健康になりましょう


「ねえ、ちょっと太ったと思わない……?」
名前の震える声に俺も朱雀も顔を上げた。
「大して変わらねえよ」
「うそ!ね、ね朱雀くんはどう思う……?」
「あ!?あんまり変わんねえと……」
「もっとよく見てよー!」
名前は喚いて朱雀の顔をぎゅうと挟み視線を合わせた。朱雀の視線が左右に触れて、今にもパンクしそうなのも気にならないくらい名前は必死らしい。

「言われてみればちょっと……こことかふわっとしたな?」
「でしょ!?」
馬鹿野郎、ここで構ったら延々続くぞ。俺のため息を知ってか知らずか朱雀は名前の真っ白い頬にペタペタと触れた。

「……何キロになったんだ」
名前と朱雀じゃ太った!?やっぱり太ったよねと馬鹿みたいなやりとりは終わらないので見かねた俺が水を向けると名前はがばっと俺に掴みかかり、「50の大台に乗ってしまいました……」とがっくりうなだれた。健康診断前にもかかわらず今回は生理前の暴飲暴食を我慢できなかったのだから、多少は増えても当然だ。前に測った時は45だったはずだから、多少というにしてはだいぶ増えているが。

「身長が158センチならBMIはまだ正常だろ。誤差だ、誤差」
「でっでも!体重もだけど明らかに肉がついたの……」
「なあ玄武、びーえむあいってなんだ?」
「体重を身長の二乗で割った値だ。体格の指標に使って、名前は1.58メートルの50……何キロだ?」
「51……うっ言葉にすると余計辛い」
「ってことは……玄武スマホ借りるぜ」
51割る、1.58かける1.58。朱雀が電卓で計算してだいたい20だなと言った。

「22が真ん中の値で18.5を切ると痩せとみなす。名前、あと2キロは太れるぜ」
「待って今玄武くんの計算したら恐ろしい値が出たんだけど!」
「玄武、お前やっぱ軽すぎなんだな……」
「朱雀も名前も、その目をやめろ」
この様子じゃ今夜からしばらくは飯をいつも以上に盛られるのは覚悟しなくちゃならねえ。勘弁してくれ、好きでこうなってるわけじゃあねえんだから。

「まだ正常範囲とは言っても私のこれは全部脂肪な訳でしょ……ううやっぱり頑張って絞ろう……」
「名前、無理して痩せるとまたヒンケツが進むんだろ?」
「検診の結果また悪かったんだろう。それに先週肌の調子が未だ嘗てなくいいなんて言ってたんだからやっぱりそのくらい体重は必要ってことだ」
「やっやだ!やだ!だって明らか足の肉がやばいし、くびれが消えたし顔が丸いもん!」
名前がわっと朱雀の膝に泣き伏して朱雀はおろおろして「健康が一番だろ?無理すんなよ……」と慰めた。

「……だって水着、着れなくなっちゃう……」
「は?」
「今年は2人とプールも海もいけない!上はパーカーで隠せてもぶっとい足は隠せないもんー!」
俺たち2人とも去年名前が着ていたなかなかに大人っぽいデザインの水着を思い出してそれぞれ微妙な顔をした。あれはよくねえ。胸も尻も目立ちすぎだ。名前は出せるところは出さなくちゃ!なんて馬鹿なことを言ってたから今年はやめさせねえとと思っていたところだからちょうどいいんだか、惜しめばいいんだか。

うっうっとえずくみたいに名前が泣いて朱雀が背中をさすってやった。助けを求めるみたいに俺の方を見る。玄武ぅ、どうにかしてくれよ!情けない声が聞こえるようだ。よせ、こうなった名前を俺にどうにかできると思うか?

「ダイエットしてもいいけど、食事制限なんて無謀なことはやめろよ」
「ええっ!ジムは2人がダメって言ったんじゃん」
「あれは名前が運動しに行ったはずが変な男にひっかかるからだろ……」
「違うってば向こうが絡んで来たんだもん!」
名前はしばらく前にジムに通っていたけどそこで変な男にストーカーまがいのことをされて泣いて帰って来たのでジム通いはやめさせちまった。朝晩のランニングくらいなら付き合ってやれるが俺たちのランニングに付き合うのは日頃運動不足の名前には無理がある。

「筋トレ、教えてやろうか?」
朱雀は基本的に名前に甘い。その分俺がちゃんと厳しくしねえとと思って厳しくするから余計に名前は朱雀に甘える悪循環ができてやがる。
「それってめちゃくちゃキツイやつ?」
「わかんねえ!でもめちゃくちゃ汗が出る」
「ひえー絶対無理だー」
「なあ玄武、名前にもできそうなやつねえかな?」
俺は黙って朱雀が使って電卓のままのスマホを拾って運動不足改善のための運動や体力づくりを検索する。どれも軽そうだが根性なしの名前にかかれば3日も保たねえに違いない。検索結果をスクロールしていたら、ひとつの記事が目についた。たいした信憑性はなさそうだけど、名前にはこれくらいが丁度いいのかもしれねえな。

「朱雀、名前。そこのペットボトルひとつずつ持て」
「え?どうしたの急に」
「名前でも続けられる運動なんてひとつしかねえ」
「?」
「ベッド行くぞ……朱雀の筋トレとどっちがいい?」
そう言うと、根性無しはベッド!と泣いてポカリのペットボトルを掴み固まった朱雀の手を引いて寝室に逃げた。途中、振り返った名前の目がとろんと嬉しそうにとけて、名前のそんな態度につられた朱雀の目もそれから俺の目もきっと変に光っている。まだリビングから動かない俺を、名前が暗い寝室から甘えるように早く、と呼んだので調子のいいやつと俺の口からはまたため息がこぼれた。

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