アイスクリームが融けるまで

>>金曜日の夜だけ天ヶ瀬冬馬は逆トリできる


メロンのチューハイに買ってきたアイスクリームをスプーンで落とし、冷凍ご飯と無印のレトルトカレーをあっためれば完璧な花金のディナーが完成した。友達との流行りのスペインバルでも合コンで行くリーズナブルで美味しいイタリアンも今週はないけど、これに先輩から借りたガンダムのDVDを流せばきっと今週の嫌なこと全部忘れられる。アムロとシャアのそれぞれの名言くらいしか知らない人が見てもこのアムロもシャアも出てこなさそうなシリーズは面白いのかなという不安はあるけど、上司に聞かされる家庭の愚痴話の100倍は面白いはずだ。


「……あんた誘拐犯か?」
「……」
なのにどうして、私の目の前に不機嫌そうな男の子が座っているんだろう。ここは女の子の一人暮らしに安心の女性専用オートロックマンション、その上一応建前上男性立ち入りを禁止しているはずなのに、目の前の男の子は100パーセント私を疑って警戒心丸出しの視線をぶつけてくる。
「ここ、一応男子禁制なんですけど……」
「はあ!?俺だって好きで入ったわけじゃ……」
男の子は私の部屋が明らか一人暮らしOL風なのを見て眉をひそめる。顔は整っているから女の子もお姉さんも選り取り見取りのやりたい放題だろうにどうしてわざわざこんなところに。そう口にすれば顔が真っ赤になったので案外ピュアなのかもしれない。

「俺は……カレーよそって録画してた番組見ようとしたところで気づいたらここに座ってた」
「へえ」
「〜〜ッあんたが誘拐してきたわけじゃないんだな!?」
「それだけはない!……とりあえず、カレー食べ損なったならうちで食べる?レトルトだけど」
彼のお腹がタイミングよく鳴って、私は笑いをこらえながら買い置きのおんなじカレーを求めてキッチンに戻った。私がパウチを開封するのを見て最近のレトルトカレーも侮れないよなと彼が感心するのを見るに、彼が食べようとしていたのは手作りらしかった。


「そういえば、君の名前……」
「あんた結構テレビとか見ない方か?」
「えっめちゃくちゃ見る方だけど……」
「……」
突然に微妙な顔をしたのでもしかして顔がかっこいいしモデルとか芸能人みたいな人かな?と考えた。脳内を思い返しても彼の名前は出てこない。流石にコアなバンドや大手事務所のジュニアと言われるような子たちや何かの候補生とか言われたらわからないかも知れないけど、私の言葉にだいぶ衝撃を受けているので、悪いことをしたかもしれない。とはいえ、私もテレビが好きでも芸能人を網羅しているというわけでもないし……
「あっもしかして乃木坂とかと共演したことある感じっ!?やっぱかわいいんだろうなー」
「は?乃木坂……?」
「えっ」
今時の芸能人なら……と捻り出した話題にも彼は本当に本当に駅名以上の意味を知らない、という顔をして私は固まった。まさか芸能人なのに知らないとか、そんなことって……
「お、女の子アイドルとかはあんまり興味ない系なの?」
「はあ!?」
彼は散々百面相をした後に「本当に俺のこと、知らないんだな」とため息をついた。
「ご、ごめんね……」
「いい、なんとなくわかったから気にしてねえよ。俺の名前は……」
自分の名前を言うだけなのに彼は言い淀んで困った顔をした。
「名前は?」
「俺の名前は天ヶ瀬冬馬だ。いいか、ピピンだの鬼ヶ島だの変な呼び方はすんなよ」
「よ、呼ばないよ……わかった、天ヶ瀬くんね」
タイミングよくレンジが鳴って彼にカレーを出してから私は少し考えた。もしかしたら、彼は本当に芸能人なのかもしれない。たまたま人気アイドルの名前も知らない、ただの自意識過剰な人なのかもしれないけど、もしかしたらと思わせる何かがあったから。



「カレー食べながらでいいから教えて欲しいんだけど」
「ん?」
「嵐って何人組かわかる?」
「……ほんっとうにあんたはふざけてないんだな?」
悩みに悩んだ私の質問に彼もめちゃくちゃ重たいため息をついて私と目を合わせた。天ヶ瀬くん、やっぱり嵐知らないんだ。今度は天ヶ瀬くんが口を開いた。
「ナムコプロのアマミってアイドル、知ってるか」
「ごめん、知らない」
驚愕と困惑とこいつ本気か?という色の混じった互いの顔を見るに、天ヶ瀬くんにとってのアマミは嵐並みの人気を誇るのかもしれない。私は知らないし、天ヶ瀬くんも知らない。突然リビングに現れて、お互いの常識を共有できないこの状況はもしかして、とひとつの考えに至って冷や汗が出た。

