試作で作った衣装の大きすぎて誰も使わなかったものを処分するそうで仕事に使わないことを条件に譲っていただいたんです」
「へ、へえー」
「まあ流石に冬馬くんにはちっちゃくて後ろ留まってないし中のシャツは自前のだけどね」
「ウッ!」
「え、今のどこが名前さんに刺さったの……」
冬馬くんが後ろを向くとたしかにジャンパースカートの後ろのファスナーは全然上がってない。いくら冬馬くんの腰が細く着る予定だったアイドルがナイスバディとはいえウエストの下部分とかアンダーは男女の差を超えられなかったらしい。ウッ……しかもシャツはおそらく今日制服で事務所に来てたから制服のやつだ。ウッ……ことごとく心臓に悪いイケメンだ……

悶える私に翔太に北斗くんまでもが生暖かい視線をよこし冬馬くんは普通に混乱している。純粋だなあ。
「冬馬くんはさあ、前々からバラエティでのギャグコスプレが光るなあとは思ってたけど……まさかこういうのまでいけるとは……マイディアバンパイアは本当に可愛くて個性的でいいんだけど他のもいいと思うよ……ラフタイムスクールとか……ピンクダイヤモンドシリーズもかわいいし……あとサンタさんかっこよかったし絶対ホーリーナイトドレスは譲りたくない……ナイトメアブラッドとかはいろいろ危ないからプロデューサーさんに怒られちゃうかな……でも強そうだし赤いしいいと思うんだよね……あとは推したいのはサクラストーム!ひらひらしててかわいいよね……ひらひらは女の子だけの特典じゃないからさ……男の子だってひらひらしていいと思うんだよね」
「名前さん、英雄さん連れてきたよ!」
「青少年の健全育成に反する行為をしている成人がいると聞いたがここか?逮捕しとくか?」
「ギャッ!翔太の裏切り者!」

翔太に連れてこられた握野さんの目が暗くギラリと光り、私は悲鳴をあげた。いいでしょ直接やってないし妄想くらい!と思ったけど北斗くんと翔太は「さすがにナイトメアブラッドはアウトだよね?」「うーん……動いた時が危ないな」「そうだね、放送事故になっちゃうもんね」と呑気に会話してて助ける気配がない。たしかにナイトメアブラッドは放送にのせていいのかギリギリ限界なところはあるけど!

じりじり迫りくる元警察官に怯えてかわいらしいバンパイアボーイに助けを求めれば「どれも絶対着ないからな!」と悲鳴をあげつつも手を広げて背中に庇い「なあ握野さん、見逃してやってくれ!この人連日働きすぎで疲れてるだけなんだよ!このあいだ俺たちが参加したミュージックフェスのためにすげえ残業してたし!」と擁護してくれた。こ、このバンパイア心優しすぎる……!!ふんわり膨らんだスカートで強調されたウエストにぎゅうと抱きつきたい衝動を必死にこらえた。これをやったらさすがに庇ってくれた冬馬くんに申し訳が立たないし、即逮捕される道が見える。でもいいなあ、本当によく似合ってるんだもの。写真は流石にデータが残るし許してくれないか、でも惜しいなあ!そんな不埒な妄想が伝わってしまったらしく「あんたも!余計に不利になるようなことを考えるんじゃない!」と怒られてしまう。口に出してないのに!と思ったけど顔を見ればわかるんだって。


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