雨彦と奈良の話SS


>>奈良に雨彦を召喚したssまとめ
>>県北しか行ったことがないので県北に偏ってます(神社とか祭事系が多い)

「雨彦さん、あれは何」
秋の夕べ、空には満月が浮かび虫の声が遠く聞こえる。駅の方からお囃子と不思議な衣装の行列が近づいてきたのを見て道の端に避けながらそう聞くと、雨彦さんはちょっと目線を外して「池に身投げした女官の供養さ」と静かに言った。昔ここに都があった頃のこの参道の脇にある池にまつわる伝説だと語る。中国風の着物を着た女の人たちが皆黙って参道を進んでいった。天女みたいなひらひらの布が風になびいて目を取られていたら「あれがその娘」と雨彦さんが驚くべきことを言うのではっとして行列に目をやると輿に女の人が乗せられて進んでいく。真っ直ぐに前を向いてひときわ豪華な衣装の女の人は運ばれていき、後ろ姿になり、遠く見えなくなった。雨彦さんはそれを黙って見送って少し目を閉じた。そうして他の行列の人たちも過ぎ去って、道の真ん中には人が溢れた頃にようやく雨彦さんは目を開けてそれから静かに行こうかと言って私の手を取って歩き出した。
/中秋の名月と祭

ひいひい言いながら小山を登った末にようやく天を穿つような鉄の屋根が見えた。雨彦さんときたらあんまり息も乱れていなくて私の手を引いて歩く余裕さえあってなんだか悔しい。なんでこんなところに!と訴えたら昔は街中、今は女子大があるところにあったというが、聞けば江戸時代の話らしい。「帰りに牧場でソフトクリーム買ってやるから」と言いくるめられ、ハイキングを経て雨彦さんに連れてこられたのは赤いレンガの監獄。手入れのされた緑、青い空、それにささる西洋式の建物。背の高い雨彦さんが見上げるほどの建物はこちらにきてからいくつも見たけど、西洋の雰囲気を感じさせる建物は新鮮で雨彦さんが看板を読んだり建物を見上げる姿は雑誌の一ページみたいにかっこよかった。繊細な細工のされた門扉に雨彦さんが手を伸ばす。胸から下げたカメラですかさず写真を撮ると雨彦さんは呆れて私に手を出したのがファインダー越しに見えた。
/小山の上にて

暑いな、と雨彦さんが汗をだらだら垂らして言うのでそうですねえと言った。アイスでも食べたいなと思ったところで雨彦さんがあそこに寄ろうと緑の葉が美しい桜の木を指した。鳥居があるから神社だろうか。桜の木が作る陰と少し湿った土のために灼熱のコンクリートよりは随分と涼しい。古い石造りの階段を雨彦さんに手を引かれるままにのぼると、階段の上の開けたところがよくよく見慣れた境内になっていた。「涼しいですね、風も気持ちよくて……」私がそういううちにも雨彦さんの首筋を汗がつたい、いつものごとくさらされた胸元に吸い込まれていった。「こっちはもっと涼しいぜ」雨彦さんが指差す先にはかき氷に使うくらいの四角い氷があった。なぜここにこんなに大きな氷?首をかしげる私に氷を祀っているのだと教えてくれる。風がまた吹いて氷をなぞり、涼しい空気を浴びた。隣の雨彦さんは気持ちよさそうに目を細めて涼しさを堪能していた。
/春はさくらに四季のひむろ

あら!声を出す間も無く、私の左足の草履はすっぽ抜けて道の端に飛んでいってしまった。前の女の子と紅傘を差しかけた男の人たちはどんどん歩いていき、私は慌てて列を外れて草履を取りに行った。私に傘をかけてくれる男の人は重たい傘を掴んでいるから自分で取りに行かなくちゃいけない。交通規制した車道の周りを歩いてくれる神社の人たちも警察の人もいなくて、思いのほか遠く歩道に飛んだ草履のために足袋は汚れるけどそのまま歩いた。「左足、上げな」一足先に草履を拾った大きい男の人がそういうから私は少し警戒しながら足を上げた。不思議な色のひと。黙ってそっとあげた足にうまいこと草履を履かせたお兄さんは片膝ついたままに「気をつけて」と私を見上げて見送った。そうだった、列に遅れてるんだった!少し身をかがめてお礼をしてみせ、慌てて列に戻る。少し歩いてお兄さんを振り返るも、そこは六月の熱い光で作られた木陰があるばかりでそのひとの姿はどこにもない。私は首を傾げて、その拍子に羽織った薄布が顔に掛かったのであわてて百合を持ったままそれを払った。
/笹ゆりとわかもの

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