「もしかしたら、私たち、違う世界の人間かも……?」
天ヶ瀬くんがゆっくりと頷いてますます汗がでた。どうしよう。生きてるうちに異世界人との交流を図る必要が出てくるなんて思ってもいなかった。

「と、とりあえずガンダム見る……?」
「……それはそっちにもあるんだな」
とりあえず再生したガンダムなら、天ヶ瀬くんの方がよっぽど詳しかった。なのに確かめ合うように出される芸能人の話題は何一つ噛み合わない。天ヶ瀬くんの言うホクトもショータも世の女の子から莫大な人気を誇るアイドルの中にはいなかったはずだし、天ヶ瀬くんは私の好きなイケメン俳優をひとりも知らなかった。確かめても確かめてもあまりに信じがたくて、騒動の果てにすっかりアイスの溶けたクリームソーダチューハイを一気に飲み干してお代わりを作り、残りのアイスは天ヶ瀬くんにあげた。

「ねーその、ホクトとショータは2人組なの?たきつばみたいな感じなの?」
「……ほんっとうに知らないで言ってるんだよな……?」
天ヶ瀬くんは私の質問に顔を引きつらせて、自分がアイドルをしていること、先ほどのホクトとショータと3人グループで活動していること、自分で言うのもなんだが結構人気があると言うことを向こうの世界の立派なアワードや事務所の名前を交えて語った。こちらとニアミスするようなアワードの名前から、結構すごいと言うことはなんとなく伝わり、最初の反応もなんとなく理解した。それから、少女漫画で読んだ学園のカリスマキャラが「俺のこと知らないなんて……珍しいやつだ」は、キャラクターの性格にもよるけど結構本気で傷つく場合もあるらしいとわかった。

「天ヶ瀬くんって本当に若い女の子に大人気の芸能人なんだね」
「うるせえ……初対面の相手に否定されまくって自信失ってるとこなんだから何も言うなよ」
「うわごめんね」
私は2杯目のクリームソーダチューハイを飲み干してため息をついた。
「ところで、どうやって帰るの」
「……」
「まあとりあえずはここにいなよ……一人くらい頑張ってどうにか養ったげるよ」
天ヶ瀬くんは納得がいかないという顔したけど結局は黙ってリビングに敷いてあげた布団で寝た。修学旅行の夜みたいに好きな子いるの?とかやりたかったけど、私が年上の女の人だということを過分に気にした天ヶ瀬くんが怖い顔をして早く寝ろ!というので渋々自分のベッドに引き下がった。

しかしながら、私が今後の食費なんかをたいへんに気にして寝たというのに、翌朝天ヶ瀬くんはいなくなっていた。貸してあげたお布団の中身は空っぽで外に出た様子もなかった。私は案外あっさり簡単に帰ってしまうんだなとため息をついてお布団を片付けた。本当に不思議な、男の子だった。


次の日もその次の日も天ヶ瀬くんは現れず、私は週が明けると前週同様に会社の歯車のひとつとして働きまくった。そして、次の次の金曜日、前回騒動の間に溶けてしまったクリームソーダチューハイのリベンジをするべく、クリームソーダとカレーとガンダムの続きを用意したところ、天ヶ瀬くんを再びリビングに召喚した。「またか!」と驚く天ヶ瀬くんを再びカレーでもてなし、もしかしたら次もあるんじゃない?と笑ったら、その後のカレーを用意した金曜日に限り、彼をリビングに召喚できるようになってしまった。天ヶ瀬くんが来るようになって、お酒を用意するのはやめた。天ヶ瀬くんを召喚して何回目かの時に私が「ごめんねえ天ヶ瀬くんも金曜の夜くらい彼女と過ごしたいでしょ」と絡むと、天ヶ瀬くんが「……俺は全然困ってねえ」と可愛い顔をして言った。お酒は飲んでないのに酔いが一気に冷めるような気持ちになった。そして、最近はやたらと距離やら何やらを詰められていて、私は今、この不思議な男の子にとても困らされている。


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